001 権力に屈す……
「今日もまた、邪悪な剣士が、正義の魔法使いたちを弾圧する書類に、サインをしています」
「いや、俺、そんなこと、したことないだろ?」
「僕に指摘されたからやめるのでしょう? 良かったです、魔法使いを弾圧から救うことに成功しました!」
「俺は、リョウの中で、どんな鬼畜な存在なんだよ……」
「権力者は常に監視されていないといけないのです。『権力は腐敗する 絶対的な権力は絶対的に腐敗する』という、有名な格言がありますからね」
涼は、いかにも自分が監視役で、目の前で書類にサインをしているアベルという権力者が、腐敗しようとしているからそれを見逃すまいとしっかり見つめている……つもりになっていた……のかもしれない。
「ただ……」
涼はそう言葉をつなげ、少しだけ間をとり、さらに続ける。
「コーヒーにケーキをつけてくれれば、監視役も、少しは監視の目を緩めるかもしれません」
「うん、それは賄賂の要求だな」
「失敬な! 交渉と言いなさい、交渉と」
五分後。
ソファーに座って、出されたモンブランケーキを美味しそうに食べる、水属性の魔法使い涼。
それをデスクから、書類をめくる手を止めずにチラチラと見る、剣士アベル。
しかし、よく見ると、アベルが見ているのは涼ではなく、涼の対面に置いてあるイチゴのショートケーキ……。
コーヒーは、アベルの手元にある。
だが、ケーキは遙かかなたに置かれてある。
「ケーキで書類を汚したらまずいでしょう?」という涼の言葉によって、運ばれて来たケーキは主の元には届かなかったのだ。
モンブランを食べ終え、涼の目が対面に置かれたイチゴのショートケーキに止まる。
そしてアベルの様子をチラリと見る。
「リョウ、それに手を出すなよ」
いっそ静かな、だが地獄の底から響く声とでも言おうか、アベルの重々しい言葉が涼を打つ。
「そ、そんなことするわけないじゃないですかぁ……」
思わず目が泳ぐ涼。
もちろん、勝手にアベルのケーキを食べようなんて思っていないですよ?
本当ですよ?
気もそぞろな涼。
それに触発され、今まで以上に、かなたに置かれたケーキが気になるアベル。
そんな状態で、仕事のペースが上がるわけがなかった。
アベルは一つため息をつくと、デスクを離れ、ソファーに座る。
そして、イチゴのショートケーキにフォークを入れ……。
「なあ、リョウ」
「なんです、アベル」
「その、ものすごく物欲しそうな目で見るのは、なんとかならんか?」
「アベルの気のせいじゃないですか? 僕はいつも通りですよ」
涼の爛々と輝く目は、アベルの手元のイチゴのショートケーキに向いたままである。
そして言葉を発する。
「ケーキは、一日一個までと決まっています」
「うん、俺は何も言っていないぞ」
「でも、権力者が、どうしても二個目を食べろと言えば、それは不可抗力というかなんと言うか……」
「……」
結局、アベルはもう一つイチゴのショートケーキを持ってくるように言い、涼は二個目のケーキを食べたのであった。
それはもう、満面の笑みを浮かべながら。
でも、権力には逆らえないから、仕方ないのである。
本作は、拙作「水属性の魔法使い」という作品の、箸休め的、肩の力を抜いた的お話です。
ですので、「水属性の魔法使い」を読んでいただけると、より楽しくお読みいただけます。
まだ、「水属性の魔法使い」をお読みでない、そこのあなた!
現在、「水属性の魔法使い」は第一部を終了し、更新停止中です。
いずれ、第二部が開始しますが、それまでに第一部を読んでみてはどうでしょうか?
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