第10話 山田の相談
山田哲平という人間、つまり俺は、きっと恵まれてる。
事ある毎にそう思いながら生きてきた。
だってそうだろ?
日本という恵まれた国に生まれて、衣食住に困ることが無い。
おまけに、ささやかながら夢を抱えて生きていけてるんだ。
これ以上に幸せなことは、そうそうないと、俺は思う。
そしてそれは、俺の周りにいる人にも言えることだと思う。
同じ国に生まれて、大体似たような生活を送ってるんだから。
だからこそ、俺は友達やクラスメイトに対して、色々と思うことがよくある。
どうしてみんな、自分のやりたいことを見つけて頑張ろうと思わないんだ?
俺は野球で活躍して、プロになる。
取り敢えずは甲子園に出場できるように努力するんだ。
そんな子供の頃からの夢を、ようやく叶えられる時が、今、訪れている。
後にも先にも、甲子園に出場できるチャンスは、この数年間以外にない。
だからこそ、頑張れる。
そんな気概を胸に、高校に入学した俺は、先輩達が敗れてしまう様子を目の当たりにした。
入学したばかりの俺は、ただ見ているしかできない。
だからこそ、今は彼らの姿を目に焼き付けて、自分が3年の時にはそうならないように、気を引き締めようと思った。
でも、そんな風に思っているのは、俺だけだったらしい。
先輩達と肩を叩き合って涙していた2年生たちも、そんな彼らを見て涙ぐんでいた同学年の奴らも。
皆、3年生たちが顔を見せなくなった途端に、やる気を失っていく。
なんでなんだ?
悔しかったんだろ?
辛かったんだろ?
先輩たちの無念を晴らすために、頑張るんじゃなかったのか?
これから1年かけて練習しないと、3年生たちと同じ涙を流すことになるんだぞ?
どうしてそれが分かってて、やる気を失うんだ?
俺には部員たちの考えが分からない。
胸の内に溜まりに溜まったそんな不満を、ぶちまけたい気持ちもあるけど、そんなことしたら、野球部自体が酷いことになってしまう。
それくらいは、俺にも分かってるんだ。
そんな思いを燻らせていた時、俺達のクラスで大きな事件が起きた。
俗に言う、公開処刑だ。
祇園寺と佐藤、そして黒光が起こした一連の事件。
それを同じ教室で見ていた俺は、強い衝撃を受けていた。
もちろん、例のノートとそこに書かれていた内容にも驚いたけど、それ以上に、俺はスマホに届いたチャットに驚いている。
祇園寺の企みを看破した人物が、チャットを使って行動に移したっていう事実。
それはつまり、嘘を許さない姿勢とも見て取れた。
もしくは、佐藤を救いたいという信念。
そのどちらにしても、その人物は俺が持ち合わせていない行動力と頭脳を持っているらしい。
そんな事実を突きつけられた俺は、同時に気が付いた。
結局、俺も他の部員たちも、同じなのかもしれない。
部活が壊れるかもしれないから、何もしない俺。
頑張っても報われないかもしれないから、何もしない部員たち。
幸せなハズの俺達は、そんな幸せに甘えて、何もしないことを選んでる。
それでいいのか?
そんな考えが頭の中を占領していき、気が付いた時には、俺は差出人不明のチャットに返信していた。
『突然申し訳ありません。山田哲平です。少し相談に乗って欲しいことがあるのですが』
公開処刑のあった日の夜にダメ元で送ったチャット。
差出人が不明とはいえ、アドレス自体はしっかりと使えるらしい。
その証拠に、俺の返信に対して、すぐに返事が来たんだ。
『また後日連絡する』
短いそのメッセージに、少しだけ心が軽くなった気がした俺は、これ以上思い悩んでしまうのをやめるために、野球に打ち込むことにする。
と言っても、部活に出ていたら嫌でも気が散るから、やることはと言えば自主トレーニングだ。
どうせ、今の部員達と練習しても、身が入らないしな。
そんな俺の元に返事が返ってきたのは、俺がチャットを送ってから3日後のこと。
土日を挟んだ月曜日の放課後、誰も居ない教室に呼び出された俺は、緊張で手に汗を握りながらその人物の到着を待つ。
そして、人気のない廊下を歩く足音を耳にした俺は、ゆっくりと扉を開けて教室に入って来た女子を見て、思わず呟いてしまっていた。
「噂は本当だったってことか?」
「さぁ? あんたがどんな噂を聞いてたのか私は知らないから、何とも言えないね」
ぶっきらぼうにそう告げるのは、大心池須美。
そんな彼女に対して広まっていた噂は、次のような内容だ。
公開処刑でクラスメイトにメールを送ったのは、花楓と大心池のどちらか。もしくは両方。
なぜなら、この2人は祇園寺がノートを作っていた日に、2人して図書室にいたところを見られている。
真偽の分からない噂を、俺は信じてはいなかった。
だけど、ここに来ている時点で大心池が公開処刑に関与していることは間違いない。
普段はクラスでも浮いた存在の彼女に、相談を聞いてもらえるのか。
若干の不安は残るものの、背に腹は代えられない。
すっかり渇いてしまった唇を舐めた俺は、一つ咳払いをして口を開く。
「言いふらしたりはしない。その代わりって言っちゃなんだけど、ちょっと相談に乗って欲しいことがあって……」
「相談ね? 聞くだけならタダにしてあげる」
「金取るのか!?」
「冗談に決まってんじゃん」
全然冗談に聞こえない低いトーンの大心池に、内心で悪態を吐きながらも、俺は愛想笑いを浮かべる。
そして、色々とオブラートに包みながら、俺は相談を始めた。
今まで全然話したことも無いクラスメイトに対して。
それを全く疑問に思わなかったことに気が付くのは、少し後の話になる。




