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前世の記憶がショボすぎました。  作者: 福智 菜絵
第三章 悪役令嬢は好きにする
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繋いだ手と手


 紛れもなくフロリアンだ。アタシが彼を見間違うはずがない。どんなに遠くにいても。

 例え、今まで一度も見たことのない必死の形相を浮かべていたとしても。



「友人です! 馬車を止めてください!!」


 アタシの言葉に応じるように馬車が急停車した。窓から顔を出していたアタシの体を重力が馬車の中に引きずり込む。椅子に頭を打ち付けそうになったアタシの体をニキアスが支えてくれた。


 


「最後の別れだ。心残りがないように、挨拶してこい」


 馬車の外にエスコートしてくれたニキアスの鼻息でも鳴らしそうな勝ち誇った声音。けれども、悲しそうに眉を寄せたニキアスがアタシの背中を押す。



 一歩、また一歩とフロリアンの元に歩みを進める。ニキアスのその表情と声音のちぐはぐさに疑問を抱きながら、時折、ニキアスを振り返る。




 距離が縮まり、フロリアンが呼吸を整えた。


「リュシー!」

「見送りに来てくれたの? ありがとう」


 きっと、最後があんな感じだったから、ちゃんと友達としての別れを言うために来てくれたんだ……。


 みんながお別れ会をすると言ってくれたけど、レポートを書かないといけなかったし、親族への挨拶回りもあったしで、その時間を取ることができなかったのだ。



「留学中、手紙をくれたでしょう? また手紙を書くわ。良かったらフロリアンも返事をちょうだい」


 フロリアンが真っ直ぐにアタシを見つめる。叱ってくれた、諭してくれた、あの真っ直ぐな素直な瞳で。



「嫌だ!」


 フロリアンの言葉に戸惑うほかない。わざわざ、縁を切るために馬車の後ろを数時間も追いかけてきたの? 他国に嫁ぐアタシだ。有耶無耶に縁を切ることもできたのに。


 友人としては好かれていると思ってたのに……。最後の最後でこんな絶望ないよ。フロリアンとはもう本当にこれが最後なのに。


「……アタシのこと、そんなに嫌だった……?」


 ハッとした表情を浮かべたフロリアンが、勢いよく首を横に振った。


「違う! リュシーが嫌なんじゃない! 手紙だけの関係になるのが嫌なんだ!」

「……」


 そう言ってくれるのは嬉しいけど、この先のアタシにフロリアンとの時間をとることができるだろうか。里帰りすることがあっても、人妻が他の男性と会うなんて不貞と誤解を生みかねない。


 ……他の平民フレンズ、いや、お誕生日会をしてくれたみんなを招待してなら、可能かも。だけど、全てを知っているニキアスはいい気しないよね。



「リュシーとずっと一緒にいたいんだ!」


 フロリアンが貫くような視線をアタシに向ける。強い覚悟を感じさせる瞳。


 ……え? アタシ、フラれたよね? どういうこと……? そういうのとは違うって確かにフラれた……よね?


「俺、嘘ついた。リュシーのことは好きだけど、そういうのとは違うって。……だけど、本当はずっとリュシーが好きで仕方なかった。だけど、俺は平民で、リュシーは他国の王子から婚約の打診があるくらいの貴族で……。住む世界が違うって……」

「……アタシ、フラれたよね……? そういうの全部取っ払って、正直な、素直な気持ち、伝えたよね?」

「うん。……だけど、あまりに突然で。リュシーをニキアス殿下以上に幸せにする自信がなかったんだ……」

「ほう? ということは、ここまで追いかけてきた今は、俺より、自分の方がリュシエンヌを幸せにできると?」


 フロリアンの強い眼差しがニキアスに向いた。腕を組んだニキアスがフロリアンを見下ろす。一瞬怖じ気づいたように怯んだフロリアンの瞳に再び力が入った。


「できます! してみせます!!」

「たかだか、平民風情が公爵令嬢を幸せにしてみせるだと? 笑わせるな」

 

 馬鹿にしたようにニキアスが鼻で笑う。


 何が起きているか分からないアタシは、キョロキョロと舌戦を見ているだけだ。



「笑いたいなら笑えばいいです!!」

「お前に何ができる?」

「おいしいごはんを準備します!」

「お前の準備する食事など、俺以前にリュシエンヌの屋敷の食事にも及ぶまい」


 悔しそうにフロリアンが唇をかんだ。


「あったかいベッドを準備します」

「笑止! リュシエンヌが今寝ているベッドに敵うとでも?」


「……自由を、自由をあげます。俺はリュシーの自由な発想や行動が大好きです。ありのままのリュシーでいられるように尽くします!」

「自由だと? 王族や貴族は確かに社交が多い。だが、その自由な時間は平民には及ばない。平民は寝食どころが仕事も……お前の家であれば農業か? すべて己で賄うのであろう? どう考えてもリュシエンヌに与えられる自由な時間は俺のほうが多いではないか」


