23 凡庸的ゲーマーの俺は天使様に起こされる。
『おはよっ!』
鼻をくすぐるのはふんわりとした甘い香り。この頭にガンガン響いてくる声は、あれか。新手の嫌がらせ、もといモーニングコールというやつか。
「……あと五分」
俺がそんなものに負けるはずもなく。いや寝た時点で別の何かには負けてるのだが。タオルケットにすっぽりとおさまって、もう一度だけ眠りに入る。
『起きないと、イタズラしちゃうぞっ!』
喧しい。今を何時だと思っているんだ。この季節でも日の出と共に起きるのはかなりキツかったりするのだ。ただしイタズラの内容にもよる。
「ふわぁ……具体的には?」
『お腹にエクスカリバーはこちらですって書くよ。もちろん油性ペンで。そろそろプールのシーズンっしょ? だからな……』
お腹にエクスカリバーは困る。彼女が言った通り、もうすぐプールの授業が始まるのだ。俺は難なく二十五メートル泳げるから問題ないけれど。
ただ、ラッシュガードを脱げなくなるのは困る。ぴったりと体に張り付いたり、陽に当たりたがらないモヤシ扱いされるからだ。モヤシなのは一応事実だけれど。というかどう足掻いてももやしだけど。
「起きます起きましたから。だからエクスカリバーだけはご勘弁を……」
『じょーだんだっての。あたしがそんなことするやつに見えるん?』
はい、見えます。昨日だって女子のLIMEに大きなキノコ送ろうとか言ってきたのだし。
聳え立つ仏塔をスマホに送るのも、伝説の聖剣をプールで公開するのもそんなに変わらないのだ。どっちにしろ警察のお世話になる。
「あーっ、そろそろ学校行かねーと!」
棒読み。大根役者以下の演技でこの気まずさとお布団から脱出しようとする俺。その辺に放置したリュックサックを手にして、リビングへと駆け込んでいく。
『ポケットティッシュ忘れてるぞー。どうせ使うことになるんだからなー』
後ろから飛んでくるポケットティッシュと天使様。電気が付いていなかったら軽くホラーな案件。
「……花粉はもう終わったよな? もうすぐ夏……だよな?」
ティッシュはありがたく受け取る。一緒に飛んできた天使の方はどうするのか。
『ぐへっ。なんであたしを抱き締めてくれないのさ。壁と盛大にハグしちゃったじゃんか。鼻が……鼻が痛い……』
路上のガムみたいな状態の天使様。壁に貼り付きながら会話をするというとても器用な技を見せてくる。
こいつを避けていなかったらどうなっていたのか。この状態からして、かなりのスピードで飛んできたことだけはわかる。
花咲さんに会う前に、壁に真っ赤な花が咲く所だった。もちろんジョークではなく。
「知らん。学校で不純なことをさせようとした変態が悪い」
『ま、そっか。そーだよねー。お前は花咲ちゃんにだけ尻尾振ってる駄犬だもんねー。わんわん』
「誰が駄犬じゃい」
パンをトースターに放り込んで、冷蔵庫からおかずになりそうなものをいくつか取り出す。もちろん作り置きのものを。
「あと五分で食べ終われれば、いつもより早い電車に乗れるんだけどな」
『よく噛んで食べないと早死するよ? あたしからすれば誤差の範囲だけどさ。でも困るっしょ、四十で大往生は』
「流石に四十は大往生違うだろ。人生五十年の時代はとっくの昔に終わってんだろ。具体的には江戸時代くらいに」
『そんなことを話している間に、パンは炭になるのでした。まる』
そんな馬鹿な。俺はトースターを覗き込み、パンの色を確認する。きつね色にすらなっていない。やってしまったのか。
「……そもそも電源入ってないじゃん」
別の意味で大ピンチである。生の食パン、そこまで好きじゃないのだが。パンになっている時点で、確実に生ではないのだけれど。
「おい天使」
『なんだ人間。パンを消し炭にすればいいのか?』
俺は諦めてトースターの電源をつけ、二分半もぼんやりと外を眺めた。天使様のお陰で眠気だけは飛んでいたのだが、なにも手につかない気分。
その時間にテレビでもつければ良かったというのは、家を出て電車に乗ってから気付いたことである。




