002 閃きを得るには
つい……投稿してしまいました……。
一週間に一回投稿と決めていたのに……。
数週間後に、自分の首を絞めることにならないか心配です。
ちなみに、次話「003」は、13日(金)21時に投稿します。
その日、アベルのペンは止まっていた。
これは非常に珍しいことと言える。
アベルは、いつも、何事か考えたり、うんうんうなりながらも、サインをしたりページをめくる手を止めることはない。
それなのに、涼が部屋に入ってからずっと、止まったままなのだ。
表情を見ると、何かを考えているらしい。
「仕方がありません。今回は、ケーキ付コーヒーセット一回分で、アベルの悩みを解いてあげましょう」
「いや、リョウに頼む気はないんだが?」
「なんたる言い草! アベルの器の大きさが知れるというものです」
「うん、カフェでもないのにケーキとコーヒーを要求するリョウに言われたくない」
「カフェじゃないからこそでしょう。カフェだったら、お金を払わないといけないじゃないですか!」
「お、おう……」
仕方がないので、涼はアベルのデスクにまで行って、アベルが悩んでいる書類を覗き込む。
だが、ちょっと意味が分からない内容であった。
『闘技』がどうとか……その習得カリキュラムがどうとか。魔法使いの涼には門外漢な内容。
だが、このままではケーキ付コーヒーセットが手に入らない。
要は、涼が解けなくとも、アベルが、問題を解決する方法を閃けばいいのだ。
「アベル、人がアイデアを閃きやすい状況、あるいは方法というのを知っていますか?」
「うん? いや知らんが……。どうせいつもの、適当知識だろ?」
「失敬な! これは本当のまともな知識です」
涼はそう言うと、言葉を続ける。
「僕の故郷に、一千年前から伝わる知識です。三上、すなわち、馬上、枕上、厠上にある時に、人はアイデアを閃きやすいのです」
「ほぉ~」
涼の言葉に、今回は本当の事らしいと、アベルは耳を傾けた。
「馬上というのは、そのまま、馬に乗っている時。移動している時ですね。それと、移動した先、いつもと違う環境に身を置いた場合も含まれます。次に枕上は、眠る時、あるいは眠っている時ですね。最後の厠上は、お手洗いの時です。これらの時に、アイデアが浮かびやすいのですよ」
涼が引用した『三上』というのは、中国の欧陽脩の『三上』である。
欧陽脩は、西暦千年頃の中国宋の詩人であり政治家であり歴史学者。
詩人としては、韓愈や王安石と並ぶ唐宋八大家の一人であり、中国史上でも最高の作家のひとりと言えよう。
その上で、政治家として進士及第、つまりキャリア官僚のトップとして科挙に合格している。
ちなみに、欧陽脩は、唐宋八大家の一人として、高校世界史で絶対に覚えなければならない人物の一人。
ちゃんと漢字で書けるようにしておきましょう。人名は漢字で。
さて、そんな欧陽脩の『三上』は、一千年もの歴史の検証に耐えたものと言える。
例えば、かつてのアーティストなどは、よく、「ロスのスタジオでレコーディングしてきました」などと言っていたが……要はそれが、『馬上』なのだ。
いつもと違う環境に身を置くことによって、いいアイデアが閃く……。そのアーティストたちが、欧陽脩の三上を知っていたかどうかは知らないが。
あるいは、かつての文豪などは、よく、「箱根の温泉旅館に籠って○○を書き上げた」などと言われたが……つまりそれも、『馬上』なのだ。
さすがに文豪と呼ばれた人たちなので、教養として欧陽脩の三上は知っていたであろう。
今現在、それら宿泊費を、経費として落とせるかどうかは不明であるが……。
「だがリョウ、俺は旅に出る余裕はないし、まだ寝るわけにもいかんし、トイレで何かを閃いた記憶も無いぞ」
「否定から入るアベル……閃かない人の典型ですね!」
「なぜか怒られた……」
実際、アベルは忙しい身だ。
さらに、セキュリティの問題から、馬を駆って野駆けというわけにもいかない。
「しかたありません。アベルにはとっておきの方法を教えてあげましょう」
「ほぉ~、まだ他にあるのか?」
欧陽脩の『三上』は上記三つだけしかない。
だが、この『三上』の状態というのを、脳波で考えると、『シータ波』が出ている状態と捉えることができる。
そして、三上以外にシータ波が出やすい状態……有名な状態がある。
「アベル、ゆっくりとお風呂に入ることをお勧めします。湯船につかっていると、いいアイデアが閃きますよ」
そう、入浴時にはシータ波が出やすい。
そして、いいアイデアが閃きやすい。
ちなみに涼は、湯船につかっている時よりも、体を洗っている時の方が閃きやすい。
この後、入浴時にいいアイデアを閃いたアベルは、みかえりとして、涼にケーキ付コーヒーセットを提供した。
水属性の魔法使いが、嬉しそうにケーキ付コーヒーセットを食したのは言うまでもない……。
たまには(?)涼も、アベルの役に立っているんだ、というのを書いてみた小話です。