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1 平均的陰キャの俺は一目惚れをする。

「彼女欲しい……」


 放課後の独り言。俺という人間はよっぽど愛に飢えているらしい。それも同年代の異性からの。


 一般的で、普通で、平凡。それが他者から俺への評価らしい。褒められているのか、けなされているのか。それすらも微妙な言葉の群れ。


 そこに一切の悪意が籠められていないのは知っている。それと同時にほんの一握りの好意も籠められていないことも。


 それほどまでに俺、天宮あまみや快斗かいとの人生は無機質で真っ白で、無意味なのだ。俺の代わりなんていくらでもいると思ってしまう程度には。


「まっ、俺に彼女が出来ることなんて未来永劫無さそうだし。諦めて灰色の青春を送りますよと。つーか、独り言ぶつぶつ言ってる時点で俺、相当陰の世界に踏み込んでんじゃね?」


 全く着崩されていない紺色系のブレザーに、第一ボタンまできっちり閉められたワイシャツ。これでは男子高校生というよりも、新卒のサラリーマンのようだ。


 スマートフォンは持っているものの、クラスメイトとLIME交換などしているはずもなく。メッセージなんてメールアプリに来る迷惑メールくらいしかない。つまり見るだけ無駄。


「よしっ、今日も寄り道せずに帰るとするか!」


 表面だけ明るく取り繕って、内面は……まぁ、あれだ。陰キャ特有のネガティブ・スパイラルというやつだ。要は底なしの自虐である。


 彼女が出来ない原因とか、友達が出来ない原因とか、クラスに馴染めない原因とかを自分なりに考えたりして。


 こうやって誰よりも早く帰っているのも、実は彼らの青春を邪魔しないようにという俺なりの配慮だったりする。もちろん嘘だけど。


「ティッシュどうぞー」


「あっ……はい」


 差し出されたものは受け取ってしまう、そんな受動的な陰キャライフ。駅前の商店街はいつものように寂れていて、そして俺の虚ろな青春も変わることなく。


 とりあえずポケットティッシュを制服に押し込む。同じくポケットに入れていた定期券が奥の方に行ってしまったような気がしないでもないが、それは改札前でどうにかすればいいだろう。


 というか、花粉のシーズンが終わったあとのティッシュって一体何に使うというんだ。鼻血を止めるくらいの用途しか無いのだが。


 そんなどうでもいいことを考えながら、交通系ICカードを改札にかざす。遅延は特になし。お知らせは……いつもの『テロ警戒』とか『不審者に注意』の奴か。


 俺はそれを横目にエスカレーターを上っていく。もちろん小動物みたいに左側に張りついて。


 前には誰もいないから歩いてもいいはずなのだが、俺は小心者だから動かない。いや、動けない。


「ねっ、今日タピろうよ!」


「ちょっ、ユイ先輩! 私お財布ピンチですっ」


「お、おう。それでさ、新しい店が出来たってマ?」


 後ろには貴重な高校生活を浪費する女子の群れ。存在感を消して、気配を消して、あの青春を邪魔しないようにしなければ。


 というか今さらタピオカって。カロリーはエグいし、原料は芋だし。確か、芋を乾燥させたりいろいろやって出来た粉を丸めた団子みたいなもの。


 ナタデココやアロエの方が体に良いような気がする。もちろんカロリー的にも。本人達の問題だから、俺みたいなのが邪魔する筋合いなど無いのだけれど。


「電車が来るまであと三分くらい……か。でもこの時間は大体一分くらい遅れるから実質四分から四分半。はぁ、待つか」


 エスカレーターをおりた後、さっと電光掲示板を確認する。下のフロアで確認したものと内容はほとんど同じ。それを確認したらすぐ、さっきのJK達に場所を譲る。いや、譲るという表現はおかしいか。


 もちろん下に戻るわけではなく、空いている方に移動するだけ。乗り換えをスムーズに行う。目的なんてそんな簡単で単純なもの。


 いつも通り、平凡な日常。


 後はその辺のベンチにでも座ってSNSのアプリかソシャゲでも開けばパーフェクトだった。


 でも、今日はそれが出来なかった。


 牡丹の花。


 俺と同年代だと思われる女性が、先にそこを使っていたから。彼女の足元にあるのは、教科書を詰め込んだリュックサック。


 纏っているのは、柄の類いが全くないスカート、飾り気のないセーラー服。


 いや、同年代というか、同じクラスで観たことがあるような気がする。えっと、確か彼女の名前は。


「……は、花咲、さんだよね?」


 確か、彼女の名前は花咲はなさき若葉わかば。クラスの隅っこに咲いてる影の薄い少女。


 どうして話しかけようと思ったのかは俺にもわからない。ただ、運命のような何かを感じたのだ。


「……なんのつもり?」


 ただ、運命の糸は一瞬で切れてしまったようだが。


「い、いや。何でもない。電車、この時間なんだ」


「関係ないでしょ、私の電車の時間なんて」


 そうして、彼女はホームドアの前に並ぶ。俺が乗るやつとは逆方向の電車。


 やっぱり怒らせてしまったのだろうか。知らない男性にいきなり話しかけられたら、誰だってこうなるものなのだろうか。


 そう考えると、彼女の反応は普通のものなのだろう。でも、俺は彼女にまた話しかけたいと思ってしまった。


 彼女は嫌がっているようにしか見えないのに。俺は普通に最低な奴だ。でも恋というものは理屈なんて超越しているとどこかで聞いたことがある。


 つまり、これが俗に言う一目惚れというものなのかもしれない。

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