19 能動的中二病の俺は乙女の秘密を垣間見る。
「おい天使」
『なんだ人間』
というわけで入口でずっと立っているという新手のストーカーになってしまったわけだが。いや、そこまではいいんだ。本当は良くないけど。
「なんだそのたい焼きは」
で、本当の問題はこっちだ。いつの間にかいなくなってて、そして帰ってきたときにはこれなのである。たい焼きを買い食いする天使なんて見たことがあるだろうか。いや、そんなもの見たくない。
『食べたいのか? ちなみに中身は粒餡ね。栗餡にしようか迷ったんだけどさ、やっぱりたい焼きといえばこれかなって』
「食べていいなら食べるけど。どうやって買ったんだよ、それ」
『行列に並んでレジでお金を払ったら、番号が書かれた札を渡されてさ。ちょーっと待たされたけど、出来たてのたい焼きゲット出来たんだ! すごいでしょー』
ふわふわと立ち上る湯気。こんがりと焼けた生地の香りが鼻の奥をくすぐる。美味しそう。食べたい。そんな感情はどんどん高まっていき、口の中には唾液が溜まっていく。
ごくり。
バレないように飲み込んだものの、天使様にはバレバレだったらしい。
『はいっ、あーん』
「あー……っておい。うっかり食べそうになったじゃあないか。それもさっきまでお前が齧ってた方」
『ちっ、バレたか。ほい、こっちはまだ食べてないし。食べたかったんでしょ、ほら』
天使様はビニール袋からもう一つ同じようなたい焼きを取り出し、俺に渡してくる。彼女の袋の中身を見ると、あと一匹残っていることは確認できた。
「……なんかごめん」
天使様は俺に差し出していたたい焼きを自分の方に戻す。
『むぐっ。もぐもぐ。いいのさ、このくらい。それにお前も知ってるだろ、一人で食べるよりも二人で食べた方が美味しく感じるってこと。まっそれよりも、冷めちゃう前に食べちゃって』
「そ、そだな。じゃあ遠慮なく」
受け取ったスイーツを手に取り。
「あっ、熱っ!」
あまりの熱さに手を離してしまいそう。というか今確実に火傷した気がする。直接たい焼きに触れた指が痛い。
俺は制服の袖の部分を引っ張って、その布越しにスイーツを掴む。……男子高校生の萌え袖|(?)って需要あるのか?
『もう、危ないなぁ。持っててあげるから口開けて』
天使様は俺からたい焼きを取り上げる。
「それさぁ、かなり恥ずかしい奴だぞ? ラブコメとかで見る伝説の『はい、あーん』ってやつじゃん」
『今はあたしとお前にしか見えてないんだから、なにも問題はないじゃんか。だから諦めて口開いて。あーんして』
「いや、その状態でどうやってたい焼き買ったんだよ……」
さっきも聞いた気がするこの質問。天使様は俺にしか見えていないはずの幻覚。ならば行列に並んでレジでお金を払うことは不可能以外のなんでもない。
『それか? まぁ、トップシークレットなのさ。乙女の秘密を軽々しく聞くもんじゃないぜ。……もちろん合法的な手段を使ったけどね。レシートもちゃんとあるし』
「ふぅん、ならいいけど」
レシートがあるならとりあえず大丈夫そうという結論を俺の頭が叩き出す。普通に制服を着ているから、怪しまれることもないだろうし。
ぼんやりと店の出入り口を見ながら片手でスマホをいじる。視界に映るあまり日焼けしてない肌、運動不足だからか女子の手と間違えられたこともあって。もっと男らしくなりたいなと思ってたり思ってなかったり。
『興味なっしんぐかよっ!』
「今から長話してたらたい焼き冷めるだろ」
『あっ、そうもそうか。ほい。まあまあ冷めてきたし、預かってたたい焼き返すから。早く食べちゃわないと花咲ちゃんお店から出てきちゃうぜ? 具体的にはあと三分で』
「……ま?」
『うん』
嘘、だろ。俺はまだ一口もたい焼きを食べていないんだ。ああ、そうか。こうやって考えている間に食べればいいのか。
紙に包まれたたい焼きを少しずらして、尻尾が上になるようにする。甘い餡の味を舌の上に広げる前に、生地のほんのりとした甘さを味わっていく。あとはかりっと焼かれた部分の食感を。
『そんなに急いで食べなくてもたい焼きは逃げないよ? 泳いでくれた方がロマンがあるんだけどね』
「たい……たい焼きじゃなくて」
口の中にたい焼きを押し込みながら、天使様の言葉に答える。こういうのは落ち着いて食べたい。そう思ってはいるものの、現実はそう甘くはない。たい焼きは甘いけれど。
『ほいほい、もちろんわかってますよー。……もっと――――時……、大事にし……れたってい……に』
「何か言ったか?」
消え入るような声。路上のガム程の勢いはなく、それは道路に転がっている空き缶のようで。時が経てば勝手になくなるけれど、忘れるまで気になってしまうような。
『いや、なにも言ってないし。でもまさか、花咲ちゃんの趣味があっち系だったとはねぇ。それもあんな感じにアレをああしちゃうのが好みとか、流石にマニアック過ぎるわぁ』
「アレってどれのことだよ……」
『それを乙女の口から言わせるつもり? 変態なの?』
それの正体は聞かずともなんとなくわかってしまう。花咲さんも俺と同じように思春期なのだ。性癖の一つや二つ持っていたってなにもおかしくはない。
「俺はお前と初めて会った日にお前が言ったこと、一言一句覚えているのだが?」
『はぁ、あくまであたしの口から言わせようって魂胆か。だが残念。下ネタは言っても乙女のシークレットまでは言わない主義なのさ』
「なら別にいいけど」
『退くのかよ、お前。あっ、あと一分くらいで花咲ちゃん出てくるからな。テキトーに隠れとけよ? 見つかったら面倒だし』




