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前世の記憶がショボすぎました。  作者: 福智 菜絵
第一章 悪役令嬢は逃げ切りたい
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味方?


 図書館にいるとサミュエルが笑顔で駆け寄って来るので、あらかた留学の言い訳集を作ったアタシは中庭の隅っこでひっそりと言い訳集をみて復習していた。まだこの場所はサミュエルに見つかっていないようで、ここにいる間は寄ってこない。


 サミュエル殿下から逃げきる方法は見切った!! 


「やぁ。リュシー。こんな隅っこで何してるの?」


 聞き覚えのない声に顔を上げると、焦げ茶色のストレートヘアにグリーンとグレーが混ざったような瞳。小動物を彷彿とさせる人懐っこい笑顔の男子が立っていた。


 ……見たことあるような気がする。まさか、攻略対象(死神メンバー)

 

 しかし、公爵令嬢のアタシを初対面から愛称で呼ぶなんてなんたること。


「あの……どちらさまでしょうか?」

「あぁ。僕のことはシルと呼んでよ。サミュエルと割と一緒にいること多いんだけど見憶えないかな?」


 なんとなく見覚えがあったのはサミュエルの取り巻きの一人だったからか。でも王子を呼び捨てにするなんて警戒対象確定だ。身分差を盾にする輩も侮れないけど、身分差を物ともしない輩はもっと侮れない。身分を振りかざして薙ぎ払うことができないからだ。


「殿下のこと呼び捨てなのですね。ずいぶん仲がよろしいのですね?」

「わりとね。でも呼び捨てなのはサミュエルとは幼いころから知り合いだから自然とそうなっただけ」

「そうなんですの。では、これで……」


 貴族の礼をして颯爽と逃げようとしたそのときだった。


「僕からも逃げるの?」


 その言葉に思わずギョッとする。サミュエルから逃げようとしていることを知っていると言われていることと同義だからだ。


「いえ、わたくしは誰からも逃げてはいませんよ」


 それでは、と挨拶をするとシルはボソッと悪戯っぽく呟いた。


「そうなんだ。サミュエルから逃げる方法を教えてあげようと思ったんだけどな」

「どんな方法なんですの?」


 一縷の希望に思わず被せるように口を突いて出てきた。王子の傍に幼い頃からいるこの人からの情報なら正確だろう。

 アタシの喰いつきの良さに笑いを押さえられないように、クックッと軽く握った手を口元に充てている。


「どんな方法なんですの? 教えてくださいませ。ぜひ! ぜひ!」

「男ってやつはな」

「男ってやつは……?」

「逃げられると追いかけたくなるもんなんだ」

「といいますと……?」

「リュシーはサミュエルから逃げ回っているだろ? それが逆に男として……狩人としての本能に火を点けちまっているってことだ」


 シルによると、逃げるから追うのであって、逆にこちらから追えば男は逃げることになるそうだ。それが本当なら今まで失礼なくらい逃げ続けたアタシが、追いかけるように付きまとわれている理由にも説明がつく。


「では、わたくしの方から追いかければサミュエル殿下は興味を失って寄ってこなく……いえ、近くにいらっしゃらなくなると言うことですか?」

「そう。リュシーは最初から打つ手を間違えてたんだよ」

「追いかけるとは具体的にどうすればいいのでしょう?」

「リュシーもサミュエルの取り巻きを見たことがあるだろう? そいつらの上を行けば完璧に嫌がられて避けられるようになると思うな」


 自分の耳たぶを触りながら逡巡した。サミュエルの取り巻き連中のしていることと言えば、常にサミュエルの周りを侍っていて、姿を見失えば血眼に探し回る。それの上を行く……。


「では、サミュエル殿下の目の前を後ろ歩きで歩き続ければいいのでしょうか……?」

「ぶはっ。それいいね! 誰にも思いつかない良策だよ!」


 笑いをこらえるようにクックックッと拳を口元にあてているシルに、疑念を抱いて聞き返す。


「良策だと思うなら、なぜそのように笑われるのですか?」

「誰にも思いつかない名案だと思ってね! 自分の価値観で計れないことを耳にすると思わず笑っちゃうんだよ。癖だよ、癖」

「そう……ですの……」


 シルの言葉に少し引っかかりを感じたけど、このままにしていても王子の付きまとい行為が終わらないかもしれない今、アタシにできることをして王子を退けるしかない。




「リュシエンヌ嬢、どうしたのですか……?」


 アタシの目の前にはサミュエルが、その隣には親指を立ててグッジョブサインを出してくれるシルがいる。

 アタシは計画通りにサミュエルの前を後ろ歩きで歩き続けていた。ムーンウォークをすればよりサミュエルに嫌われると思って少し練習したけど、思いのほか脹脛の筋肉を使うようでアタシには無理だった。


 ……これで、サミュエル殿下はアタシのことを嫌がってくれるはず……よね?


