12 壊滅的凡人の俺はチャンスを手にしようとする。
「なんで俺、気付けなかったんだろ」
さっきの言葉。殺気とは違う、だけれども相手を陥れる人が発しているような空気。あの人達は、楽しんでいた。誰かを、花咲さんを貶めることを楽しんでいるように見えた。
「見えてるようでなにも見てなかったんだな。この一ヶ月」
衝動的というか感情的になって、男子便所の個室に駆け込んでしまった。なんで便所でこんな話をしているのか。それは俺にもよく分からない。
『お前は全く悪くない』
ヘビーでビターな、青春とは程遠い雰囲気。俺は、あんなことがあったって気付かなかった。
「でも、何も見ようとしてなかった。近くであんなことが起こってたのに」
『人間の脳はさ、聞きたくない言葉とか知りたくないことを自動的にシャットアウトする機能を持っているのさ。この意味がちゃんとわかるか?』
シャットアウト。つまり、閉め出すということ。
「俺は都合の悪い情報を聞かないようにしていたのか」
『ぴんぽーん。そゆこと。まぁ、それは自分自身の心と身体を守るためのシステムみたいなものだからねぇ。大体のことは自己完結させられるお前のことだし、休み時間中は完全に外側の情報を閉め出してたんじゃないかな』
「じゃあ……」
彼女は。花咲若葉という人間は、俺と何が違っていたというんだ。彼女が出しているオーラというか雰囲気というか。そういうのは俺とそこまで変わらないはず。
『花咲ちゃんは運が悪かった。それだけだよ。たまたま目を付けられて、あれのお眼鏡に叶っちゃったーってわけ』
そう。ただちょっと運が悪かっただけ。気まぐれすぎる神様が、たまたまその時に味方してくれなかっただけ。
「そんなのって、無いだろ……」
『そうだ。こんなこと、普通はあってはならないよ。でも、仕方ない部分もある。人間という種の特性ってやつだからな』
機械的に淡々と話そうとする彼女。時折聞こえてくる歯ぎしり。明るく振る舞おうとはしているのだろう。だが完全に失敗している。
この話を続けてはならない。そう俺の中の俺が大きな声で言っている。だから、少し話題を転換することにした。
「……サリエル、頼みがある。今、花咲さんがどこにいるのか教えてくれないか?」
完全なるストーカー発言。でもそのくらいしないとこの暗い、ドロドロとした空気は吹き飛ばせそうにないのである。
『はぁ。あたしのことを名前で呼ぶってことは、ガチであれみたいだねぇ。でもごめん。乙女の秘密は教えられないわけ。あたしならともかく、他の子のやつは』
まぁ、そうだよな。知っていたとしても、言えないことってあるよな。
『……はぁ、仕方ない。ヒントくらいはあげるさ。ヒントその一、そこはそんなに明るくないかもね』
「……とにかく無事、なんだよな?」
『はぁ、ヒントその二。誰も手出しが出来ないような所にいる。やらかしたらすぐに先生が飛んでくる場所、かな。それでえっと……今は弁当食べながらスマホしてるね』
それを知れただけ良かった。誰も手を出せないという部分が気になったがそれはそれ。弁当をちゃんと食べているというのを聞いて少しほっとしていたり。
『ヒントその三。お前が押しかけたら通報される場所だな。当然この校舎の中でだ。それを知ってお前はどうするわけ?』
「それは……」
『正義のヒーロー気取りで助けに行くつもりか? 普通に警察のご厄介になるよ』
その選択肢は俺の中にもともと無かったし、これから生まれることもない。だから自分の意思でこう言う。
「無理だ」
『だろうね。知ってた。むしろ助けに行きたいって言われたらどうしようかと思ったよ。じゃあ、これから君はどうするつもり……いや。どうしたいんだい?』
特別なことなんて出来っこない。だって俺はどう足掻いたところで主人公にはなれないのだから。
「……毎日挨拶を続ける。俺が無害な奴って知ってもらうために、毎日欠かさずにだ」
だったら当たり前のことで彼女に手を差し伸べたい。そう思うのはやっぱり傲慢でしかないのだろうか。自己満足以外のなんでもないのだろうか。
『ふふっ。そりゃいいや。やっぱりそういうのがお前らしいと思う。じゃっ、とりあえずそういう方向で行くとするか。とにかく頑張れよな!』
「完全に他人事だと思ってるじゃん。人のことだけどさ」
『そだねー。で、お前まだ昼飯食べてないんじゃないの?』
陰気な話題は懲り懲りであったが、こっちはこっちでパスしてしまいたい気分だ。具体例にはシチュエーション的な問題で。
「今から飯って……。便所でする話か、それ」
『三大欲求の三分の二を一ヶ所で済ませられるとか、お得な感じがしない? 頑張ればここで睡眠も取れるし。パーフェクトじゃん』
「アホか。マジで阿呆なのかお前は。入れながら出すとかちょっとありえないんだが?」
それにここ、ちょっと臭いし。折角の飯から尿素の匂いがしてくるのは嫌だ。それに俺はそこまで切羽詰まってはいない。
『脱がなければいいんだよ。それなら問題ないわけ』
「馬鹿か。馬鹿なのか。それとも大馬鹿なのか」
『酷くない? それ言ったらさ、お前も十分馬鹿で幼稚だろ?』
この天使様、流石に酷すぎませんか。俺、彼女いない歴イコール年齢……じゃなくて、年齢イコール十六なんですけど。
そしてあと少しで十七になるんですけど。数年も経たない内にお酒も飲めるようになるわけだが、どうしてそう思われたのだろう。
「……なんでだよ」
『なんでだろうな?』
「精神的な問題なのか?」
『それは秘密さ。でもあたしの年齢からすれば、一も十もそんなに変わらんからねー』