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006 ハインライン侯爵

その日、アベルの執務室には、極めて珍しい光景が広がっていた。


眉間にしわを寄せて、非常に苦しそうな表情で考え込む二人の男。

水属性の魔法使い、涼。

そして、部屋の主である剣士、アベル。


ソファーに座る二人の間には、チェスが置かれていた。



言うまでもないことであるが、普段、アベルは書類へのサインに追われている。


今も、追われていないわけではない。

デスクの上には、決済待ちの書類がある。

だが、いつもよりは少ないようだ。

誰かに押し付けたのであろうか……。



涼が起死回生の一手を指そうとしたその時。


「おそれながら……」

ノックの後に入ってきて、そう声をかけたのは、侍従長であった。

そして、彼は決定的な一言を放った。


「ハインライン侯爵がお見えです」

「な、なに!」


焦って声を上げたのはアベル。


だが、さすがはA級冒険者、その後の行動は早かった。

すぐにいつもの執務デスクに戻り、決裁書類を見始める。


だが、その行動についていけなかった涼。

「え、あの……」

とか言いながら、手に持ったルークはそのままに、体は動けていない。



そして……。


「失礼します」

入ってきたハインライン侯はデスクのアベルを見る。

そして、その目は、チェス盤とその前に一人たたずむ涼に止まった。


特に何も言わない。


「こ、これは、僕一人でミレニアム囲いの研究をしていまして……」

もちろん涼の、口から出まかせだ。

そもそも、チェスに『ミレニアム囲い』があるのかどうかなど知らない……。



無言のままのハインライン侯。

言葉を紡ぐ涼。


「決して、アベルがさぼっていたわけではなくて、僕一人の行動でして。VSではなくて、一人で棋譜並べをしていただけです」

涼の言葉に、ハインライン侯は無言のまま。

表情も、入ってきた時と全く変わらない。


「……すいません、噓をつきました。アベルと対局していました。でも、アベルに罪はないのです」

涼の告白。


それを聞いて小さくため息をつくアベル。


その小さなため息の音で我にかえる涼。


「ハッ、しまった……。アベル、ハインライン侯の取り調べにまんまとのってしまい、すべてを話してしまいました……申し訳ないです。これも全て、僕の経験の少なさが原因……」

「いや、ハインライン侯は、一言もしゃべってないだろうが……」

アベルは呆れて、再びため息をつく。



そして、ついにハインライン侯が口を開いた。

「いえ……こんを詰めすぎていいことなど何もありません。適度な休息をとるのは大切なことかと」

王国を代表する大貴族の一人であるハインライン侯爵は、南部の名君の一人として知られている。


そもそも、そんな風に話す表情も柔らかく、優しい。

そこだけ見れば、かつて王国騎士団長として鬼と呼ばれ、さらに王国だけでなく中央諸国の中でも最も諜報活動に秀でた領主であるとは、誰も思わないであろう。


そんな有能な人物であればこそ、オンとオフの切り替えの大切さを知っているのかも。

涼はそう思いながらハインライン侯とアベルを見比べた。


(どう見ても、ハインライン侯の方が上司……)


「おい、リョウ。すごく失礼なことを考えているだろう!」

「そ、その鋭さは認めざるを得ません」

アベルの指摘に、その鋭さは評価する涼。


もっとも、涼の表情と行動を見れば、誰にでもわかるほど、あからさまなのであったが……。


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