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10 絶望的非リアの俺は足踏みをする。

「ふうっ、こんなもんか」


 自分の座席に座って、なんとなく教科書を開く。授業開始まであと二十分弱。他の生徒は部活なのかそれとも遅刻なのか。いや、二十分もあれば全員揃うか。


『真面目じゃのー』


「なんだその語尾は。あと……手伝ってくれてありがと」


『それくらいならいつでもやるけど。でさ、なに読んでるの?』


「現国の教科書。古典とか漢文だと、さらーっと読めないし」


 暇潰しにはもってこいのアイテム。単純に眺めるもよし、枕にして仮眠をとるもよし、うちわ代わりに扇いでみるのもよしという優れものだ。


 うち二つが教科書以外の用途だろ……だなんて思っていても絶対に言ってはいけない。


『ふぅん。でさ、令和の教科書でも舞姫やるん?』


 彼女は興味あるのかないのか微妙な反応を見せる。いや、興味ないなら素直にないと言ってくれ。俺が困る……じゃなくて。


 舞姫舞姫ーっと、あれか。タイトルだけは聞いたことがある。もちろん読んだことは一度もないけれど。


「それは三年になってから……のはず。多分。まだやってないし」


『ふぅん』


 間が持たない。気まずい。話題がない。


 どうしよう、どうすればいい。むしろ、どうしたい。思考回路は今日もパンクしてしまいそう。そろそろ誰かメンテナンスしてくれないだろうか――じゃなくて。


「あー、えっと……」


『別に話題が見つからないなら無理に話そうとしなくてもいいんじゃないの?』


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 窓の縁に座って、外を眺める金髪の天使様。そしてそんな彼女を見ている俺。この側面だけ見ていると女神かなにかだと思ってしまうが、中身はただの変態。


 俺の青春に未知の変数を突っ込んでくるやつ。たとえ彼女が俺の産み出した幻想であったとしても、


『およっ、めっちゃ人来てる』


 っと、いきなり現実に引き戻されるとは思ってなかった。現在時刻は八時十五分くらい。授業開始まで残り十五分といったところか。


「……ちょまっ、準備もなにも出来てないんだがっ!?」


『クラスメイトが教室に入ってくるだけなのに準備とか必要なわけ? これで入ってきたのが男子だったら目も当てられないやつなんですけど』


 それもそうか……。いや、そもそもまともに話したことあるクラスメイトなんてほとんどいないし。


『とりあえず確認しに行ってやる。じゃっ、三十秒くらい待っててなー』


「はっ? え、ちょっ、心の準備が……。まっ俺を一人にしないで」


 言ってから気付いた。この台詞、かなりキモい。高校二年にもなって一人はやだ……って。俺、これでも一応ボッチ耐性はあるはずなんだけどな。


『はぁ。全く仕方ないなぁ。千里眼的なあれで見てあげる』


「……」


『……マジか。ドンピシャなんですけど。お前、これまでどれだけ善行積んできたのさ』


 ドンピシャって先生……じゃなくて、まっまさか。


『そこの階段を登ってきてるのは、昨日聞いた特徴に合致する子だぜ』


「嘘、だろ……?」


『いや、普通にマジだよ。あたしは面白くない嘘はつかない主義だし』


 この反応からして、どうやらマジらしい。花咲さんが来る。そう考えるだけで交感神経の働きが活発になっていく。耳に届くほどの鼓動、締め付けられる胃腸。


「えっ、ちょっ、どうすればいい? ネクタイ曲がってないよな? 社会の窓閉まってるよな?」


『ちゃんとネクタイはまっすぐだし、チャックは朝確認したでしょ。流石にテンパりすぎ。リラックスリラックス』


 吸って、吐いて。胸に手を当てて、拍動のリズムを感じて。そして気付く。


「……俺、なんて言えば良い?」


 これまで俺には、まともに挨拶する相手が一人もいなかったことに。普通におはようで良いのだろうか。いや、それとも雑談から入った方が良いのだろうか。


『やっぱり定番はI love youでしょ。この時間には月、出てないし』


「なっ……!?」


『もちろん今のは天使ジョーク。こんなことになると思ってたから、台本用意しておいたぜ。ふふーん』




「お……おはよう、花咲さん」


 ちょっとたどたどしくなってしまったが、挨拶は出来た。


「おはよう、ございます……。で、私に何か用ですか?」


 そして返答も来た。これはいけるかもしれない。そう思ったのが間違いだった。俺をサポートしている堕天使の性格をもっと考えるべきだった。


『君に愛を囁きに来たんだ。I love you、俺のつがいになってくれないか? でしょ?』


「い……いや。なんでもない」


 いきなり告白させようとするとか、ちょっと信じられない。そして意味が分からない。なんだこと台本は。言葉の意味はわかっても、意図が全く理解出来ない。


「……お願いだから、用がないなら話しかけないで」


 俺に出来たのは、席につく彼女の背中を見送ることだけ。荷物を置いてスマホをいじる彼女を見送るだけであった。


『はぁ。撃沈だなぁ。とりあえずここで話すのもあれだし、一緒にお花でも摘みに行こっか』


 天使様は俺の背中をグイグイと押していく。彼女の瞳に浮かんでいた恐怖にも近い色。あれはなんだったのだろうか。やっぱり、見間違いだったのか。


 見間違いであってほしいと思いつつ、俺は教室をあとにする。廊下を全速力で走って、そして誰もいない、男子だけが入れるお花畑に駆け込む。


「……で、なんでお前は男子トイレの、それも個室に入ってきたんだ。俺が用を足し始めたらどうするつもりだったんだ」


『どうもしないけど? 遠慮なくというか、あたしのことは気にせずどぞー』


 そうだった。天使と人間の価値観は似ているようで少し違うのだった。こいつが特殊なだけかもしれないけど。


 ズボンを下ろさずに洋式のやつに座り、男子トイレの変態と話をする。女子トイレなら花子さんとかいるからわかるんだけど。いや、それだと俺が入れないか。


「で、これから俺はどうすればいい」


『うーん、毎日コツコツ続けていったらいつか報われる時が来るよ。とりあえず今日弁当に誘ったらどう?』


 弁当か。ラブコメの王道である「はい、あーん」が出来る唯一のチャンス。そういえば花咲さんが誰かと昼食を楽しんでいるという記憶はどこにもない。


 それ以前に俺は。


「……購買でパン買う予定なんだが、これはどうすれば? 俺、弁当持ってねーんだが」


『二人で買いに行けばいいじゃんか。もしくは休み時間の間に走れ。そのくらい出来るだろ? というかやれ』


 やれと言われて出来たら苦労しない……と思う。


『またあたしがサポートするさ。今度はひどいようにはしないし。そんじゃ、怪しまれない内に教室に戻ろっか。それとも今から昼食買いに行くかい? 今ならまだ教室に花咲ちゃんしかいないぜ』


 なら、いける……だろうか。


 というかなんで俺達は便所で飯の話をしているんだ。それもブツブツと。


「ほいほい、行けば良いんですよね行けば。……あとこれ、何もしてないけど流した方が良いのか?」


『どっちでも良くない? あたしだったら流すけど』

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