16 能動的中二病の俺は大罪(笑)を犯すことになる。
『来ちゃいましたっ、電気街っ!』
「そ、そうだな。まさか行き先がここだったとは……」
『いやぁ。資料では読んだことあるけど、マジででかい看板あるじゃんっ! あっちにはいい感じの線路もあるし!』
「見所はそこじゃないだろ……で、花咲さんはどこに行ったんだ?」
『多分なんとかブックスじゃない? そっちの方に歩いていってるし』
「いや、俺には見えないんだが」
『うん。見えたらかなりヤバいよ? だって千里眼使ってるし』
秋葉原でハイテンションな天使に付き合わされてるなう。何が起こったんだと思うかもしれない。というか当事者である俺も、何がどうなってこうなったのかよくわからないのだ。
ああ。うん。あれは花咲さんとのランチを終えて五限が始まった頃だったと思う。天使様があんなことを言ってきたのは。
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『お前はこのままでいいと思っているのか、本当に』
天使様はいつになくシリアスな口調で語りかけてきた。このままでいいのかという問いは、きっと昼休みのアレのことを指しているのだろう。
(ストーカーになるくらいなら、一日一時間も無い時間を大切にしたいと思う)
流石に口から返事を出すわけにはいかないので、ノートの端っこの方にさらっとシャーペンを走らせる。
彼女がこれを見たのがどうかはわからない。ただ、この文面は照れくさいから早く消してしまいたいと思っている。
『真面目だなぁ。あたしだったら迷わずいくけどね。それに、チャンスってのはホイホイ訪れるものじゃ無いからさ。やれる時にやっておかないと、いつあたしの首が飛ぶかわかったものじゃないもん』
どんな世界線にいたらそんな結論が出るんだよと言いたくなったが止めておいた。
どこかで読んだことがある話なのだが、彼女らの創造主とされている神は、少なくとも悪魔の二十万倍の人を殺しているらしい。
いや、普通に人格破綻してるんじゃね?
『うん、お偉いさんの性格はそんな感じで合ってるよ? お前と正反対で、極端なレベルの効率主義者だから。一神教あるあるなんだよねー、これ』
若干呆れという感情が入る言い方。サリエルはどれだけ苦労して大天使の座に留まり続けたのだろう。
ストイックな上司を持つと苦労するんだなと思いつつ、彼女の話を聞く。授業中だから怪しまれてしまうだろうという考えも、今の俺からは消え去っていた。
『あの人格破綻者を見習えとは言わないが、このままだらだらと青春を浪費するのはいかがなものかと思うよ?』
(勝手に人の心を読むなし。で、このままでいるってのはあれか? 朝と昼休みしか話せないこの状況のことを言っているのか?)
『そうさ。むしろそれ以外の何があるんだい? 何もないよね』
(そうだけどさ……犯罪に手を染めてまでやることじゃ)
『わかってないねぇ。お前はなぁんにもわかっちゃいない。女の生態を調べるのは男のロマンだろ? 要は花咲ちゃんに迷惑をかけなければ良いのさ』
そんなロマンがあってたまるか。ストーカー規制法は幻想ではなく現実に存在している法律なのだ。ロマンよりも法律を優先すべきなのは自明である。
「おい天宮、ちゃんと聞いてんのか? とりあえずこの問題答えろー」
今一番優先すべきはそのどれでもなく、学校の授業なのだけれど。というか、聞いているはずがない。だからといって答えられないわけではないが。
「は……はい。えっと、与式イコール……」
『2nの2乗プラス5nだ。こんなの楽勝じゃないか。どうしたんだ? 調子でも悪いのか?』
「2nの2乗プラス5n」
「よろしい。座って良いぞ」
筋肉の類いがそこまでついていない胸板をそっと撫で下ろす俺。立っている時にいろんな人の視線を感じたのは多分気のせいではないと思う。
『お前最近弛んでるぞ?』
(うっさい。お前が言うのか、それを。俺の心とかを容赦なくかき乱しておいて)
妙な目線が消えたのを確認してから、ノートの隅っこに文字を綴っていく。軽めの暴言、ボクシングではジャブと呼ばれるような牽制の一打。
『あー、うん。あたしお仕事ちゃんとしてるし? お前を立派なリア充に育てるのはちゃんとしたお仕事ですしおすし。サボってませんし? 勝手に家にあったルイズのチョコとか食べてませんし?』
どうやら効果は抜群だったらしい。
堕天使様は下手くそな口笛を吹く。これは、多分アレだ。本当はもっとサポート出来るけど、そうしたら面白くないからやらない人の言い分だ。うん。そう思いたい。
(なら簀巻きでいいか? もちろんチョコの分な)
簀巻きの簀を電子辞書で調べながら書いていく。
『あたしの恋愛サポートに対してはなにもないの?』
(こういうのは自分の力でやってこそだろ? お前のサポートだけに頼ってたら……)
『頼ってたら?』
(いや、なんでもない)
『むぅ、教えてくれたっていいじゃんか!』
書けるはずがない。天使様が俺の目に映らなくなった後のことなんて。こいつは俺が産み出した幻想だから、俺が見ることを否定したらそのままいなくなってしまうかもしれない。
こいつのお陰で前に進むことが出来たんだ。
恩を仇で返す真似はしたくないと思っている。ただ、犯罪に荷担することは出来ないけれども。