013 傾城傾国
「アベル、隠していることがあるなら、今この場で、自分から言った方がいいですよ?」
「やぶからぼうになんだ?」
いつものアベルの執務室。
アベルは執務机で書類仕事をしているが、その机の前に、涼が仁王立ちになって、言葉を放った。
アベルは、何のことかわからないため、眉をひそめている。
涼は、左手を腰に、右手の人差し指をビシッとアベルに伸ばして言い放つ。
「カレーだけでは飽き足らず、料理長さんに、ハンバーグもメニューに入れろと要求したでしょう!」
絶対に言い逃れなど許さないという信念の下、涼はアベルから目を逸らさない。
「ああ、言ったぞ」
アベルは、小さくため息をついて、そう答えた。
そして、また書類作業に戻る。
「いや、言ったぞ、じゃなくて……。どうして、そのことを僕には黙っていたんですか!」
「むしろ、なぜリョウに言う必要があるのかがわからんのだが」
「さっき食堂に行ったら、料理長さんがハンバーグを作っているのが見えたんです! メニューにはまだ書いてないし、僕はものすごくびっくりしました。聞けば、五日前から作っているというじゃないですか、しかもアベルの提案とか! ひどいです!」
「まあ、確かに俺の提案だが……。何がひどいのかが全く分からん」
「五日前に言ってくれれば、五日前から僕はハンバーグを食べることができたんですよ? その貴重な機会を奪われたのです! ひどいじゃないですか!」
「……ハンバーグを食べると、代わりに、カァリーとかは食べられなくなるぞ?」
アベルは、カレーとは言わず、カァリーとやけに綺麗な発音で言う。
もちろん、いわゆるカレーライスのことだ。
「は、ハンバーグとカレーは、別腹です」
「そんなわけあるか……」
涼のおデブさんな発言に、呆れるアベル。
そこで、アベルはふと思い至った。
現在の時刻は午後四時……。
「リョウ、『さっき食堂に行ったら』って言ったと思うが……まさか、その時にハンバーグを食べたりはしてないよな?」
二人は、三時にケーキを食べた。
その前、十二時にはカレーを食べた。
まさか……。
「は、ハンバーグとか食べていないですよ……」
涼はそう言いながら、視線をつつーと逸らしてしまった。
当然、ばれる。
「昼にカァリーを食べて、三時にケーキを食べて、さらにハンバーグまで食べたのかよ……」
「さっきも言った通り、カレーとハンバーグは別腹です!」
非常に美しく、男性を惑わせ、国すら傾けるような女性を、傾国の美女という。
男女平等の観点から見た場合、この表現が、今後どうなるのかは難しいところであろう。
もっとも、そんな言葉が存在するのは、言うまでもなく、男が愚かだからなわけだが……。
傾国の美女、中国の歴史上の女性でいうなら、妲己、貂蝉、楊貴妃などが有名だろうか。
そんな中。
カレーは、間違いなく傾国の料理である。
そして今、ハンバーグも傾国の料理にその名を連ねた。
だが涼は、ふと思ったのだ。
「ハンバーグカレーは、いったいどうなるのか……」と。