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37 圧倒的主人公の俺は夢の国の近くを走る。

『この電車で合ってるわけ?』


「都内の地下鉄経由するよりも明らかにこっちの方が早いから。……って大先生が言ってた」


 電車が来るのは約三分後。その次は約三十分後。


 天使様がそう感じてしまうのも無理はない。元はと言えば、早すぎる時間に家を出た俺が悪いのだから。


『ソースは大先生かよ……別に良いけどさ。で、この時間なにするわけ? まさかスマホでゲームとかしないよね?』


「お菓子食うけど?」


 リュックを開けてグミを取り出す。まさかのハート型のレモン味。キャッチコピーは初恋の味がどうとかだったと思う。どうしてこれを選んだのか、今の俺にはわからない。


『小学生の遠足じゃん、それ。もうちょっと洒落たことしようよ。せっかく今からリア充っぽいことしに行くんだからさ』


「十分洒落てるだろ、これ。期間限定の青春の味だぜ? お前も一つ食うか?」


『良いのっ! わーい!! じゃあ遠慮なくいただきまー……』


「ごめん、電車来た」


『嘘だろっ! こんなときくらい空気読めっての。電車のダイヤに逆ギレしたところでどうにもならないのは知ってるけどさ』


 現在時刻は六時くらい。待ち合わせまでは三()()ほど余裕がある。ぶっちゃけこの電車を逃したとしても遅れるということは絶対にない。


「……これ乗るぞ。ほい、グミ。電車の中だとしても見えてなければセーフってわけだ」


『見えてなくても匂いはダダ漏れだけどね。青春のキュンキュンする匂いに囲まれる気分はどう?』


「意味がわからん」


『ですよねー。でも良かったじゃん。ほとんど人が乗ってなくてさ』


 同じ号車に座っている人の数は指の本数よりも少ないくらい。牽制しあっているのかは知らないけれど、お互い隣り合わない席に座っている。


「この曜日のこんな時間に満員電車が走ってたら、俺は真っ先にこの国の社会構造を疑うな」


 不本意ながら天使様の隣に座っている俺。声のボリュームは極限まで抑えているから、他の人に聞かれることはないと思う。


 聞かれていたとしても、ちょっと痛い人だと思われるだけだ。結構恥ずかしいことではあるのだけれど、キレた天使様に電車を燃やされるよりはずっといい。


『確かに。こんな時間から働かないと回らないシステムなら、一度ぶっ壊して再構成した方が良さそうだね』


 こいつだったらやりかねない。そう思うには十分すぎる冷たい声。


 他の場所に座っている人が数名ほど腕をさすり始める。悲しいことに、寒いと感じているのは俺だけではないらしい。


「だからって人類全てを石に変えたり異世界転移させたりするのは駄目だからな」


『ざーんねん。あたしにそんな権限はないから。というかこの電車、夢の国に行けるんだよね。で、どこで降りるわけさ』


「夢の国……の次の駅」


 俺の財産にもうちょい余裕があれば、夢の国を提案することも出来たかもしれない。停車するたびに変わる乗客、海の色が多めの景色。


『大丈夫。夢が去ったあととか言わないから。東京側から来る人からすれば、夢を乗せて走ってるわけでしょ?』


 天使様が何度も俺の口にグミをねじ込もうとしてきたのは全てスルーして。そんな中でも俺は呑気にスマホでソシャゲをやって。


 単発でガチャを回したら最高レアのキャラクターが出ちゃったりもして。今日はなにか良いことが待っているのかもしれない。そう俺の勘は告げていた。


『おっ、ここって夢の国の最寄りじゃん。こっからでもお城が見える。すげー。めっちゃデケー』


「うん、すごいすごい。とにかくリア充オーラがすごい。あんなところ行ったら俺、物理的に消し飛ぶかもな」


『いやいや、あの程度で消滅してたら真のリア充になれないから。あと、ちゃんと降りる準備しとけよな。あと二分も無いんだからさ』


「リュックは肌身離さず持ってるわけだし、忘れ物のしようがねぇんだな、これが」


 天使様からグミの袋を回収し、リュックを肩にかけ直す。嘘……だろ。空っぽじゃん。数個しか食べてなかったのに。


 揺れている電車の中、ドアの近くまでゆっくりと歩いていく。


『まっ、それもそっか。言い忘れてた。電車が揺れるおそれがありますのでつり革や手すりにお掴まりくださいだってさ。新種のトレーニングやりたいなら別だけど』


「へいへい」


 空っぽのグミの袋を振りながら、次開くであろうドアにもたれかかる。緊張と不安で足が震えてきた。少しでも気を抜いたら、座席でもない場所に座り込んでしまうかもしれない。


『はぁ、仕方ない。きっとだいじょーぶ、絶対に上手くいく、失敗なんてさせないから。あたしがそばにいるんだから。ほいっ』


「いてっ」


 真正面からきたデコピン。いい音は出なかったものの、ネガティブな思考だけは中断される。


『上手くいくおまじない。弱気になってたらさ、折角の幸せも逃げてっちゃうよ?』


「ご、ごめ……」


『ごめんじゃなくて?』


「ありが……とう?」


『良くできました。お前には特別に花丸をあげちゃおう。特別だからな?』


 電車は駅に着き、背もたれはドアへと変貌する。いや、もともとドアだったのだけれど。


 ちょうど同じタイミングにもう片方の番線にも電車が入り、数人が各々の目的のためにホームへと降りていく。


「……えっ?」


「はい……?」


 肩の高さくらいで切られた黒髪、黒曜石のような瞳。ノースリーブでボーダーの入ったトップスと、ボーダー部分と同系色のスカート。


 まだ夏本番ではないが、爽やかさを感じる。でもどことなく上品な感じがするというかなんというか……とりあえず良く似合っている。


「まだ待ち合わせまで二時間近くあるはずだけど……」


 現在の時刻は七時になるかならないかくらい。俺の偉大なる作戦は三秒も経たないうちにご破算になってしまった。脅威のシンクロ率だわ。


「それはこっちの台詞だっての、まったく。で……待ってないよな?」


「うん、ちょうど今来たところ。そっちこそ、待たせちゃった?」


 こんなはずではなかったと思いつつ、花咲さんを二時間も待たせずに済んだことに対して少しほっとしている。


「いや、俺もちょうど今着いたところ。その……水族館が開くまで結構時間があるわけだが、どうするつもりなんだ?」


「うーん、二十四時間営業のところだったら開いてるはずだから……どうしよっか?」

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