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前世の記憶がショボすぎました。  作者: 福智 菜絵
第三章 悪役令嬢は好きにする
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告白

 

 ルネとパトリックの熱い視線を感じながら、もとい、見張りの中、アタシは農業に関する質問をフロリアンに重ねていく。


 今日の為に作った質問用紙だ。リンネルに提出するレポートのために助言をもらうという形で農家のフロリアンを招いたのだ。それっぽいところを見せておかないといけない。


 ……まぁ、ね。農家の話を聞きたいなら、わざわざフロリアンを呼ばなくてもアニーでもいいし、なんなら我が家に住み込んでいるカンタンとセヴランでもいいのだから、ルネにもアタシが考えていることはバレているだろうけどね。


 ルネたちにバレているということをアタシが分かっているのだから、とんだ茶番だ。だけど、せずにはいられない乙女心。


 前世の記憶がなかったら、側仕えたちに見守られながらの告白も恥ずかしくはなかったかもしれない。いや、やっぱり恥ずかしいだろう。そもそも貴族は恋情があろうとなかろうと親から結婚相手を決められるか、自分が結婚したい相手を親に伝えて、その相手が家格上問題なければ親同士で遣り取りをするのだ。告白なんてイベントはない。



「リュシー。せっかくだから中庭で実際に土壌の見分け方を教えてもらったらいいのでは? 実際に見ながらだと、分かりやすいのではなくて?」

「それもそうね。いいかしら?」

「うん、いいよ」


 いつ中庭に誘い出そうかとタイミングを計りかねているとアニーから援護射撃だ。さすがアニー。策略家だ。頼もしい。


 中庭に出ると、予想通りルネとパトリックもついてきた。ここですぐにガーデンチェアに座ると「土を見に来たのでは?」と各方面からツッコミが入りそうなので、「例えば、このように赤い土だとどのような野菜を植えるのが適しているの?」「叔父様からいただいた肥料の中だと、どの肥料と相性がいいの?」と聞きながら、中庭を歩き回った。


「たくさん教えてくれてありがとう。少し休憩しましょう」

「そうだね」


 フロリアンの優しい笑顔に癒されて、アタシの顔も綻んでいく。きっとアタシもフロリアンと同じように優しい笑顔になっていると思う。


 好き。大好き。


 お誕生会がフロリアンと二人きりになれる最後の時間だと思っていた。もし次、二人になれることがあったとしても、フロリアンの気持ちには固く鍵をかけて、胸を押しつぶすようなやるせない感情になると。


 自分でも持て余すこの気持ちを、隠す必要がない状態で、どうして隠すことなどできようか。溢れてしまっているのが分かる。


 だけど、恥ずかしいとは思わない。伝えるつもりの気持ちなのだから。零れて溢れて、目に見えるほどに届いて、アタシのフロリアンへの気持ちを余すことなく知ってほしい。心も体も、アタシの全部を使って届けるから。


 

 ガーデンチェアに腰掛けると、ルネがお茶の準備のために屋敷に向かった。パトリックは当たり前の顔でアタシの背後に立つ。アタシの両隣にフロリアンとアニーが座る。


「フロリアンは夏休み中どう過ごしているの?」

「ほとんど家の手伝いだな。この前リュシーに教えただろう? だいたいあんなことを一日中してる」

「仕事だけで一日が終わってしまうの? 大変ね。ちゃんと休んでる?」


 フロリアンが楽しそうに目を細めた。穏やかな笑みを浮かべて、愛しそうに遠くを見つめる。


 あぁ、この愛おしそうな眼差しでアタシを見てほしい。そうなったら、きっとアタシは幸せに溶けてしまうだろう。


「学院にいる時の方が自分の時間は多かったかな。妹の面倒も見ないといけないし」

「でも、楽しそうね」

「うん、まぁ、楽しいかな。妹の勉強も見てるんだけど、これがなかなか覚えが良くて。吸収がいいと教えがいがある」

「そう。ご両親はお元気?」

「あぁ」


 フロリアンの嬉しそうな顔を見ていると、アタシもとても嬉しくて、もっと家族の話を聞きたくなった。その感情に任せて次々と家族の質問をしていると、コホンとアニーの咳払いが聞こえた。