「とくにどうもいたしませんわ」

「では、なぜそのように私の前を歩き続けるのでしょう?」


 ……そんな質問の返事は準備していない。


「……目的地が同じだからですわ」


 そう言ってとりあえずニッコリと笑顔を向けてみた。


「そのように後ろ向きで歩くのは危険ですよ。どうぞこちらに」


 サミュエルはその歩き方は危険だからと、自分の隣を歩くよう手を向けた。

 だがしかし、隣を歩いてしまうと意味がない。グイグイ来るアタシをサミュエルには嫌がって距離をとってもらわないといけない。


「いえ、わたくしはこのままで……」

「ですが……」

「もう少しで教室にも着きますし。どうかわたくしのことはお気になさらず……」

「お気になさらずと言われましても、こう前を歩かれていると……」

「サミュエル、リュシーがそう言ってるんだから好きにさせてやりなよ」


 さすが、シル。アタシの味方。さらっとアタシの行動を後押ししてくれた。サミュエルから距離をとる方法を教えてくれるシルは信用できる。


 サミュエルの前を後ろ歩きで歩き続けたアタシは、教室に着くとさっさと隅の方の席に行って授業を受けた。授業が終わるともちろん再びサミュエルの前を後ろ歩きで歩いて、次の移動教室に備える。


 サミュエルの顔は困ったようにどんどん曇っていき、唇は真一文字に結ばれている。シルは口元に手をあてて、目元には柔和な笑みを浮かべている。きっとアタシの良策を微笑ましく見守っているに違いない。他の取り巻きの女連中の視線は日毎厳しくなっていったけれど、モブ嬢どもの視線なんてどうでもいい。


 アタシはサミュエルから離れたいのだ。この作戦を二、三日も続けるとサミュエルから寄ってくることはなくなるだろう。


 その光輝く希望のもと、アタシは時につまずきそうになりながら、時にサミュエルとの進行方向のニアミスで目の前からいなくなったりされながらも頑張った。


 そして、サミュエルを追いかけて四日後、そろそろ頃合いだろうと安心しきったアタシは一人図書館で国の情勢の勉強をしていた。


「今日は私の前を歩かないのですか?」

「はい?」


 完璧に油断していたアタシの前にまたしてもサミュエルが現れた。


 シルの嘘つき!! 追いかけられると男は追いかけないって言ったのに!


「もう飽きたのですか?」


 サミュエルはニッコリと微笑みながら、その笑顔の圧力だけで返答を求めてきた。


「……いえ、よくよく考えるとサミュエル殿下の目の前を歩き続けるとは、失礼極まりない行為だと思いまして」

「そうですか……。シルにリュシエンヌ嬢は私と仲良くなりたいのでは? と言われて喜ばしく思っていたのですが……」


 シルの裏切り者!! なんつぅーことを吹き込んでやがる。


「仲良くなりたいだなんて、そんな恐れ多いですわ。そんなことよりサミュエル殿下」


 サミュエルの追及から逃れたくて慌てて話題を変えた。


「今日はいつも一緒の方々はいらっしゃらないのですね?」

「あぁ、はい。彼らが慕ってくれるのは嬉しいのですが、いつも一緒だとこう……息が詰まってしまって……」

「そうですか。サミュエル殿下のお立場であれば邪険にすることもできないでしょうし、大変ですわね」

「ご理解いただけますか? その……王子という立場でありながら人といる時間を煩わしいと思うなどあってはいけないと……教えられているものですから……」


 やばいやばい。王子オープンマインドな発言しだしちゃってるよ。一方的な心の距離が近すぎる。どう答えれば……。前のアタシなら言わない言葉を……。きっと前のアタシなら「分かります。わたくしもお茶会などで囲まれるときは辟易としたものです」と同意しただろう。ならば……。


