33 優越的モブの俺は天使様にアイスをせがまれる。
「……」
タキシードの後ろに隠されていたのは清潔感の塊……ではなく。
『とりあえず試着室に行った行った。サイズが合うかどうか確認しないとだからさ。モデル体型じゃないからどうせビミョーな感じになるとは思うけどね』
「了解。あと……わかったから背中を押すな、こんなとこでコケたらどうすんだよ」
『なにもない所で転んで救急車かぁ。それはそれで面白そうだけど』
店の奥の方にある箱みたいな試着室に押し込まれ、俺は着替えを余儀なくされる。途中で天使様が入ってきたときには、丁重にお引き取り願った。
「……ふぅん。サイズはぴったりなんだよなぁ、なぜか」
奥に付いている鏡で自分の姿……というか勝負服を確認する。どことなくチャラい感じがする。絶対たくさんの女子と肉体関係を持っている系の人が着るやつだ。
サイズ以外は俺とマッチする所が無い。……そもそもなんで天使様が俺のウエストとか股下の長さとかを知っているのだろう。
まぁ、そこは企業秘密的ななにかがあるのだろう。多分。朝起きる前に人の洋服をクンカクンカする変態じゃなければなんでもいいけど。
『おーい、それの試着終わったならこっちも着てみてよ。絶対似合うからさ』
「あー、うん。了解。でだな、今着てる服お前に見せなくていいのか?」
『あたしのこと舐めてるよね? 既に見た、そして似合わない。却下だよ却下』
「……天使様の、えっち」
声変わりが終わったあとの声帯は高い声を出すには向いていない。俺の喉から出たのはかなりキモいと自覚できるほどのかすれ声。あー、うん。自分で言ってセルフで萎えてきた。
『男がそれやると結構キモいからな?』
「んなもん本人が一番わかってるから。それで次着るやつってのは?」
『ほい。これは多分というか確実に似合う』
飛び込んできたのは陰キャの正装。着心地だけは最高の衣服。高校生だと体育の授業とか部活のときくらいしか着る機会のないアレ。人によっては家で着てたり着てなかったり。
「って普通にジャージじゃねぇか。おい、デート的なイベントにジャージを着ていく馬鹿がどこにいるんだっての」
皇居ランナーが着ているようなお洒落なものなんかではなく、野外での作業で重宝しそうなシンプルイズベストを極めた一品。気になるカラーはワインレッド。……これ完全に芋じゃん。
『いいから着ろ。もちろんデートとは関係なくな。お前が芋ジャージ着てる姿を見たいだけだから』
「んなもん今日である必要はあるのか?」
腹の底の方から漏れてくるため息。俺は早くお会計を済ませて、家でゆっくりと準備したいのだ。……お財布は天使様に握られているからどうにもならないのだけど。
『うーん、別に次の機会もありそうだし? 今じゃなくてもいいかな。うん、そうしよう。じゃあ脱いで?』
「きゃー、天使様のえっちー」
『そこは棒読みなのかよ、おい。もうちょい可愛い反応期待してたのになぁ。なぁ……?』
そう言いながら、彼女は次の服を押し付けてくる。……パンクだ。ダメージだ。ロック過ぎてヤバい。俺の魂の旋律がついていけない。キリッ。
「可愛い返しをしてもどうせキモいって言われるだけだし。それならこうした方が良いかなと」
『それはそれで寂しいっていうか、いじりがいが無くなるっていうか。うん、別にいいんだけどね。じゃあお会計行こっか』
「……これ着たまま?」
俺はさっき渡された結構ヤバめの服をつつく。じゃらじゃらとしたアクセサリーが付いていないだけまだマトモだとは思うけれど、やはり俺には絶望的に似合っていないと思う。
この姿で明日は花咲さんと水族館に行く……のは無理だな。待ち合わせで知らない人扱いされてしまうかもしれない。俺だったらこんな男には近寄りたくない。
『ちゃんと着替えてからにしなさい。明日着ていくんでしょ?』
「はーい……ってお前は俺の親か。そしてこれは絶対に嫌だ。返してきてくれると助かる」
『どっちかっていうと、絶賛同棲なうだからかのじ……やっぱりなんでもないし。戻してくるからはよ着替えろ、ばかっ』
「ほいほい、わかったから。わかったから行くと良いながら試着室に入ってこようとするのはやめろ。行くべき方向が逆だろうが」
『えー、いいじゃん。減るものでもないし』
「俺のメンタルが削られて減ってんだからな。かき氷のように、ゴリゴリと」
天使様を意識から無理矢理シャットアウトして、ダサい私服に着替える。一日に何回このアクションをすればいいのか。もちろん天使を追い出す方。
『お前のメンタルなんて竹と同じレベルでぐんぐん大きくなるっしょ? あとジョイス……』
「年頃だと思われる女の子がそんなこと言っちゃいけません。ってかさ、節ごとにわかれて成長するとかアレ反則だろ。レギュレーション違反だろ」
『討伐するのも結構大変らしいからね。塩撒けば一発で解決だけど。カルタゴ農法にもっていけなければ塩害待ったなしだぜ』
「それ、結果的に草も生えなくなるやつじゃん……あと土地の値段も下がるからやるなよ? 絶対にやるなよ?」
『やらんし。あとお前、今ズボン履いてないだろ。ちょっとお邪魔するぞい』
本当に油断も隙もない。俺は試着していたズボンを脱ぎ捨て、私服をガッと掴む。光の速さを超越しなければ間に合わないだろう。
こうなったら見せつけてやろうじゃないか、俺の必殺技を。秘技、陽キャだらけの更衣室から早く出るためだけに身に付けた早着替え。
「フッ、完璧だな」
上下共にダサい私服。芋ジャージと良い勝負が出来るかもしれない。
『チッ。間に合わなかったか』
お前は何を狙っていたのか。そんな無粋なことをわざわざ聞いたりはしない。
「とりあえずこれ買って帰るか」
洋服二点を銭湯のタオル感覚で手に掛け、レジへと向かう。実際にお金を出したのは天使様の方。
どう見えているのかはわからない。だけど、戸惑うような仕草がなかったことからそこまでおかしなことは起こっていないと信じたい。
『むぅ、そのまま帰っちゃうの? ならばあたしはアイスを所望するっ! それくらい付き合ってくれてもいいよね?』
「ほいほい、高いやつじゃなければ俺は一向に構いませんよーっと」
天使様のせいでどこでアイスを食べるのかという問題が浮上してしまった。さて、どうしようか。




