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30 受動的リア充の俺は青い春の夢を見る。

 放課後。クラスのほとんどの人が部活に行き、残されているのはこれから帰ろうとする陰キャのみ。いや、一人ではない。ここに残念な変態もいるからだ。


『なんで間接キスしなかったのさ。折角のチャンスだったのに。ざーんねん』


 教卓に腰をかけて、スカートの中が見えるか見えないかの角度で足を組む。花咲さんの半分くらいしかスカートの丈がないから、太ももの際どい部分まで見えてしまっている。


 俺は見ていないが。艶のある肌とか見ていないが。見たとしてもさっきの衝撃よりは小さかったのは断言出来る。そんなことばかり考えていたら思い出してしまった。


「わざとだったのか?」


『うんにゃ、間接キス未遂はただの事故。お前にクソ不味いもの食わせればモヤモヤが晴れるかなって思ってさ。結局ダメだったけどね。逆にもっとモヤってなった』


 天使様の言い訳は続く。花咲さんに責任転嫁したり、挙げ句の果てには俺の食生活に口を出してきたり。確かに昼飯は男子高校生にあるまじき絵面であるが。


 要約すると、彼女は俺が激辛ホットドッグを食べて悶絶する顔を見たかったらしい。生粋のサディストだった。死ななくて良かったと思いつつ、リュックに教科書を放り込む。


 俺はそこまで置き勉をしないタイプなのだ。ロッカーに入れておくという手段も無いわけではないのだが、あんな陽キャがたむろしている場所なんて行きたくない。


 まぁこれは陰キャ(弱者)(さが)みたいなものだろう。そもそも男子ロッカーなんて汚すぎて足の踏み場があるのかすら怪しいし。


『そんじゃ、帰ろっか。その……登下校だけはお前と二人っきりになれるじゃん』


「なにか言ったか?」


『別に、なにも言ってないし。それともあたしのひとりごとでも聞いちゃったわけ?』


「いや、単なる耳鳴りだと思う。いろいろあったから疲れてるんだろ」


『これからの方がもっと忙しくなると思うぜ。なんてったってデートなんだからな。恋人繋ぎで繁華街を歩いて、おしゃれなフレンチとか食べて。それで最後にクルーズ船を貸し切ってこう言うのさ。I love you、俺はお前を愛していますってね』


 これ、初めて挨拶するとなったときに天使様に言わされそうになった恥ずかしい台詞だ。


「もしや……ネタ切れか?」


『違いますし? 一番上品なのがこれだっただけですし?』


 一番上品なのがI love youというのは納得がいかない。そういえば(つがい)がどうとかも言わされそうになったっけか。


「他にもっとあるだろうが。例えば夏目漱石の、月が綺麗ですね……とか」


『あたしを象徴するものがなにかわかってて言ってるわけ?』


「そんなもん知らんし」


『この髪の色を見ても同じこと言える? 月だよ月っ! それだと花咲ちゃんじゃなくてあたしへのプロポーズになるっしょ。その……あたしはそれでもごにょごにょ……だけど、ね』


 弾みをつけてから地面に足を付ける天使様。まだ月が出るには少し早い時間。ふわりと髪が空を舞い、上履きが教壇を叩く。


 さっきの言葉だが、半分くらいは上手く聞き取れなかった。


 とりあえず花咲さんの前で天使様の地雷を踏まずに済んだのは良かったと言えるのだろう。踏む時期が早くなっただけかもしれないが。


 リュックを片方の肩に引っかけ、階段を一段飛ばしで降りていく。


『こけたら大惨事だからなー』


「わかってるって。俺がそんなヘマするはずねぇだろっ!」


『もうお前一人の体じゃないんだからね。本当に気を付けてよ?』


 これはヤバい。何がどうなってそうなったのかわからないレベルでおかしなことが起こっている。この台詞は確か……妊婦さんに向けられることが多いやつ。


「俺、いつの間にか誰かに孕まされてた説浮上!? 女の子として扱えば女の子になっちゃう系のっ!?」


『ちゃうわボケっ! お前が怪我すると傷つく人がいるってことだし。それに処女を孕ませるのはあたしの仕事じゃない。いけ好かない青い奴のお仕事さ』


「いけ好かない青い奴って、聖書とかに書かれてる……?」


『そうそう。百合とかの性的接触を目的としない愛が大好きな処女厨だねー。どうしようもないクソ野郎だけど、なぜか堕天の許可が降りなかったやつ。今は青い人繋がりで酒場送りにしてやりたい』


「えっと……強いのか?」


 ゲームとかだとめっちゃ強いキャラとして描かれているが、実際はどうなのだろう。俺の中にある()()()ゲーマーな部分が昂ってくるのを感じてくる。


『あの野郎……とりあえずクソ強い。あたしレベルだと多分三分が限界かな。酒場の青い人と足して十で割っても余裕で裏ボス倒せる』


「うん、どれくらいチート能力なのかってのはわかった。そしてお前の言ってる青い人はそんなに弱くないから」


『いや、弱いでしょ。まっ、お前のヘタレ度の方が高いくらいにはね』


「ほっとけ、どうせ俺は中二脱却も出来ないダメ男だし。そのまま虚しいエンペラーになること間違いなしだ」




 結構ひねくれた考えの俺と、かなり直球な天使様。あと俺が片思いしている花咲さん。


『ちょっとまってよー、もう。お前はちょっぴりヘタレだけど、根は良いやつなんだからさ。もっと自信を持った方がいいと思うぞ、マジで。ってもう先に行っちゃったか。校門に先回りしーとこっと』


 後ろから聞こえてくる声。脳内に直接響いているから距離の概念は存在しないのだが、なぜか少し遠くに感じてしまう。


 放課後の、どこの学校にでもあるような青春の一ページ。俺はこの風景をどうしたいのだろう。このまま進んでしまっても良いのだろうか。


 俺だけの力で本当に花咲さんを幸せに出来るのだろうか。

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