「お気持ちは理解できますが、ここでそんな風に気持ちを吐露するのはよいのですか? 王子の言動としてはどうかと思うのですが……」

「ご心配ありがとうございます。貴方は本音を言ってくれている気がするので、つい安心してしまって」


 この王子も魑魅魍魎としたギラギラ(まなこ)の下々の者に辟易としているのだろう。だけど、安心はしなくていい。心も開かなくていい。その安心感とオープンマインドをどうか取り巻き女たちに向けてはくれまいか。


「サミュエル殿下、わたくしに安心感を差し上げることはできません。それは少々荷が勝ちすぎています。どうか、その信頼はお近くの方に向けてくださいませ」

「リュシエンヌ嬢に向けてはいけないのですか?」

「そうするには、少し関係が希薄すぎるとは思いませんか?」

「……そうですか。では、今後関係を少しでも深くできるよう頑張りたいと思います」


 なぜ? なぜそこで頑張る?? 追いかけたら逃げるんじゃなかったの、シルー!!


 アタシは心の中で絶叫した。うまく行かない。用事を思い出したとサミュエルには告げて、なんとかその場を逃げ出した。




「シル! 貴方嘘ついたわね?」

「嘘? 何のことを言ってるの?」

「男は追いかければ逃げるって言ったじゃない!!」


 腹が立ちすぎて貴族言葉が抜けてしまう。でもそんなことに気を遣ってはいられない。とても大変なときなのだ。


 アタシは勢いのまま、なぜサミュエルにアタシが仲良くなりたがっていると言ったのか聞いた。すると、あっけらかんと当然でしょ、と言わんばかりに応えた。


「サミュエルに『リュシエンヌ嬢、前はあんなにも僕から逃げ回っていたのに、なんでこんな変な近付き方するんだろう』って言われたんだぜ? サミュエルから逃げるためなんて口が裂けても答えられるわけないだろ。リュシーは、サミュエルのこと嫌いすぎてって言ってほしかったのか?」


 確かに。そう聞かれてアタシが王子を避けたいと思っていることがバレてしまえば、それこそ不敬にあたる。ちくしょー。サミュエル殿下の権力が憎い。……というか、逃げ回っていたと気付いていたなら、逃げ切らせてくれたらいいのに。


「じゃあ、どうすればいいの? 追いかけて逃げさせよう作戦は失敗に終わったわ。どうしたらいいの?」

「分かりやすく意地悪すればいいんじゃね?」

「そんなことしたら極刑じゃない!」

「いや、意地悪と分からないようにすればいいんだ。あ、そうそう。男は料理が下手な女は嫌だからな」


 暗にくそ不味い手料理をごちそうしろと言っているみたいだけど、貴族にも王族にも手料理をふるまう女なんていない。今度は騙されない。


「言いたいことは分かったけど、平民でもないのに手料理をふるまう婦人なんていないわ。今度は騙されないんだから!」


 きっとアタシの適切な指摘に驚いたのだろう。シルが目を丸くしている。ふふふ、勝った。


「なに言ってるんだ? それは料理人のいる屋敷内でのことだろう? ここは王族も認めた出会いの場だぜ? みんな必死にアピールしてるんだ。知らなかったのか? ほれ」


 そう言って、シルはポッケから小袋を出した。どこぞの令嬢からもらった手作りお菓子だそうだ。

 友達のいないアタシにそんな情報はなかった。こんな情報をくれるシルは今後も重宝していこうと心に決めた瞬間だった。


「……そうなのね。では、手作り激マズお菓子作戦やってみるわ」

「おぅ。それでサミュエルも逃げ出すに違いないさ」

「えぇ。シルは味見お願いね」

「え? 不味いものをわざわざ食わされるの?」

「当然よ。サミュエル殿下と仲がいいのなら、普段どんなお菓子を食べているか知っているでしょう? 好みとかけ離れたものでなければ意味がないもの」


 心底嫌そうな顔をしたシルに味見の約束を無理やりとりつけた。アタシは研究に研究を重ねた。どう不味く作るか。本来のレシピとかけ離れるほどいいに違いない。本来のレシピの研究から始めるべくアタシはまたもや図書館に通い詰めた。


 その間、なぜかサミュエルも図書館に通い詰めたのだった……。



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