 そうだった。ルネが戻ってくる前に決行しないと。


「フロリアン、あれは何の花が咲くと思う?」

「どれ?」

「あれよ、あれ」


 アタシはそう言いながら、巧みな話術でフロリアンを誘導しつつパトリックから距離をとる。


 ……やっぱりそうだよね。


 気配さえ感じさせないものの、さすが護衛騎士。ぴったりアタシをマークしている。一定の距離を崩さない。きっとこの距離は何かあったときに確実にアタシを護衛できる距離なのだろう。


 チラチラと邪魔者を見るようにパトリックを振り返っているとフロリアンが不思議そうな顔をした。


「パトリックがどうかしたの?」

「……いえ、なんでも……」

「痛―っ!!」


 アニーの叫び声に振り返ると、パトリックの更に奥側でバタンとスライディング土下座の形で転んでいた。


 アニー! 頑張ってるぅ。


 これでパトリックがアニーに手を貸すためにあっちに行けば……。


「あーぁ。何やってるんだよアニー。ケガはない?」


 アニーに手を差し出したのは駆け寄ったフロリアンだった。パトリックは一度視線をアニーに向けただけですぐにアタシに視線を戻した。




 そうなるか。でも、そんな優しいフロリアンがアタシは好きだよ! パトリックはそんなにアタシを凝視してないで、少しはけが人を心配したらいいのに。色んな意味で酷い男だ。




 アニーは膝をついて、困ったような顔でアタシとフロリアンを交互に見つめた。フロリアンの手を取るべきか迷っているようだ。




 そうだよね。アタシとフロリアンを二人にさせるつもりで、転んだのに二人になったのは自分とフロリアンだもんね。そりゃ困るわ。だけど、アニーならもっとうまくやれると思っていた。アタシ信じてた。



 あとで、アニーに「うまくできなくてごめん!」と謝罪と共に聞かされたのは、どんなに言葉を尽くしてもパトリックの意識を自分に向かわせることができる気がしなかった。これでも捨て身で頑張ったのだという悲痛な訴えだった。


 本来であれば平民であることを引け目に感じているサミュエルが好きなアニーは、貴族の屋敷で貴族の前で土に塗れるなんてこと絶対にしたくなかったはずだ。間違いなくアニーはこれ以上ないほどに頑張ってくれたと言って過言ではないだろう。



 アニーが涙目でおそらく一張羅だろうドレスに付いた土を掃っているところに、お茶の準備をしてワゴンを押したルネが戻ってきた。


「ルネ。アニーが転んでしまったの。わたくしのお洋服を見繕ってあげて」

「……かしこまりました」

「アニー。わたくしのお下がりになってしまうので悪いのだけれど……」

「勿体ないお言葉です。ありがたく頂戴いたします」


 アタシの服に着替えることを勧めると、アニーの顔に眩しいくらいの笑顔が広がった。


 予定とは違う形ではあるけれど、とりあえずルネのことを遠ざけることはできた。アニーはよくやってくれた。


 生まれたときから世話をしてくれている母のような存在のルネに、想い人に告白する姿を見られるのも気恥ずかしいが、元同級生のパトリックに見守られるのもなかなか気恥ずかしい。だけど、トイレの前まで付いてきたパトリックだ。今更だ。アタシは覚悟を決めて、フロリアンを見つめた。


「この花です」

「え? あ、あ、うん。この花か。何の花かだったね」


 心配そうにアニーを見送っていたフロリアンの意識を無理やりアタシに向かわせる。フロリアンに背中を向けて青々とした枝を見る体でしゃがみ込むと、フロリアンもしゃがみ込んだ。


 今だ!!