「……ずっと、一生、好きでいます。いえ、ずっと一生、死ぬまで好きだろうと思うからこそ今、俺はここにいます」

「それは当然のことだろう。俺とて同じだ」


「……そうかもしれません。だけど、俺の方が絶対にリュシエンヌを愛してる」

「俺だってお前の気持ちに負けはしない」



 ……なんとなく分かってきた。いまアタシは取り合われている。アタシを置き去りにして。


 そんなアタシの心の声が聞こえたかのようにニキアスが口を開いた。



「リュシエンヌ。お前はどちらを選ぶ?」


 え? アタシ? アタシが選ぶの? 


 二人の視線が痛い。痛すぎる。


 何も言えずにいた。



 意地悪な笑顔のニキアスが、アタシの背後に回った。


「言っただろう? 俺は二人の気持ちが同じなのであれば、婚約は撤回すると」


 ボソッとした小さな声に振り返る。


「……最期の最後、幸せだったと思える人生を二人で築きたいとも……」

「それもリュシエンヌの気持ちが俺にあればこそだ。……さぁ行け」


 ポンとニキアスの手がアタシの背中を押した。


「俺は大国の王子だぞ? なぜ自分を好きでもない女と一生を添い遂げないといけないのだ」



 いつもの横柄な口調で、それでいて温かい声音で。ニキアスは犬を追い払うように、しっしと手の甲を振った。



 ニキアスの温かい声音に気付かないふりをして、その横柄な態度に合わせて、あかんべーをして見せる。下まぶたを下げるように充てた指に、涙がこぼれてきたけど、ニキアスは気付かないで。こんなの卑怯だから。



「この馬車はこのままお前たちが乗っていけばいい。俺はもっと上質な馬車があるからな」





 どこから来たのか、あるいは最初からあったのか分からないけど、本当にもっと豪奢な馬車に優雅にニキアスは乗り込んだ。 


 アタシとフロリアンが同じ馬車に乗り込む。まだ、馬車の中に残るニキアスの気配にうつむいたまま泣きじゃくった。


 フロリアンの手がアタシの手の上に重なり、もう片方の手で涙を拭ってくれた。



「リュシー、泣かないで」

「……でも……、ニキアスは、真剣に……」

「……うん。ニキアス殿下は真剣な気持ちでリュシーを愛していたと思う」

「……アタシ、それを感じてた……なのに……」



「ニキアス殿下がね、昨日、家に来たんだ」


「は?」


 予想外のフロリアンの言葉に思わず涙が引っ込んだ。ニキアスがフロリアンの家に? 意味が分からない。




「ニキアス殿下は、心からリュシーの幸せを願ってるよ。その相手が例え、自分じゃなくてもいいくらいにね」


 呆然としたアタシにふんわりとフロリアンが笑みを広げる。


「だから、そんなに落ち込まないで。俺が言うのは筋が違うとは思うけど、きっとニキアス殿下は、そんなふうにリュシーが落ち込むのを望んでない」


 「同じ人を好きになったからかな。俺には分かる気がする」と、フロリアンが微笑む。その困った笑顔に安心して、また涙が溢れた。






 涙が乾いた頃には我が家に到着した。御者が馬車の扉を開き、フロリアンが先に降りる。アタシもフロリアンのぎこちないエスコートで馬車を降りた。


 馬車を降りても誰もいない。先触れも出さなかったし、もう夜中に近い。




 フロリアンと手をつないだままルネに扉を開くように言った。フロリアンが手を離そうとするのを、握力をこめて離さない。


 扉を開くと見慣れた執事長が、見慣れない驚きの表情を浮かべ、次々と使用人に指示を出していく。



 バタバタと階段を駆け下りる音が近づいて、これまた驚愕の顔の両親と兄たちが出迎えてくれた。


 みんなの視線の先はアタシとフロリアンの繋いだ手と手。






「ただいま帰りました」



 ぎこちない笑顔を浮かべるフロリアンの横で、にっこりとした笑顔でアタシはいつものように声を上げた。




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