014 妥協点
「僕は、とても真面目ですからね」
「……うん?」
「僕は、とても真面目ですからね!」
「……うん?」
「僕は」
「いや、そこは否定しないが……俺に何を求めているのかがわからん」
ここはいつもの、アベルの執務室。
書類仕事をしているアベルを前にして、涼が主張している。
「真面目な人には、ご褒美があってしかるべきだと思うんです」
「リョウは……館で三食食べて、時々ケーキとコーヒーも食べているだろ。それはご褒美じゃないのか?」
「それは必要経費です。そして、ご褒美も、必要経費です」
「ご褒美は、必要経費じゃないだろう?」
力説する涼に、否定するアベル。
「じゃないじゃないじゃないじゃない、アベルは否定ばかりですね! そんなことでは、部下は育ちませんよ。上司としては、褒めることによって部下は育つのだということを、きちんと認識してください」
「お、おぅ……」
「知っていますか、アベル。経費を削れば、部下たちのモチベーションは下がります。でも、経費が増えすぎれば、組織は破綻します。トップに求められるのは、その二つのバランスをとるということです。どちらかに偏り過ぎてはいけません」
「それはわかるが……なぜ、今、俺にそれを言う?」
「そろそろ夕飯の時間が迫ってきました。ご褒美として、夕飯にケーキをつけるという経費の使い方によって、部下のモチベーションは上がるに違いありません!」
「却下だ」
「なぜ!」
アベルの間髪容れない却下に対し、抗議の声を上げる涼。
「リョウ、今日の三時のおやつにケーキを食べただろう?」
「なぜ知っている……」
ケーキは一日一個までだ。
「仕方ありません。今日のデザートはケーキじゃなくて、果物でいいです」
「まあ、果物ならいいだろう。料理長に伝えておこう」
夕飯のデザートは果物。
それが、涼とアベルの妥協点。
社会とは、常に、主張のせめぎあいの場だ。
一方の意見だけが満額通るということはめったにない。
であるならば、妥協点を探る必要性が出てくる。
「アベル、デザートは果物で妥協するので、夕飯そのものは、カレーとハンバーグ、両方にしましょう!」
「いや、それはダメだろ……」
妥協点以外の部分での交渉は、いつでもありうる……ゆめゆめ油断してはならない……。