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3 平均的陰キャの俺は目の前でエゴサする。

「ぜっ……はっ、はっ……」


 封筒の中には二枚の便箋があった。一枚は文字化けしているため読めず、そしてもう一枚にはこう書いてあった。


 とりあえず広い公園に行けと。親には忘れ物を取りに行くと伝え、俺は制服のまま家を飛び出す。もちろんあの手紙を片手に持って。


 ここら辺で一番大きな公園と言えば、多分あそこのことだろう。


「たっ、龍沼公園まで走れと……?」


 たかが五百メートル、されど五百メートル。


 帰宅部系陰キャにとってはただの苦行。満月の光に照らされているからだろうか。そこまで暗いとは感じない。でも、夜ということに変わりはない。


 それに夜なんて陽キャが跳梁跋扈している時間じゃあないか。


 日が沈んでから外に出るのは嫌だ。どうせ陽キャは闇に紛れて以下略しているのだろう。決してメロスの親友みたいな響きのアレではない。


 というか、メロスみたいに歩いて行ってもいいのだろうか。


 スーパーマーケットの横を通り、全速力で坂道を下る。沼という名前が付いているように、龍沼公園があるのは坂の下。


「はぁ……」


 今から帰りのことを考えて憂鬱になる。そこまで急勾配ではないものの、運動不足の陰キャを絶望させるには十分過ぎるのだ。多分俺だけだけど。


「なんで俺、こんなことしてるんだろ」


 親にすぐにバレるような嘘をついて、いきなり家を飛び出して、夜の街を駆け抜ける。


 とりあえずいつもの俺だったら面倒くさがってそのまま寝ているに違いない。もちろん普通に夕飯を食べて、お風呂に入ってから。


 いつもとの違い。そんなものに心当たりは無い。


 横断歩道の白黒コントラスト。これだってずっと変わることはない。


「……恋は人を盲目にする、ってやつなのか。いやいや俺は恋なんてしてねぇし」


 そして、赤信号。


 目の前を横切る車のテールライト、これも真っ赤。郵便ポストも、その辺にあるコンビニエンスストアの看板も赤。


 赤い色に囲まれている俺の顔は、今何色に染まっているのだろうか。


 車の窓を覗こうにも、俺は俺のそんな顔を見るような勇気なんてない。瞳に映るのは移り行く風景だけ。


「初恋、のはずも無いよな」


 青。


 非リアの陰キャに縁もゆかりも無い色。そして、前に進めという合図。


 目的地である龍沼公園はすぐそこ。だったら進まなくてどうするんだって話だ。


 そこに陰キャも陽キャも関係ない……わけではないが、あの時花咲さんに話しかけた時点、そこで俺の運命は決定的に変わったのだと思う。


 まだなにも起こっちゃいないけれど。


「つ、着いた……」


 息を切らせながら陽キャの巣窟……ではなく龍沼公園に入っていく。思っていたよりも綺麗だ。てっきりこの時間には、煙草の二、三本転がっているものかと。


 あと、酔っぱらいのサラリーマンもいない。こっちに関してはは完全に偏見だけれど。


 この街は一応ベッドタウンとして機能しているらしいから、サラリーマンとその家族がたくさんいるのは知っている。うちも一応そうだし。


 でも、誰もいない。一人くらい悲しくブランコを漕いでいる人がいたっていいのに。


「ここで悪漢に襲われてる美少女を助けたりでもすれば、非リア卒業できるんですかね?」


 独り言は風に流されて消えて行く。儚く、そして下らない願い事と共に。


『助けられるのはお前の方だよっと。うーん、この調子だと実体化まで十分くらいかかるかねぇ』


「はっ? 誰だっ!」


 辺りには誰もいない。木の陰までは確認していないが、このどうでもいいお願い事を聞いていたのは俺だけのはずだ。俺以外いなかったはずだ。


 いや、この声。確実に聞いたことがある。


『誰だとは失礼だなー。それの送り主だよ。もしかしてもう忘れちゃったのかい?』


 そうか。さっきの幻聴か。ということは。


「手紙、なのか?」


『くっくっく! 我が名は……』


「そういうのいいから」


 明らかに長くなりそうな自己紹介は、始まる前にカットするに限る。かくいう俺は、ホームルームでの自己紹介を名前とよろしくだけで済ませた勇者だ。


『名前を名乗った瞬間にどーんって現れるとか浪漫あるじゃん。えっ、無い?』


「無い。自己紹介は五秒で」


 だから、そんなものに浪漫など感じない。感じるはずがないのだ。


『えっ、酷くない? 五秒ってあの五び……』


「よーい、スタート」


 いち、に、さん。指を折りながら正確な時間を刻んでいく。


『あっ、あたしはお前の初恋のお手伝いをするためにここに来た。んで名前はサ……』


 スマホで計測しても良かったが、出してロック解除するだけで五秒以上かかってしまうから止めた。そんなことを考えている内にも時間は過ぎていく。


「はい、五秒終わり。つまりお前は俺の青春を邪魔しに来たサキュバスってわけか」


『サ、サキュバスちゃうわ! あたしは大天使のサリエルさまじゃい!』


「知らんし。ちょっとスマホで調べても?」


『本人の前でエゴサぁ? お前はアホなのか、それともどうしようもない阿呆なのか? まずは、ちゃんと本人に聞けや!』


 とりあえず幻聴は無視して、スマートフォンのロックを解除する。そして天下の大先生のお力を借りる。


「さりえり? うーん、さるとる……じゃなくて。あれっ……?」


『誰が哲学者だ、おい。実存主義のお話なんて聞きたくもないし。そういう態度をとる奴は、相手がただの人間だとしてもシバき倒すぞ?』


 頭がガンガンする。これが大天使の力なのだろうか。いや、ただの嫌がらせだろうな。多分。でも嫌なものは嫌だし、素直に彼女の名前を検索欄につっこんでいく。


「サリエルっと。いや、これは予測変換が悪い」


『お前な、あたしよりも哲学とか音楽家の方が大事なのか?』

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