44 終幕的ヒーローの俺は始まりと終わりを経験する。
『あはは、行ってらっしゃいってわけだ。……今のあたしとずっと一緒にいられるわけじゃないからね』
頭の中に走るノイズのような声。俺を引き留めようとする小さな声。だからといって、行かないという選択肢は既に存在しないのだ。
「……その、花咲さん」
太陽の光を薄い雲が隠す。足もとに出ていたはずの影は風景に溶け込み、再び緩やかな静寂が屋上を包む。
なにか言わないといけない。そのはずなのに俺の辞書にはこんなときに言うべき台詞が書かれてはいない。白紙。真っ白になっていく。
「なに?」
「……こんなときに空気読めない馬鹿でごめん」
「授業サボってる時点で空気読めてないから気にしないけど」
警戒されてしまっただろうか。それとも異性と二人で屋上にいる時点で恐怖のようなものを感じていたのだろうか。フェンスを掴む彼女の指は小刻みに震えている。
「夏休み、数学教えるって昨日言っただろ?」
「う、うん。聞いたよ」
頑張って絞り出したのは他愛のない雑談。もっと大切なことがあるのは重々承知。
相手への気遣いの仕方なんてわからないし、そもそも正しいコミュニケーションの仕方なんて知らない。そんな俺が愛の告白なんて出来るはずがないのだ。
「あー、その……こういう時なにを言うのが正解なのかわからんし。えっと……そのだな、とりあえず今日みたいなことがあっても、絶交とかはしないってこと伝えたかったわけだ」
「……」
言ってる途中に気付いた。滅茶苦茶で支離滅裂で、言ってる本人にも意味がわからないような。
「あの……これ、俺が最後まで言う必要あるのか?」
駄目そうだから丸投げしてしまおう。まったくよろしくないけど、ここで黒歴史を作ってしまうよりはずっと良い。黒歴史の代わりにとてつもないサイズの後悔を生みそうだが。
「……絶賛空気読んでない人に空気を読めと。この後の展開はなんとなく予想出来るけど、実際に言われるのと想像するのとでは違うというか……」
「ですよねー」
どうやら避けて通るのは無理だったらしく、話は本線に戻ってくる。考える時間は何分もあったはずなのに、脳内のメモ帳には口説き文句のひとつすら保存されていない。
「……ふうっ」
酸素をしっかりと肺に送り、そのまま二酸化炭素を吐き出す。緊張で手の平から汗がだらだらと流れてくる。血液が上に行っているのかすらもわからない。
「俺、天宮快斗はここで白状します。その、あの……高校の間だけでも良いので付き合ってくださいっ!」
「その、告白って、実際にされると結構照れくさいんだね……」
戸惑いながらもほんのりと顔を赤らめる花咲さん。やはり唐突すぎただろうか。教室から逃げ出して数十分後に告白なんて、意味わからないとか思っているのではないだろうか。
「あはは……やる方も結構緊張するんだからな。こんなの一生に二回以上出来る気がしない。今日のこれも九割五分勢いで言ってるわけだし」
「九十五パーセント?」
「正解、良くできました。あと、その……だな。この返事は、夏休み明けってことでお願い出来るか? 勢いでOK貰ってすぐに冷めたら嫌だし」
「そんな理由って……ありなの?」
「ありなんじゃね? 少なくとも俺は知らんけど。でさ、この後どうするわけ?」
「さぁ」
あんな状態で教室に帰るわけにもいかず、結局一時間目の授業は全てサボってしまった。休み時間の間に誰にも気付かれないよう教室に入り、自分達の席につく。
少しギクシャクしているものの、平穏を取り戻した教室。
一言も喋らない天使様。
視界のすみの方に漂っているのは見えているのだが、いつもと違って全く干渉してこない。
「起立、気をつけ、礼」
授業が終わって休み時間が訪れる。葬式のように静まり返った空気。誰も一言も話そうとしない。
きょろきょろと周りを見ることすらもなく、ただひたすらに教科書を見つめている人が多数。正直に言って不気味だった。
「授業始めんぞー、ってなんだ? みんな目が死んでるけど大丈夫か?」
騒ぐことすら無く進んでいく授業。外で作業している重機の音まで聞こえてくる。ぼんやりと外を眺めながら、教師が書いているものではなく心に浮かんだことを書き留めていく。
『徒然草じゃないんだから。で、そのノート、そのままだと黒歴史ノートになっちゃうよー……じゃなくて、適当な時間にあの階段に来てくれると嬉しいなってわけ』
開いた窓から入ってくる生暖かい風。クーラーをつけるにはまだ早いけど、なにもないとほんの少し不快感を覚える。
「はぁ……」
ノートの端っこに「了解」と書き、俺はシャープペンシルを机に置く。ペンケースから丸くなった消しゴムを取り出して、それ以外の文字を消す。
『というわけであたしはお花摘んでくるから。絶対についてくるなよ? 絶対だからな?』
百パーセント以上フリだと分かってはいるのだけど、先生にそれを伝える勇気なんか無くて。結局放課後までなにも出来なかった。
お昼はいつもの場所で食べたはずなのに、なぜか天使様がいなかったのだし。
「……LIME?」
朝よりは活気を取り戻した教室に、スマートフォンの着信音が響く。響くと言ってもマナーモードのバイブなのだけれど。
「今日一緒に帰れるか……うーん、波風とかをたてるのはお互いにとって良くないからまた明日っと。送信」
リュックを背負い、昇降口の方ではなく階段の方に向かう。テスト前だから部活はお休みになっていることだろう。俺は帰宅部だから知らんけど。
すれ違う先生方に軽く会釈をしながら歩く廊下。後ろに天使様の影は無い。
一段、二段と階段をのぼり、屋上へと続くドアの辺りを見る。
『遅かったね』
「これでも出来るだけ急いだつもりなんだけどな」




