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32 優越的モブの俺は物事に白黒をつける。

 少し熱されたコンクリートの地面。お昼になったらただの地獄だが、今の時間はまだ問題ない。


「しゃあっ! とりあえず後ろ乗れ!」


 天使様は思ったことだろう。こいつには絶対にハンドルを持たせちゃいけないと。こいつの運転する車には絶対に乗りたくないと。


『道路交通法違反だよ、それ。二万円以下の罰金取られんぞ。そしてお前にそんな脚力はない』


 彼女が牽制球を投げてきたのはもちろん見えている。俺がそれに従うべきということも。


「ポリスマンに見えてなければセーフだろ。違うか?」


 ハンドルを両手で持ち、後ろの荷台にアゴを数回向ける。俺は天使様の助言を受け入れるつもりなどさらさらないのだ。


『はぁ。赤信号は見えてなかったじゃ済まされないのさ。別にあたしが重いとかそういうのじゃ無いんだからね!』


「……」


『ちょっ! そこで黙り込むのは卑怯だぞ! あたしが本当に重いみたいに聞こえちゃうじゃんか。天使の体重はリンゴ三個分だぞっ!』


「……」


 リンゴ三個分ということは……猫っぽいマスコットキャラと同じくらいか。あれだけ食べておいてそれだけってことは無いだろう。うん。


『黙ってチャリのスタンドを立て直すのやめて。なにするつもりだっ! ってあれ?』


「おい天使……」


 大体そういう数字を出すのは、人に言えないレベルの体重になった時くらいだろう。


『なんだ人間、あたしを哀れみの目で見るなし! 肩をちょっと叩くのもやめろっ!』


「歩いて、行くか……」


『そしてがっかりするぬぅぁぁあっ!』


 彼女の叫び声が頭蓋骨の中で反響する。正直に言おう。結構痛い。物理的に。


 愛しのチャリから鍵を抜き、なくすと困るからと郵便受けに入れておく。これで準備は完了だ。


 そういえば服を買いに行くなんてとても久しぶりな気がする。今着ている服も中学の頃に買ってもらったものだし。そうやって考えていくと、俺の身長がほとんど伸びていないことに触れそうだから止めておこう。べ、別に悔しくはないし。成長期が遅いだけだし。




『ここで買うってことでいいんだよね? 近くを通ったことは何度もあるけどさ、実際に入るのは初めてだね!』


 家から徒歩で十数分。途中のコンビニのチキンの所に天使様が行こうとするのを無理矢理引っぺがしたり、強引に手を繋ごうとするのを拒否したり。


 この店にたどり着くまでにどれだけの苦労を重ねたことか。いや、そこまで疲れてもいないけれど。


『それじゃ、行こっか』


「ほいほい。まさかとは思うが、お前にコーディネートされるわけじゃねぇよな?」


『ほえっ? いや、当たり前のこと言わせないでよ』


「……当たり前ってどっちのことなんだ?」


 このままだと五分五分の確率で天使様に遊ばれる。くまさんパジャマとかブーメランパンツとかその他いろいろ。


 視界の中にそういう系統の服はそこまで置いてなさそうだが、こいつの執念のようななにかを舐めてはいけない。


『もちろんあたしがコーディネ……ちょっ! ぐりぐりしようと握りこぶしを作るのだけはマジで勘弁してっ! それ結構痛いんだからね?』


「どうせお前、俺に変な服着せて楽しむつもりだろ?」


『いやいや、ちゃんと勉強してきましたし。ネットとか雑誌とかで。ただでさえ身長足りないんだから、スラッと見える系のアレとかをね、もにょってもにょるわけさ』


 足りないと言っても百六十はしっかり超えているし。バスケ部などの運動部男子と比べたら少し物足りないかもしれないが、低くも高くもないくらいだと自分では思っていたりする。


 ただし天使様からの評価はそうではないらしい。


「俺、そんなに小さい……?」


『うん。ファッションモデルの体型と比べたら特に。お前には等身とか清潔感が足りてないわけさ』


 陰キャに清潔感を求めるなと言ってやりたい。中にはキラキラした陽キャ予備軍も存在しているらしいが、俺はそういう系統にご縁はないのだし。


『このパーカーとかどう? あっ、このシャツにこんなの羽織ってみるとか!』


「……あーもう好きにしやがれ」


 店内を駆け回る天使様についていくのを諦めて、靴のコーナーの腰をかけられる場所に座る。彼女が戻ってくるまで靴の試し履きでもしていようか。


「……このスニーカー、カッコいいな」


 俺が目を付けたのは藍色のボディと白い紐のコントラストが綺麗な靴。あとは天使様が選んでくる服に合うかどうか。


『これどうっ?』


「……」


 いや、どうもこうもない。彼女が持ってきたのは真っ白なタキシード。結婚式以外では見る機会すらもないブツ。


「ちょっと待て。色々飛ばしてねぇか、これ。そしてお値段がヤバい。ゼロの数とか見たくもないんだが」


『いやぁ、プロポーズといえばこの服でしょ? むしろこれ以外考えられないね。マネーの面を気にしなくていいならこれでもいいんじゃないの?』


 彼女いわく、ジューンブライドだからセールされていたのだとか。結婚式……か。俺はチャペルで白いウエディングドレスを着た花咲さんの姿を妄想する。


 落ち着け、落ち着くんだ俺。明日行くのはデートなんかじゃあない。ただのお出かけなんだ。そんなのにタキシード着ていくなんて誰もがドン引きするに違いない。


「……馬鹿なのか、それとも馬鹿なのか」


『冗談だっての。はい、本当の勝負服はこっちでーす! ばばんっ!』

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