4 平均的陰キャの俺は天使様に踏まれる。
「いえいえ、滅相もございませんーっと。あったあった。サリエルサリエル……」
魔眼の元祖。死を司る天使、というか堕天使。以下略以下略。
「酷ぇ言われようだな……」
これは本人というか本天使に聞かなくて良かったかもしれない。俺がその立場だったら結構美化して伝えると思うし。
『むぅ、あたしは堕落とかしてないからね! これ、あたし的には真面目にお仕事してただけなのになぁ。どんな解釈したらこうなるのさ……』
「あの、お仕事というのは?」
一応知っているというかさっき知ったが、聞くことにした。
『ん? 堕落した仲間を邪視で下位の存在に落とすだけだよ? 天使としてあまりにもアレなこととかしてたら、ラファエルの右腕として追い出さないわけにはいかないじゃん』
「その……あまりにもアレなこと、とは?」
『うーん。お前風に言うと、公衆の面前で……やっぱりなんでもない。初対面の人にこんな話するのは乙女的にアウトだし。まぁ、しいて言うならあれだね。エッチな二次創作でよくあるやつ』
「よくある……とは?」
『エロスが激怒してなんか迸って……セ、セリヌンティウスするやつ』
聞いて損した。天使もそんなことするのか。そりゃゲームとかでも天使は一応人型だからあってもおかしくはないのか。だとしても知りたくはなかった。
「サルトルだかサキュバスだか知らんが」
『あたしはサリエルだっ!』
当然スルー。スルースキルもスルーされるスキルも持ち合わせた俺が、彼女の言葉を無視することなど造作もない。そしてそれよりも大切なのはこっち。
「教科書に載ってるような作品と登場人物を隠語っぽくしないでくれ! それにしか聞こえなくなるだろっ!」
『男子高校生ってこういうの好きなんでしょ?』
確かにそうだけど。下ネタが嫌いな男子はそこまで多くないと俺も思うし。俺自身もそっち側だし。だが、それとこれとは別問題。
「下ネタはそこまで嫌じゃないけどさ」
『うんうん。ふぅ、ちゃんと下調べしておいて良かったぁ』
違う。そうじゃない。そうじゃないんだ、天使様。
「女の子が下ネタをホイホイ使うのはちょっとどうかと思うぞ?」
『な、』
「な?」
『なんだってぇっ!』
もしかしなくてもこの天使、素でやっていたのか。素でエロスを迸らせていたのだろうか。
もし彼女に実体があったとしたら、きっと今は恥ずかしくて穴に入りたくなっていることだろう。
『くっ、なんでこんな時に実体化の準備が終わるのさ! もうちょっとタイミング考えやがれっての』
「……天使は、赤面した?」
『ひどっ! あたしだって服くらい着てますし』
いや、そういう意味で言ったわけではないのだが。むしろこのお方は、どのようにこの言葉の意味を捉えたのだろうか。
そんな下らないことを考えている内に、天使の実体化の準備は終わったらしい。ブロックをくっつけていくように、少しずつ天使の肉体が組み上がっていく。
下の方から進んでいく実体化。
まず見えてきたのは、月のように光り輝く二本の足。当然靴どころか靴下すらも身に付けてはいない。つまり生足。
俺はそういう趣味ではないのだが、浅ましくも踏まれたいなとか思ってしまった。
『お前、人の脚をじろじろ見て何を企んでいる。変態か? 変態なのか?』
やはりバレていたか。ここはしっかりと弁解しなければ。そしてちゃんと誤解を解かなければ。
「い、いやぁ? そのおみあしに踏んづけられたいなど思ってないでございま候」
『口調がおかしいぞ?』
確かに。ございますに候を重ねるとか、正気の沙汰ではない。そして、これでは踏まれたいように聞こえてしまう。
『あと、正直に言え。踏まれたいなら踏まれたいと』
「別に、今はいいし。そういうのは互いの合意の上に成り立つものだろ?」
本当は踏まれたい。柔らかそうな踵でグリグリされたい。でも俺は、その場のノリで相手が望まないことをさせるのは嫌だと感じてしまう。
『男子高校生ってのはみんなお前みたいに淡白な奴ばかりなのか?』
「そんなはずあるか。俺みたいな陰キャだけだ。陽キャみたいなのは、こういう機会にがっつくはずだし」
俺という人間は、おそらくムッツリスケベの亜種なのだろう。妄想するだけなら引かれるだけで実害は全く無いし。
『陽キャとか陰キャが何を指しているのかはよくわからないが、お前が致命的なまでのエロい人じゃないのだけはわかった。それだけでも十分収穫かな』
「……俺に三大欲求の一つが欠けているみたいな言い方止めてください」
『あれっ、三大欲求って食欲と睡眠欲と……』
あと一つは性欲。子孫を残そうという本能的な欲求であり、
『そうそう、排泄欲』
「って、仮にも乙女なんだから排泄とかトイレを連想させる言葉を使うな」
確かに重要だ。でも、それじゃないだろ。もうちょっとそれっぽいのあるだろ。