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43 終幕的ヒーローの俺は真の主人公の姿を追い求める。

「えっ……?」


 それが花咲さんの声だったのか他のなにかだったのかはわからない。でもいくつかわかることがある。


 俺が教室の真ん中でなにかを叫んでから、彼女の手を引っ張って走り去ったこと。左腕がじわじわと痛みを発しているということ。


『ひゅー、大胆だねー。こっちだぜ、おバカなヒーロー』


 冷やかしてくる天使様が導く方に俺は走っていく。廊下を走るなと小学校で習ったような気がしないでもないが、このくらいなら別にバチが当たったりはしないだろう。当たるバチなんてないんだし。


「はぁっ、はぁっ」


 問題なのは俺の体力と気力の方。


「だっ、大丈夫なの?」


「だいじょ……ばない。めっちゃ痛い」


 こんなことなら駅までチャリを使って通っていればよかった。花咲さんに心配されるレベルとか、情けないどころじゃない。


 時と場合という条件が揃っていたら、穴を掘って埋まっていたことだろう。今は下ではなく上に進んでいるところだけど。俺は天使様の案内でどこへ連れていかれるだろう。


『もーちょいで誰にも邪魔されない場所ってわけだ。はぁっ、ここから先はお前の力で未来を掴み取れってことさ』


 先週ものぼった階段、その先にある扉。天使様が示した目的地というのは、普段立ち入り禁止になっている屋上のことらしい。


 置きっぱなしにされた天文部の機材。それらにぶつからないように気をつけながら、金属製の分厚いドアを押す。


「開いて……る?」


「そう、みたいだな」


 天使様がいじったのだろうか。今はそんなことどうでもいいのだけれど。


 屋上の空気。地上と比べて風が少し強いように感じる。外周部には少し高いフェンスが設置してあり、間違っても飛び込めないようになっている。


「今さらだけど、なんであそこで私の手を取ったの?」


 ここにいるのは二人だけ。天使様がいるだろというツッコミは当然ながら受け付けない。


「それは……」


 温かい風が流れる。校舎の壁のスピーカーから出力されたのは予鈴のチャイムの音。俺は空いている左手でとっさに軽く耳をふさぐ。


「別に、答えてくれなくたっていいよ」


 俺は慌てて花咲さんを掴んでいた手を離す。照れくさくなったわけではなく、自分で自分のことがわからなくなってきたから。ここまで強引な手段をとった理由がわからなかったから。


 静寂。


 心臓の音ばかりが大きく響く。こんな時間がどのくらい続いた頃だろうか。一日、一時間、もしかしたら一分も経っていなかったのかもしれない。


 永遠のように感じられるこの静寂を先に破ったのは、俺ではなく彼女のほうだった。三歩分離れた距離からでも聞こえてくる深呼吸の音。


 その後に紡がれた小さな言葉。


「その……ね。このクラスになってからさ、学校には行きたくなかったんだ。でも毎朝挨拶してくれたのは嬉しかった」


 だから頑張れた。俺の行動はまったく無駄じゃなかったのだと彼女は言った。


 肩の長さくらいで切り揃えられている黒髪が風に合わせて動いていく。彼女を隠してしまうように。誰の手も届かないところに仕舞いこんでしまうように。


 花咲さんが完全に見えなくなってしまう前に、俺はこう言う。


「その行動に至った経緯の半分以上が下心でも……か?」


『……ぶふっ。げふんげふん』


 結構離れた場所にいるはずの天使様が笑っている……ような気がする。


 ……ヤバい、間違えた。こっちじゃない。


 建前じゃなくて本音の方を言ってしまった。本当は俺がやりたかったからやっただけー的なことを言おうと思っていたのに。


 この言葉を直訳すると()りたかったからやったと受け取られてしまう。フェンスに体当たりしてそのままグッバイ案件だ。


「すまん……間違えた。今のは聞かなかったことにしてくれ……」


 もともと目を合わせていなかったけれど、なんとなく目をそらす。というか明後日の方を見る。


「いや、別に気にしてないよ。思春期男子が異性を求めるのは本能的なことだから」


 二回目のチャイム、すなわち授業の開始時刻を知らせる鐘の音。教室には教師と生徒がいて、いつも通り出欠をとっていることだろう。


 そんな時間に屋上でこんなことしてる俺はマンガとかに出てくる主人公みたいだ。


「……本当はもーちょいカッコいいことを言いたかったんだけどな。俺、コミュニケーション苦手で上手く伝えられそうにないや」


 彼らとの違い。それは俺がとてつもなくヘタレで、臆病で、焦ると自分で自分を制御出来なくなって。まったく主人公らしくないということ。


 俺が正義のヒーローみたいな存在だったなら、あの場をもっと上手く納められたのかもしれない。冷静になった俺の中には後悔だけが残る。


 陽当たりの良いコンクリートの地面に腰をおろし、スカートと靴下の間にある絶対領域……じゃなくてこれからのことに思いを巡らす。


『はぁ。早く告白でもしてすっきりしちゃいなよ。たった二文字なんだからさ』


 天使様が俺のことを覗き込み、アドバイス的ななにかを投げてくる。


 告白がそんなに簡単に出来たなら、今頃俺は陰キャなんてやってはいない。


『滅多にないチャンスなんだぜ? こんな状態じゃ一限には出られないんだから。あと四十分もあるんだ、急かしたりはしないさ。まぁ、早く言っちゃった方が気分的には楽だけどね』


「……はぁ」


『ため息は幸せがどこかに逃げちゃうから封印ね?』


「よしっ。本当はもっとロマンチックな場所が良かったとか、今言っても無駄だもんな」

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