旅立ち
「道中、寄った町で適時連絡を入れる。その際に滞在日時と滞在場所を伝えるので、諸々連絡事項が発生したら最寄りの駐屯地に連絡を入れてくれ。とは言っても、旅行計画書は渡してあるから心配はいらんか。」
「はい、中佐殿。連絡事項が発生した場合、最寄りの駐屯地に連絡を致します。」
私の右斜前にいる内容を復唱した人物は、私の側付きだ。
年齢は私よりも一回り上の大尉である。
「道中どうかご安全にご子息様との旅行をお楽しみ下さいませ。」
「了解した。では留守を頼みます。」
気の利く言葉をかけられるのは、側付きである彼も父親だからだろう。彼のやや左後ろに佇む妻に話しかける。
「では、行ってくるよ。土産は期待しててくれ。いいワインを貰って帰ってくるよ。」
アールヴェイム王国はワインが有名なのだ。今回の旅の目的地である親戚の家はブランドワインで有名な生産家だ。ただのワインじゃない、皇室向けのワインだ。ちなみに妻の実家でもある。息子と年の近い子供もいるし、寂しい思いはしないだろう。
「そんな物より、帰ったら旅行の感想をちょうだいね。あと、居眠りして列車を乗り過ごさない様にね。気をつけていってらっしゃい。」
確かに寝惚ける癖はあるが、、と苦笑しながら頭を掻いた。
「居眠りはしないよ。では、行ってくる。」
そう妻に告げると、私の後ろでソワソワしている息子の頭を撫でた。
「行ってきます!お母さん!」
妻は嬉しそうに手を振り、息子に声をかける。
「トレッド。お父さんをよろしくね。お父さんが惚けてたら、お母さんに報告してね!」
妻に息子がなにか余計なことを言う前に息子を抱き上げて、馬車へと乗り込む。
「お母さんー!バイバイー!」
抱き抱えられた息子は次第に小さくなる母親に向かって、一心不乱に手を振っていた。弓を引いていたとは思えない程軽い。今回の旅行で色々な物を見てほしいとそう願う。
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家から、駅まではそんなに遠くない。10分ぐらい馬車に乗って、すぐに街の中心部へ着く。今日は、駅までは馬車が通れないほど道が混んでいたから、手前で降りて駅へと向かった。
駅に着くと、他国の言語を話す恐らく、初老の人物が警察官と揉めていた。国際化が進むと文化の違いで問題が起きるのはサガだろう。
横目で見ながら歩いていると私の前に男二人が道を塞いだ。
変な絡み方をするもんだなと思い前を向くと警察官二人組が私の顔とトレッドの顔を見ている。すると一人が声をかけてきた。
「こんにちは、お側にいらっしゃるのは息子さんですか?」
鬱陶しいなと感じたが、彼らも仕事を帯びて声をかけているのだろう。息子を側に寄せて返事をした。
「はい、何かご用でしょうか?」
「突然、お声かけしてすいません。最近違法入国者が増えてきましてお子様を連れている方には身分証の提示をお求めしているのですよ。」
警察官は丁寧な口調だ。鬱陶しいなどと思っていた自分が恥ずかしい。
不法入国者が増えているという話は、聞き及んでいたし、何故今になって、増えているのかをも私は理解していた。
「そうですか、ご苦労様です。軍籍のものになる身分証ですがよろしいでしょうか?」
「軍のお方でいらっしゃったのですね。いつもご苦労様です。失礼致します。拝見いたします。」
声を掛けてきた男が礼儀正しく、手帳を受け取り確認するとすぐに返してきた。
「中佐殿、協力ありがとうございました。今日はどちらか旅行でいらっしゃいますか?」
そう言うと二人は敬礼をした。軍服を着てない為、会釈で応礼しておいた。
そうか、確かに旅行用の大きな荷物を持っていれば移民にも見える。今し方、言われて気づいた。
「はい、息子とアールまで行こうと思いまして。」
「随分と長旅ですね。どうかお気をつけていってらっしゃいなせ。君も元気でね。」
少し緊張していたトレッドも最後の一言で笑顔になった。
二人に軽く会釈をして、ホームへ向かうと長い客車が目の前にある。長旅になるから三等車の自由席ではなく、指定席の二等車に乗車した。席に座るとトレッドが目を開いてはしゃいでいる。
「昔な、トレッドが小さかった時にお母さんと3人で汽車に乗ったんだぞ?」
「そうなの?」
「ああ、そうだよ。小粒の様に小さい頃だけどな。これから向かう親戚のうちに挨拶へ行ったんだ。列車の中で、お漏らしして大変だったんだぞ。」
自分の粗相の話だったから、不貞腐れて窓から周囲を観察していた。そう言うところもまだ子供か。
15分ぐらい経って発車時刻になり、汽車が動き始めた。ここから、5日程でアールに着く。途中、4回ほど長い停車時間があるが、トレッドにとっては新鮮で楽しい旅になるだろう。