41 終幕的ヒーローの俺は終わりの始まりを目撃する。
『昼飯にうどんを選ぶとかさ、お前の常識のネジ外れてるんじゃないの?』
「いやいや、サラリーマンの飯と言ったら麺類だろ」
『学生と言えばやっぱり肉でしょーが。ガーリックたっぷりのやつ』
「明日が月曜日ってこと忘れてませんかね?」
『だとしても流石にうどんは無いっしょ』
帰り道の電車の中。夢の国から出る人の声に紛れるように話しかけてくる天使様。声色の中には若干の呆れが混じっているように聞こえるのは気のせいだろうか。
あの後、というか水族館から出た後に俺達がうどん屋に行ったのは紛れもない事実である。お腹がいっぱいになってから、ウィンドウショッピングのようなことをして。
なんだかんだであっという間だった九時間。周りのことなんて気にならないくらい濃密で、平日のことを忘れちゃうほどに楽しい時間だった。
『エスコートがなってないなぁ、まったく。一応じぇーけーの端くれなんだぜ? ならさ、もうちょっとおしゃれな場所選んであげろっての。具体的には某有名ハンバーガーのチェーン店とかさ』
「このエリアに無いから無理じゃねって言ったのはどこの誰だよ……」
『ここにいるあたしだけど?』
「はいそうですねー」
棒読み以外の何物でもない俺の言葉。それ以降この話題が続くことはなく。俺達の間に広がるのは静寂、それだけ。
こっちの方が自然なはずなのに、なにもないことを不自然だと思ってしまうようになってしまった。夢の国とたくさんのベッドタウンを繋ぐこの路線。明日にはこの夢も覚めて、普通に登校することになるのだろう。
『わわっ!』
ポイント切り替えで揺れる車両。混雑している電車でバランスをとれなくなる人も少なくはない。お隣に立っている天使もその一人で……いや、これ絶対に確信犯だ。
「おっと」
こちら側に倒れてくる天使様の肩を受け止め、ぐいぐいと押してもとに戻す。
『もうちょっと触ってくれても良いんだぜ? どうせ誰にも見えてないんだからさ。というか抱き締めて欲しかったなーなんて思ったりね』
「見えてなくても公衆の面前でそんなことやってみろ。社会的に殺される。主に俺が」
『いやいや、いるじゃんか。具体的にはあの辺に』
彼女が指を向けた方向にいるのはリア充。それも周りを気にしない系の。たくさんの人に囲まれている中で舌を絡ませるとか、子どもの情操教育的に非常によろしくない。
「……」
『あれは極端だけどさ、手を繋ぐくらいはやってくれても良いじゃん』
天使様に誘導されているような気がする。最初に不可能な要求をしてからちょっとずつハードルを下げていく手法。あれ、何効果って言うんだっけ。
……じゃなくて。
「……ちょっと待て。なぜお前が俺の彼女ポジになろうとしている?」
『ちっ。別に羨ましいとか思ってないし。あと、家に帰ってから反省会やるから。覚悟しとけよな?』
今確実に舌打ちした。嫌な予感しかしない。既成事実作るために|(なぜか俺が)孕まされる気がする。
だが予想に反してなにも起こらないまま、俺達は目的地に到着してしまう。
そのまま帰るのもアレだと思ったので、天使様が言っていたハンバーガーショップで買い食いすることを決意した。もちろん天使様には知らせずに。
改札にICカードを近づけ、残額を確認する。何度も出掛けているはずなのに、そこまで減っていない。まぁ、遠出しているわけでもないから当然か。
「寝みぃ。とにかく寝床に飛び込みてぇ」
目をこすりながらエスカレーターに乗る。平日と違って、サラリーマンはそこまで多くはない。暇をもて余したマダムと家族連れが帰っていく姿が、俺の視界の端っこの方に映る。
『ちょっ、自転車そっちじゃないよね? 記憶吹っ飛んだの?』
「誰の記憶が吹っ飛ぶか。実は行きたかったんじゃねぇの?」
駅の建物から出てから、駐輪場とは逆の方に歩いていく俺。
『この辺のお店……もしかしてハンバーガー的な?』
もうバレてしまったか。ずっと秘密にしておくつもりでもなかったし、別に良いのだけれど。
「そゆこと。ウィンドウショッピングで浮いた分があるからな。ハンバーガー一つくらいなら奢るぞ」
『ウィンドウショッピングだからそもそもお金使ってないじゃん!』
「バレたか」
この後二人でLサイズのポテトを二つほど食べ、胃袋がパンパンになるまで炭酸飲料を飲んだ。肝心のハンバーガーは一つも食べていない。
自転車に乗って家に帰る。天使様が反省会を開いたりもせず、そのまま夜は更けていく。
忌まわしき宿題なんかも出ていない、本当に落ち着いた夜。カーテンの向こう側に広がっている世界に思いを馳せながら、床にタオルケットを広げる。
『なんか、懐かしいな。季節は変わっちゃったけどさ』
「その場のノリと勢いで一緒に寝ようとしてるやつだろ。俺、こういうの知ってる」
ベッドの縁に器用に座る天使様。長い金髪は水のように流れていて、電気を消しているはずなのに輝いて見える。
そういえばこの天使の顔を正面から見たこと、一度も無いんだった。一緒にいる時間は長いはずなのにどうしてなのだろうか。
『別に。焦って既成事実作ったってなにも変わることはないのさ。お前は絶対にあたしに手を出そうとしないし、あたしはそんなお前を応援し続ける。それだけの関係性だよ』
「……」
いや、そんなことなんてどうでも良い。お別れみたいな言葉。頭から離れてくれない呪いのような言葉。
『おやすみ、天宮快斗君』
突然、抗えないような眠気に襲われる。まだだ、まだ俺は寝ちゃいけない。それなのに……そのはずなのに。
『良い夢、見るんだよ?』
瞼がゆっくりと下がり、視界は闇に閉ざされていく。
最後に俺の瞳に映ったのは、夏の空のような曇りの無い水色であった。