「フロリアン。わたくし、フロリアンが好きなの!」


 勢いはつけたけれど、パトリックに聞き取れないように声のボリュームは落として一気に喋った。



 一瞬固まったフロリアンが呆然としたまま「……え?」とだけ口に出す。出すというよりは出てしまったという感じだ。


「ですから、わたくしフロリアンが大好きなの。優しくてあったかいフロリアンと一緒にいるだけで気持ちが落ち着くの。うーうん、違う。落ち着くだけじゃなくて、ハラハラもしてドキドキもして、だけど、じーんともなって。ワクワクして。……とにかくずっと一緒にいたいの!」


 どんな言葉でこの想いを伝えようか、あんなにいっぱい考えていたのに、出て来たのは擬音語ばかりの訳の分からない言葉だった。だけど、伝わってほしい。


 お願い。届いて。感じて。伝わって。アタシの気持ち。


 どんな反応が返って来るのか、期待と恐怖が混ざった感情でアタシはフロリアンから目を離さない。


 何度か瞬きを繰り返したフロリアンが、やっとというように言葉を発した。


「……リュシーはニキアス殿下と婚約した……んだよな……?」


 何がどうなって、今こうなっているのか、全く分からないというような顔でアタシを見つめ返す。


「……それは……そうなんだけど……。あの! アタシの、わたくしの気持ちはとっくにニキアスに感づかれていたみたいで、フロリアンに告白してこいと背中を押してくださったの! わたくし、本当にフロリアンが好きで、いいえ、好きなんて言葉じゃ言い表すことができない。言葉なんかじゃこの気持ちは言い尽くせない……」


 感極まったアタシの腕がフロリアンに伸びる。気持ちが体に乗っ取られたとしか言えない。こうしたいと思ったわけじゃない。本当に勝手に体が動いた。アタシの掌がスッとフロリアンの両腕と体幹の間に滑り込もうとしたときだった。


「リュシエンヌ様」


 言葉と同時にアタシとフロリアンの間を割くようにスルリとパトリックの体が入った。


 信じられない。いままでサミュエルやニキアスにどんなことを言われていようと、どんなに距離を詰めていられようと、アタシの背後を動かなかったパトリックが、フロリアンとの距離を引き離そうと目の前に立ちはだかっている。


 戸惑いとも怒りともいえない感情で体が震える。


「パトリック……」


 咎めようと出した声も震えていた。


 許せない。望まない相手からの気持ちをぶつけられて困っていても何の助力もしてくれなかったくせに。


 怒りを込めた目でパトリックを凝視していると、一度視線を伏せたパトリックがしっかりとアタシを見つめ返した。


「なりません。リュシエンヌ様」

「パトリック……貴方は……」


 アタシの心を一度たりとも守ろうとしなかったくせに。


 言葉にできない、してはいけない言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡る。言葉にできない怒りを抱えて、更に体が震えた。


「リュシエンヌ様。ご自身のお気持ちを伝えられるのでしょう?」

「……えぇ」


 いま邪魔したパトリックがそれを言うの?


 アタシとフロリアンの間にパトリック。パトリックの体に隠されてフロリアンの表情の確認もできない。




「……リュシー」



 パトリックの体越しにフロリアンの声がしてハッと我に返った。今しかないのに、パトリックに苛立っている場合ではない。


 パトリックの体に隠れてアタシの怒り狂った顔見えてないよね……?


 一度深呼吸をして気持ちを立て直した。


「えぇ。ですから、そこを退いてくださる?」


 そう言うとパトリックはアタシの背後に戻った。


 背後霊なら背後霊らしく背後にだけいればいいのに!


 フロリアンの顔が見えると、酷く困った表情だった。照れているとか、嬉しいとか考えているという前向きな表情ではない。ただ、困っている。そういう顔だ。


 その表情を見ただけで何を言われなくても分かった。


 回答を模索するように表情をなくしたフロリアンとアタシは見つめ合ったまま、正確にはフロリアンの目にアタシは映っていない。むしろ何も移していないようだった。息が詰まるくらいの沈黙が流れたあと、フロリアンの瞳に力がこもった。


「……ごめん、その、リュシーのことは好きだけど……。そういうのとは違うんだ……」


 悲しいような申し訳なさそうな顔で、とても言いにくそうにフロリアンはそう言った。






 フラれた……。





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