第11話 期待と幻滅
教室に足を運んだ私は、予定通り待っていた山田と視線を交わしながら、扉を閉める。
愛想笑いを浮かべる山田にどんな表情を見せれば良いんだろう?
良く分からなかった私は、適当に問答をした後、近くにあった椅子に腰を下ろした。
そして、彼の相談内容を聞き流しながら、先週の金曜日のことを思い返す。
それは、見慣れている部屋で見聞きした出来事。
「今から山田に呼び出しチャット送るけど、大丈夫?」
「うん! 大丈夫だよ!」
再び私の部屋にやってきていた花楓の確認を取った私は、テーブルの上のチョコレートを口に運びながら、山田に対してチャットを送信した。
内容としては、週明け月曜日の放課後に教室で会って話をしようというもの。
使ってるスマホは、私の物じゃない。
花楓が『差出人不明』のチャットを送信するために、別で用意した端末を使ってる。
そうして送ったメッセージの下に、数秒もしないうちに既読の文字が表示される。
もしかして、ずっとスマホを見てたのかな?
だとしたら、彼はよっぽど、『謎のチャット相手』に期待しているのかもしれない。
もし、チャットの相手が私と花楓だって知れば、山田は幻滅するかな?
なんて考えていると、『了解』という短い文言が送り返されてくる。
「了解だって」
「うん。ここまでは順調だね」
「そりゃ、向こうが会いたがってるからね。それにしても、そもそも会って話をする必要なんてあるワケ? パパッと心を読んで、解決方法の糸口を掴んだ方が良いんじゃないの?」
「チッチッチ。スーミィは分かっていないようだね。物事は、そう単純なものじゃないんだよ」
「何、そのキャラ設定。探偵ものの小説でも読んだ?」
「それくらいイイでしょ!? 雰囲気作りだよっ!」
いつものように頬を膨らませた花楓は、ビスケットを頬張った後、手を叩きながら言う。
「言ってるでしょ? 知識と実感は違うって。私達は山田君が何を喋って、何を隠そうとするのか、知るべきなんだよ」
「そうなんだ? それくらいは出来るのかと思ってた」
「他にもできないことは沢山あるからね。例えば、過去の記憶を覗き見ることはできるけど、その当時にどんな感情を抱いていたか、私は知ることができない。あくまでもリアルタイムしか観測できないってこと。他にも、電話とかチャットで心を読むなんてできないし。万能ってワケじゃないんだから」
「そうなんだ」
「……ちょっと落胆するの、やめてくれる?」
「仕方ないじゃん。期待が大きすぎたから」
「勝手に期待して、勝手に幻滅するって、すごく失礼だと思うんだけどなぁ」
「人間なんて、そんなもんでしょ」
それこそ、花楓の方がよく知ってると思うんだけどなぁ。
あ、これもまた、勝手に期待してるってことになるのか。
ともあれ、そんな経緯もあって、私は山田の相談を聞くことになった。
そして今、実際に山田と会って、話を聞いてるわけだけど、私にこの役割は荷が重すぎるんじゃないかって思い始めてる。
「だから、あいつらを説得するのを手伝ってほしいんだ」
長々と演説した後、懇願するような表情でそう語り掛けて来る山田。
そんな彼に、私は質問を投げかけることにした。
「話は大体分かった。だけど1つ質問、そもそも部員たちが説得に応じると思ってる?」
「それは……」
言い淀む時点で、山田自身も分かってるみたいだね。
「多分だけど、どれだけ説得しても、考えを変えることはできないんじゃない?」
「でもっ! だったらどうしろって言うんだよ!」
「人の考えを変えるなんて、そもそも無理な話だしね。だったら、自分の考えを変えるしかないんじゃない?」
「それは……夢を諦めろってことか!」
「いや、そうじゃなくて……」
「俺の考えを変えろって言ってるんだろ? だったらそういう意味じゃないか!」
山田にとって、プロの野球選手を目指すことを諦めるなんて、選択肢にないみたい。
やっぱり、私には難しい気がしてきた。
小さくため息を吐く私を見て、ギュッと口を噤んでしまった山田。
そんな彼になんて声を掛ければいいのか、何を伝えればいいのか。
慣れない頭で考えてみるけど、無情にも時間切れになってしまう。
「そっか……ははは。すまん。俺が馬鹿だったよ。お前なら、何とかしてくれるかもって、勝手に勘違いしてた」
「ごめん。私じゃ力不足みたい」
結局、山田も勝手に期待して勝手に幻滅タイプの人間だった。
たったそれだけのこと。
気落ちした様子の山田は、私の言葉に小さく首を横に振りながらも、大きな荷物を担いで教室を後にする。
残されたのは、私1人。
なんてはずもなく、私は教卓の方に目を向けた。
「で? 何か分かった?」
「う~ん……スーミィ、思ってたよりヘタクソだったね」
私の呼びかけに答えながら、教卓の影から姿を現したのは、言うまでもない、花楓だ。
そんなところに隠れることができるのか、疑問に思ってしまうけど、そこは彼女の能力でなんとか出来るらしい。
声を聞こえなくするノイズキャンセルと同じように、姿が見えていないような幻覚を、特定の人物に見せる。
これをなんて呼べば良いか分からないけど、そんな芸当もできるって話だ。
彼女は、手に持っているペンを唇に当てながら、何やら考えてる。
そんな仕草と私への痛烈な批評に、苛立ちを覚えた私は、作り笑いを浮かべながら彼女に問いかける。
「1発頬を打っても良いかな?」
「そんなバイオレンスなこと言わないでよ! バイオレンスーミィ!」
「イラついてきたんだけど……」
「ご、ごめんって。それより、山田君について、新しく分かったことがあるよ。だから、ほら、機嫌を直して」
「ってことは、上手く行ったってことだね?」
「そ、そうだね」
戸惑いを見せる花楓を敢えて無視した私は、話の続きを促した。
「山田君はさっき、諦めることを提案されて怒ってたけど、あれは諦めるように促されたことに怒ったわけじゃないよ」
「じゃあ、何に怒ったわけ?」
「スーミィが図星を突いたこと、かな」
「図星?」
「そう。人の考えを変える事なんてできない。そんな当たり前のことを、自分自身でも理解してるってことだよ」
「なるほどね。だからこそ、人を操りたいって願望が出て来るのかな?」
「そうだね。願望って言うのは大体、現状への不満から生まれて来るものだったりするから。当然の流れと言えば、そうかもしれない」
「で、それが分かった私達は、どうすれば良いの?」
「それを今から考えるのだよ、スーミィ」
「でたよ、そのキャラ設定」
緊張感の欠片も無い花楓に少し呆れながら、私は窓の外に視線を移した。
そろそろ夕日が教室の半分まで射しこんで来そう。
今日できることはこれくらいなのかな。
思ってたよりも地味な活動に、私はちょっとだけ退屈を感じ始めている。
そんな私を諫めるためか、花楓が一言、呟いた。
「スーミィ、ここからはしっかりと気を引き締めて行こうね」




