018 復讐もの
「世界中のあらゆる教養を身に付け、数多の言語を操り、剣の腕は最強で、銃の扱いにも長け、医学薬学の知識は当代一、誰も知らない毒物を扱い、傍らにはアリ・パシャの娘を侍らせ、その資産は国を買うことすらできるほど巨大。それらを駆使して、自分を陥れた男たちに復讐していく……」
涼はそう呟くと、一人うんうんと頷いている。
まるでどこかの、なろう系主人公のような設定だが、もちろん違う。
地球において、1844年から1846年にかけて連載・刊行された、『モンテ・クリスト伯』……日本名、『巌窟王』の主人公モンテ・クリスト伯のスペックだ。
作者は、アレクサンドル・デュマ。
『三銃士』を第一部とする『ダルタニャン物語』の作者としても知られている。
「復讐ものと言えば、モンテ・クリスト伯の右に出るものはありません!」
「リョウは、誰かに復讐したいのか?」
涼の不穏なセリフに、書類から目を上げ、問いかけるアベル。
「大丈夫です。今のところ、アベルに復讐するつもりはないですよ?」
「お、おう……。俺、リョウにはすごく良くしてやっているつもりなんだが……」
「それを決めるのは僕です」
「とりあえず、ケーキとコーヒーを食してはどうだ?」
「さすがはアベルです! 人は、飢えていると攻撃的になりますからね。お腹いっぱいな人は、とても穏やかになりますもんね」
なぜか復讐もののお話から、ケーキとコーヒーに繋がるあたり……この二人は幸せな世界に生きているのだ。
……多分。
「アベル、僕の事はケーキで懐柔できましたけど、国民全体はそんなに簡単ではありませんよ」
「ん? どういうことだ?」
「アベルのような、国のかじ取りをしている人たちが手を抜けば、国民は怒りに任せてアベルたちを倒そうとするという事です。革命だ~! って言いながら」
「お、おう……」
「ん? そういえば、アベルは、『革命』って言葉は知っているんですか?」
「馬鹿にするな。それくらいは知っている。暴力など、正当な方法によらずに権力を握るんだろ?」
「微妙に違いますが……まあだいたい合っていますかね。もしかして、昔、そんな風に権力を握った人がいます?」
「王国ではないが……帝国であったな。自由テイセイとかいうのを、昔習った記憶があるが……はっきりとは覚えていない」
「自由帝政……。帝国もいろいろ大変なんですね~」
物騒な話をしながら、涼の表情はとても平和的で喜びに満ちていた。
全ては、ケーキと呼ばれる食料のおかげである。
ケーキを食べ終え、コーヒーを飲みながら、涼は言った。
「まあ、革命は民衆の権利とはいえ……彼らは理解していないのです。革命を起こせば、すぐにより良い世界になると勝手に思い込んでいるのです」
「うん?」
「革命に成功したとしても、最低でも、その後十年間は、酷い暮らしになります。当たり前です。整備されていた統治機構を一度めちゃくちゃに壊すんですから。新たな権力闘争が、政治の上の方だけではなく、その辺の役所レベルでまで起きるんです。十年間はまともな生活などできません」
「まあ、そうだろうな……」
涼の説明は、現在、役所側となっているアベルには、理解しやすいようだ。
「革命後、まともな生活になるのは、最低でも二十年はかかるものです。しかもそれは、最低でもです。周辺国家がちょっかいを出してくれば、それでは終わりません」
「隣国は常に弱い状態でいて欲しい……」
「その通りです! アベルもマキャベリズムを理解していますね!」
「マキャベなんとかは知らんが……隣国が強くなっていいことなど何もないだろう? とはいえ、混乱しすぎていると難民がやってくる……」
「そう! その通りです! だから、難民が発生しない程度には安定してもらうために、国の回復を支援するのです。しかし、回復しすぎで強くなりすぎて、こちら側に脅威になるほどでは困る。極振りはロマンですが、現実世界ではバランス型こそ最強なのです!」
「きょくふ……なんとかはよく分からんが、バランスは大切だな、確かに」
涼とアベルは同時にため息をついた。
別に、権力側でもない涼までため息をつく理由は不明だが……いちおう、国のお偉いさんになろうかという友人アベルの苦労を慮って、なのであろう。
……多分。
「まあ、アベル。まずは、身近なところから平和を目指していくのが大切だと思うのです」
「なんだ?」
「革命と復讐を防ぐために、もう一個……」
「ケーキは一日一個までだ!」
「くっ……。復讐するは我にあり!」
結局、晩御飯に、ハンバーグカレーを食べることによって、平和は保たれたのであった。
この018で、『涼とアベルの午後の会話 ~水属性の魔法使い外伝~』は完結となります!
今まで、お読みいただきありがとうございました。
2021年4月1日より、本編『水属性の魔法使い』の投稿が再開されます。
そちらをお読みいただけると嬉しいです。
さらにさらに、2021年3月10日には、『水属性の魔法使い』の第一巻
『水属性の魔法使い 第一部 中央諸国編1』
が発売されます。
Web版を読んだ方も、そしてWeb版第二部を読もうとされる方々も、この書籍版を読むと、
さらに楽しく、面白く読めるはず……な仕掛けが入れ込んであります。
……多分。
表紙絵もいい感じですが、筆者は七枚ある挿絵もちょ~気に入っております。
どちらもノキト先生の絵ですが、いいですよ! すごくいいですよ!
ぜひ、皆さんにも見て欲しいです!
これから、書籍版のお仕事をした後、本編Web版第二部の準備を進めます。
4月1日に、そちら、本編でお会いしましょう!
ありがとうございました。