21 凡庸的ゲーマーの俺は新たなる世界を発見する。
問題なのは、知った後に俺がどうするかという点だけ。それはわかっている。でも、俺がどうしたいのかという部分はどれだけ考えたって見えてはこない。だってただのストーカーだし。
「……天使」
『花咲ちゃんはこの建物の一階にいるよん。はぁ、あたしはナビゲーションシステムじゃないんだけどなぁ』
判断材料がどうしても足りないから。傲慢かもしれないけど、俺が花咲さんのことをもっと知りたいから。だから弱虫でヘタレな俺とは一時的にお別れ。
せっかくの厚意を無駄にしないためにも、ここは退けない所なのだ。
「……俺、ちょっと行ってくる」
『確かに、さっきの所よりは入りやすいもんねー。こっちもバレないように全力でサポートするから、思う存分見てくればいいさ』
そこに広がっていたのは、俺の知らない世界。全てが熱を持っていて、そしてそれぞれが違った色を持っていて。高校生の凡庸な語彙力では上手く伝えられないような場所であった。
公式アカウントの販促写真でしか見たことないものがたくさんある。なんかちょっとテンション上がってきた。
『花咲ちゃんは向こうの方にいるからさ、もうちょい近くに行ってみる?』
「そ……そうだな」
一度扉をくぐってしまえばそれ以降はそこまで怖いとは感じないらしい。そんなことがなにかの文章に書いてあったような気がする。うろ覚え過ぎて原文もジャンルすらも覚えてはいないけれど。
『そっちは色々と捗っちゃう系が置いてあるエリアだよ? こーこーせーのお前にはちょーっとだけ早いかなぁ。うん、せめてあと一年は待とっか』
ポンポンと肩を叩かれる。多分やったのは笑顔の店員さん……ではなく天使様。
俺はなんとなく歩いていただけなのに。というか天使様よ、俺にそんなつもりはこれっぽっちも無かったのだが。
一足先に大人になってしまおうとか思っていなかったのだが。別に高校生男子がそっちに興味持つのは普通のことだと思うのだが。
(あのさ、俺にはちゃんとやるべきことがあるっつーの)
『はいはい、わかってますよーだ』
また頭の中を読みやがって。別に彼女が俺の幻覚であるのならば、なにも問題はないのだけれど。でも、最近そう思えない事態が起こりまくっているのだ。
今は花咲さんの追跡が最優先だから考えないけれど。
『この棚の辺りがベストなポジションじゃないかな?』
しばらく店内を見ていた天使様が、俺の袖をグイグイと引っ張っていく。天使様いわく、この棚の向こう側には花咲さんがいるのだとか。
なんでこんなに危険な位置を選んでしまったんだ、この天使は。アホなのか。
『大丈夫だよ。だって花咲ちゃん、完全に別世界に行っちゃってるからなー』
とりあえず棚のフィギュアを見ているふりをしながら、彼女がいる方に耳を傾ける。
「……新作もまじ最っ高。ふへへぇ……これだから美少女フィギュアを集めるのは止められないんだよねぇ……」
(……これ、聞いてもいいやつなのか?)
口パクで天使に意思疎通をはかる。どうせ心を読まれているからそんなことをする必要はないのだけれど、自分の口からちゃんと出力しなければならないと思ったのだ。
「胸部の曲線美……良き。非常に良き。塗装の時点で内側にアレするのは邪道かと思ってたけど、これ見ちゃうと考え変わっちゃうわぁ……」
『あー、うん。花咲ちゃんからすれば、絶対に聞かれたくない案件だな。あたしだったらここに穴掘って埋まるし』
「はうぅ……」
棚の向こう側にいるから、その表情を窺い知ることはできない。というか出来たとしても、俺にはその顔を見る勇気などないのだし。というか自分がそっちの立場だったら口封じのために以下略。
(……おい天使)
だからそっと唇を動かす。天使様に伝えたいことがあったから。
『なんだ人間。帰るのか』
(そうだが、なにか?)
『いやぁ、意外だなって』
(その、邪魔しちゃいけないと思って)
その言葉に答える前に、俺は店の出口をくぐる。秋葉原はテレビで見るのと同じように活気に満ちていて、そして俺の心にはなにか足りないものがあって。
あんなに嬉しそうな声。それはとてもいいことだとは思う。なら、このもやもやしたものの正体はなんだろう。
これは多分、彼女に対するものじゃないと思う。彼女に対するものではないとしたら、誰に向けられたものなのだろう。
「……俺に?」
『いきなりどうした。生牡蠣当たったみたいな顔してさ』
生牡蠣が当たったような表情ってどんな表情だよ。俺はそんなに死にそうな顔をしていたのだろうか。それとも「当たる」の意味の食い違いが起こってしまったのだろうか。
そんなことはどうでもいいんだ。
「いや、恋愛なんてただの自己満足なんじゃないかと思って。だって、花咲さんあそこにいるときすごく幸せそうだったから」
『確かにそうだけど。でもさ』
「そんな自己満足に他者を巻き込んでもいいのかなって、ふと思ってさ」
俺がその幸せな時間を奪っているのではないか。もしくは将来的に奪うことになるのではないか。
『話はちょっと大きくなっちゃうけどね、本当の意味で人に迷惑をかけてない人なんていないのさ。あたしだってお前の家の居候になってるだろ?』
「それは、誰の迷惑にもなってねぇし……」
『それはどうかな?』
下を向きっぱなしの俺。そんな俺の鼻を真っ白な人差し指でつついてくる天使様。その細い指はすうっとおでこの方まで滑っていき、
「イテッ」
コツンという頭蓋骨を叩く音と共に俺から離れていく。
『はぁ。将来の伴侶を見つける行為が悪になるんだったらさぁ、この世に正義なんて見つけられないし人類滅びちゃうよ?』




