8 絶望的非リアの俺は作戦会議(真)をする。
結果から言ってしまおう。お風呂は散々だった。無理矢理首を回転させられて天使の裸体を見せつけられたり、大事な部分が光の輪で守られていて目の前が真っ白になったり。いや、マジであの世に行ったのかと思ってしまった。
ラブコメの主人公みたいになれると思っていた俺が馬鹿だった。相手は俺にしか見えていない幻覚なのだ。幻覚に恋するなんて俺らしくもない。
そもそも俺はそういう経験をしたことがないのだから、妄想しようにも出来ないということに。
『ふぅ。気持ちよかったぁ。あっ、コンセントどこにあるかわかる?』
「そりゃ俺の家だから当然わかるけど。で、なんで人んちのドライヤーを勝手に使ってたんだよ」
『だって髪が濡れたままだと風邪引くじゃん。天使とか神様は風邪引かないとか思われてるみたいだけどさ、割と最近もどこかの女神様が体調崩してたらしいし。うどん食べさせたら治ったみたいだけど』
「……うどん?」
『そう、うどん。女神の大好物なんだってさ。うどんを司る女神でもないのにね』
「神様って意外と庶民派なのか?」
『いやぁ? 単純に好みの問題でしょ。知らんけど』
太陽神がご機嫌斜めになって引きこもっちゃうくらいなのだ。風邪を引いたりうどんを好んだりしたって何もおかしいことはない。
無いのだけれど、もうちょっとだけ夢を見ていたかった。
『んじゃっ、気は進まないけど本題に移るか。えっと……花咲さんだっけ? その子の落とし方を今から考えよっか!』
「落とし方って……おいこら。他に言い方あるだろうが」
クレーンゲームの景品じゃないんだからという言葉は、再び胃の方に落としておく。
『いや、これ以上の表現は無いね。お前も恋に落ちるっていう言葉は知っているだろ?』
「知ってるが……もっと美しい表現があるよな?」
『じゃあ、その花咲さんって子をハメる方法を考えちゃおっか』
「あ゛?」
『お前も男子高校生の端くれなんだし、そういうのに興味を持っててもおかしくないわけじゃん』
ここでのハメるという言葉の意味はおそらく、罠に嵌めるという方ではなく羽目を外した結果として起こる現象の方なのだろう。
表現として全く美しくない。せめて花に絡めたりとか出来なかったのだろうか。絡めたら絡めたで、とんでもない何かが生成されそうだけれど。
無意識的に下ネタを放つ天使のことだし。
「普通に犯罪臭がするな、それ。俺は性行為が目的じゃなくて、仲良くなってから恋人になるのが目的なんだが?」
『なら、告白してすぐに子作りすれば良いじゃん。途中過程は飛ばしちゃうけど、恋人になるっていう条件は満たせるよ。いわゆる既成事実ってやつ。あっ、お前もしかしなくても……』
「悪かったな、シチュエーションとか互いの同意とかを重視しちゃう奴で」
俺が思い描く最高のシチュエーション。
貸しきったクルーズ船の上でロマンチックな告白をしたい。百万ドルの夜景を見ながら高級フレンチを食べてみたい。そしてポケットから指輪を取り出しちゃったりなんかして。
それから、それから、それから。
『うわー、真っ赤になってる。人って本当に恥ずかしいと茹でダコみたいになるんだー。もしかしなくてもお前、妄想の中でヤったのか?』
「……そこまでは行ってねぇし」
キスの味も知らないし、そもそも高いお酒の味すらもわからない。
『ふぅん、つまんないの』
「……面白くなる要素、今の話の中にあったか?」
『妄想する男子高校生ってさ、見てるだけで面白くない? 対象が自分以外であれば害は無いし』
「あぁ、そう。別に俺はエッチな妄想はしてないぞ」
というかそこから先はよく分からないし。
俺はそれについてよく知っているようで全く知らないのだし。
『まっ、マジか。ふぅん。ならさ、まずはそこまで行く道を切り開くってことで良いのか?』
「……お願いします」
『頼られるのは悪くないけどさ、実際に動くのはお前だからな。あたしは横でアドバイスするだけだし』
「俺の体を乗っ取ってサクッと終わらせるわけには?」
互いにコミュ力不足で、会話が成立するということ自体が絶望的に思えてくる。圧倒的コミュ強がいればと思ったのだが、どうなのだろうか。
『いかないね。あたしのモットーに反する。……それじゃ、まずは明日早く学校に行って花咲さんが来たタイミングに挨拶って所から始めよっか!』
駄目だったか。でも、ちゃんとアドバイスを得ることは出来た。おはようを伝えるだけ。それならば俺にも出来るかもしれない。
そう思いながら俺はベッドに潜り込んだ。
「あっ、明日早く出るんだから、ちゃんと準備しないと」
そして三秒後にベッドから飛び出した。
『そだね。じゃあ、あたしは先に寝てるから。おやすみー。
直後に、天使がベッドに飛び込んだ。
「え?」
答えは帰ってこない。ということは本当に眠ってしまったのだろうか。つまり、同衾しろということなのか。
だが、断る。
俺は仕方なくタオルケットを取り出し、床で寝るのであった。間違いが起こりませんようにと願いながら。もちろん神様に。
「床、固い……」
『ふふふ……だんしこーこーせーのしんせんなせい……』
「……それ以上、言うな。寝言でもアウトだ。むしろ……寝ながら言ってるからもっとアウトだ……」
寝ていてもこの堕天使様がそういう趣味というのは変わることなく。俺の眠れない夜は始まるのであった。五分で終わったけれど。
部屋を支配するのは二人分の寝息だけ。
それが荒くなることもなく、他に怪しい音を立てることもなく、天使と過ごす初めての夜は更けていく。そして何も起こらないまま、日は昇るのであった。
朝、なぜ襲わなかったのかを問い詰められたり。
大量のイチゴジャムが塗られた食パンを咥えさせられそうになったり。というかそれは俺じゃあなくてヒロインの仕事だろとツッコんでみたり。この時代にそれはないだろ。少女漫画ではベタかもしれないけれど。
まぁ色々なことがあったが、なんとか俺は教室に一番乗りで辿り着くことが出来たのであった。