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22 凡庸的ゲーマーの俺は意味もなく考える。

「でも……」


『はぁ。「でも……」とか「だけど……」とかなんでも逆接で返すなっての。お前はまだ十七才なんだ。若いうちに失敗を恐れてどーすんのさ。むしろ若いうちは失敗しまくれっての』


「……」


『今ならさ。お前が子どもでいられる今ならさ、失敗したってまだなんとかなるだろ? 人生は当たって砕けるものだとまでは言わないけどな、当たる前に砕けてどーするわけよ』


 当たる前に自分から砕けていたのか、俺は。そりゃ天使様も怒るに決まっている。実際にやってみるまではわからないんだーって。


 でも、この恋が相手を幸せにすることはないのだと思う。どんな手段を使ったところで、花咲さんの時間を奪ってしまうことに変わりはないから。


「だけど……」


『都合が悪くなるとすぐ逆接で繋げようとするその癖。うん、慎重になるのは悪くないと思うよ。でもさ』


「慎重過ぎて一歩も進めてない」


 わかっている。俺が足踏みしているこの時にも青春という短い時間は削れていく。臆病な俺は進むことすら出来ずに、春を(どぶ)に捨てていくのだろう。


『お前はちゃんと進んではいるよ。ただ他の人よりもちょっと遅いだけ。考える時間が他の人よりもちょっとだけ多いだけさ』


 言い換えたって意味が変わるわけではない。俺がどうしようもない程にヘタレなのは事実なのだから。


「……天使」


『わかってるさ。ちゃんと駅まで案内して、強引にでも家に放り込む。あー……えっと、いくつか行き方あるんだけどさ。その、乗り換えが多いルートにするか?』


「どっちでもいい」


『りょーかい。乗り換えが一番少ないルートでいいね?』


「……どっちでもいい」


 天使に腕を引っ張られながら駅の方に歩く。本当に俺は情けない奴だ。仮にも異性と手を繋いでいるはずなのに、感情が昂ったりもしない。


 そのテンションのまま改札を通り、ちょっぴり酒臭い車内に入っていく。


『マジか。別のとこ行こっか』


 アルコールというのは、大人にしか許されていない逃げの一手。ああ、俺も逃げられるものならこの現実から逃げてしまいたい。誰も本当の意味で幸せを得られないルートから外れてしまいたい。


「ふぁぁ……」


『えっ! ちょっ!?』


 日本人がアルコールに弱いというのは紛れもない事実。これはアルコールを分解して得られるアセトアルデヒドなるものを酢酸に分解する酵素がなんたらかんたら……。


 唐突に再生される保健の授業。どうせならもっとピンク色の奴の方が嬉しかった。例えば人工呼吸とかそういうの。


「うっ、ううっ……」


『これ以上考えるな、ガチで不味そうだし。心因性のアレとかアレとかが溜まってたからっていきなり倒れるのは流石になしでしょっ!!』


 天使のその言葉を聞いた瞬間に、俺の意識は暗転した。






 ****






『あほっ! はよ起きんかいっ!』


 頭の中に声が響く。何が何だか全くわからないけれど、とりあえず俺はちゃんと生きているらしい。


 重いまぶたをゆっくりと開く。頭の中に響いていたのは、お母さんにしては若すぎる声。目の前にあるのはスポーツドリンク。


「……ここは?」


 多分天使様が運んでくれたのだろう。見慣れない場所、見慣れない風景。知らない天井……いや、このダクトはよく見るやつだ。目の前に線路があって……ということは。


『ここはホームのベンチさ。お前、いきなりぶっ倒れたんだからな。あたしがいなかったらどうなってたか……』


「……ごめん」


『ちょっとは学習しろっての、まったく。それじゃ改めて、帰ろっか』


「そうだな」


 今回は倒れたりすることなく電車に乗る。ただし……というかむしろ、倒れることすら出来ない空間であったが。えっと……今何時なんだろうか。


『お前が帰宅部の理由って……あはは、まさかね。うん、でも一応聞いとく。帰宅ラッシュの混雑を避けるためでいいのか?』


 息苦しい。なんでこんな空間で天使様は俺に話しかけることが出来るのだろう。こんな地獄みたいな空間で。


 質問に対する答えはもちろん肯定。俺は一度だけ頭を縦に振る。


『はぁ、そうかいそうかい。あたし的には別にどっちでもいいんだけどさ』


 天使様は俺に話しかけるのをやめ、長い金髪を揺らしながら網棚に寝そべる。我ながら何を言っているのかわからないが、これが事実なのだから仕方ないのだ。


『酸素薄いし何より暑い。テレワークとかフレックスタイム制とかないの? 窒息して死にたいの?』


 こちら側に足を見せながらごろごろする、制服姿の彼女。よくこんな狭い場所でくつろげるなと思いながら、ふと考える。


 天使なのだから足を組み換えたりした所で中が見えることはないのだが、彼女のスカートの中はどうなっているのだろうと。いつかのお風呂のように、謎の光に守られて見えないとは思うが。


『そしてお前はあたしの話を聞かずにエッチな妄想でもしてんのか。ちなみにあたしは結構可愛いの穿いてるわけさ。チラッ』


 誰が見るかっての。どうせ某大佐みたいに目潰しをうけて以下略という展開になるのだし。


『ちぇーっ、つまんないの。ペラっと(めく)ってくれるのを期待して、そっちにスカート向けてたのになぁ』


 アホの子なのだろうか、この駄目天使様は。見えてないとはいえ、それはアウトだろう。


『おっ、あと一駅じゃんか。準備しとけよな……ってリュック一つだから問題ナッシングか』


 俺は……というか俺と天使様は、人の流れに押されて電車から追い出される。向こうのホームには、いつも乗っている電車。


 ここと同じようにドアが開いた瞬間にたくさんの人が吐き出され、たくさんの人が家に帰ってゆく。俺も彼らと同じようにあの家に帰って、適当にご飯を食べて寝るのであった。


「……寝るのであったーって、床に寝そべるのは睡眠とは言えないと思うんだが俺は」


 流石に天使様を床に寝かせるわけにはいかないのである。そこは男としてのプライドが許さないから。


『ならあたしと同衾すればいいだけっしょ?』


「あ?」


『冗談ですごめんなさい。同衾はもっと仲良くなってから』


 何か間違いが起こってしまったら誰が責任をとるんだ。たとえこの変態天使が先に手を出したとしても、俺の方が悪になってしまうのだし。


「はぁ。俺は寝るからな?」


『あたしと?』


「一人そして床でだがなにか?」


『そーだよね。それじゃ今度こそ、おやすみ』


 規則正しい寝息。俺の本来の寝床には、熊の耳の着ぐるみパジャマを着た天使が健やかに眠っている。時間的に俺もそろそろ眠らなければならない。


 小さなあくびを一つだけして、タオルケットに潜り込む。そのままふわりと意識だけが飛んでいき、俺は夢の世界に旅立つのであった。

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