015 かっこいい言葉
「やはり、かっこいいですね」
涼が、ぼんやりと外を見ながら、何事か呟いている。
「無限降下法、有限要素法、最終定理、弾性限界、減衰調和振動子の一様漸近安定性、確率漸化式、微細構造定数、中心極限定理、パウリの排他律……」
アベルの耳にも聞こえてきたが、ただの一つも聞いたことがないために、完全にスルーしていた。
「ですが、そんな中でも最たるものは、やはり……」
ここで、一度涼は言葉を切って、呼吸を整えて言った。
「一般性を失わない、でしょう!」
涼は、何か満足している。
「……」
アベルは、一度涼を見たが、無言のまま、再び手元の書類に目を落とした。
「アベルに無視されました……」
呟いたと言うには大きな声で、涼は言う。
「いや……まったく、本当に、今回は、まったく、分からない言葉だらけだったから、何も言えなかっただけだが?」
「国のお偉いさんになろうという人が、数学や物理学の素養がないのは、まずいと思うんですよね」
「すう……がく? ぶつり……がく?」
「あれ? アベルは、小さい頃、読み書き計算は、習わなかったです?」
「いや、習ったが……」
「その、計算の、少し応用編ですよ」
アベルは首を傾げている。
その気持ちはよくわかる。
『計算』と、たとえば『無限降下法』の間には、かなりの開きが……と思いましたが、たいして違いはありませんでした……。
「アベルも、もっと勉強した方がいいですよ」
右手の人差し指を一本立てて、左右に振りながら、チッチッチッ、とかやっている涼。
なぜか、偉そうだ。
「そんなのを知って……どうなるんだ?」
アベルは首を傾げながら問いかけた。
それを聞いて、わざとらしく、盛大にため息をつく涼。
「そう、時々いるんですよね。数学なんて実生活じゃ何の役にも立たないじゃないか、とか言う人!」
「……」
「そうじゃない、そうじゃないんですよ! 知っていれば、こういう時に、どや顔で言うことができるんです!」
「……」
「もう、それだけでかっこいいじゃないですか? ああ、そうだ、かっこいいのをもう一つ忘れていました! 最後のとどめとして、グランドカノニカルアンサンブル!とか言って、大魔法を放てば、もうそれだけで吟遊詩人に歌われますよ!」
「グランドカノニカルアンサンブル……?」
「ええ。素晴らしい響きでしょう? 『一般性を失わない』と方向性が真逆ですが、どちらもちょ~かっこいいじゃないですか! こういうのを、言えるようになるんです! 数学も物理学も、学んだ方がいいと思いません?」
涼はニコニコと上機嫌でそんな説明をした。
あの涼が、ケーキとコーヒーを食べている以外でも、笑顔になれるのだ。
それだけでも、数学も物理学も、偉大な学問であるに違いない……。
某大学物理・数学系Youtuberが言っていました。
「一般性を失わない」……カッコいい言葉です!
もちろん、数学、物理学以外でもカッコいい言葉はいっぱいありますよね。
ずっと疑問に思っているのが、医学の『血液脳関門』
日本語だとそれほどでもないのですが、これは英語だと、
『Blood-Brain Barrier』略して、『BBB』と使われています。
命名者は、絶対中二的な響きを意識したと思うんです!(失礼