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前世の記憶がショボすぎました。  作者: 福智 菜絵
第三章 悪役令嬢は好きにする
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告白にむけて邁進中


 ニキアスと固い握手を交わした後、アタシはさっさとニキアスを城に追い返して、我が家の玄関ホールで父の帰りを待っていた。きゅるん♪って効果音が出そうな感じでウルウルお目目の上目遣いだ。


 父に伝えることはこうだ。

 まず、ニキアスとの婚約がご破算になったところでミシェーレ公爵家どころかプレタールには何の非も問われない。次にフロリアンに告白してさっさとフラれて自分と向き合うようにニキアスに言われたことを伝えるのだ。


 母は婦人会で外出中だ。願わくば母よりも先に父に事のいきさつを伝えて、父に味方になってもらい、母への説明のときに援護射撃してもらおうという算段だ。


 ここはまず母としての愛情よりも理性が先にたつ母より、目の中に入れても痛くないほどアタシを可愛がってくれている父を先に取り込みたい。


 この順番が違うと両親共に納得させるためのアタシの労力が全く変わってくる。


 ……道端で井戸端会議しているご近所さんを遠目に、決して声をかけられないように避けていた前世の母と違い、現世の母は婦人会での集まりが楽しいのか、婦人会に出かけた母の帰りは仕事を終えて帰宅する父より遅くなるのが常だ。


 玄関の扉の向こうから馬車の音が聞こえてきて、意気揚々とその扉が開くのをきゅるん♪としたぶりっ子顔で待つ。本当は自分で扉を開けて出迎えたいくらいだけど、公爵令嬢は自分で扉を開けない。我慢だ。


「おかえりなさいませ。ジョエル様」

「あら、どうしたの、リュシエンヌ?」


 ……ショックだ。こんな日に限ってお母さまがお父さまより先に帰ってくるだなんて。


「いえ。たまたま通りかかっただけです。おかえりなさいませ、お母さま。それでは……」

 

 挨拶だけを済ませて、いそいそと踵を返した。


「待ちなさい。リュシエンヌ。何の用があってここに通りかかると言うのです?」


 母のごもっともな言い分に息を呑んだ。我が家は玄関を入ると広い玄関ホールがあり、その先に二階へ行くための階段がある。一階は厨房や側仕えや使用人たちの居住区になっている。二階がアタシ達ミシェーレ公爵家親子の居住区。つまり、外出の用でもない限り、アタシが通りかかることはない。


「ニキアスのお見送りをしていたところですわ、お母さま」


 小一時間ほど前にね!


 そんな本音を口に出すはずもなく、アタシはにっこりと微笑んだ。


「ルネ? リュシエンヌはこう言っていますけど?」

「はい。確かにお嬢様はニキアス殿下を見送っておいででした。……一時間ほど前に」


 ルネの裏切り者……!!


 口をあわわわさせながら、母を見るとギロリと鋭い目つきで睨まれた。蛇に睨まれた蛙の気分だ。あと一歩でも近づいたら丸呑みされそうだ。


「リュシエンヌ?」

「はい! ごめんなさい!」


 低くドスの利いた声に、母と目を合わせたくないというアタシの心情も手伝い、そのまま平身低頭、頭を下げた。


「わたくしは謝ってほしいのではありません。なぜ、ここに立っていたのです?」

「いえ、その、ずっとリンネルにいたでしょう? ですから、プレタールにいる間くらいは出先から戻られるお父さまやお母さまのお出迎えをしたいと思ったのです」


 口から出まかせにしてはうまく言えたと思う。アタシは本番に強いタイプかもしれない。


 そんな自己評価に思わず笑みが零れた。ふふっ。と母を見上げれば、細められた瞳から冷たい視線がアタシを突き刺していた。


 怖いんだけど……。


「リュシエンヌ。もう一度聞きます。なぜ、ここに立っていたのです?」


 冷気さえ漂いそうな怒りを抑えた笑みに降参するしかなかった。

 父に伝えようと考えていたことを、そのまま伝えたる。でろんでろんに優しい父宛てに考えていた何の戦略もない言葉だ。正直、怒られる気しかしない。


 もっと正直に言えば、なぜ怒られるのかも分からないけど、たぶん怒られる。アタシが喋るごとに顔色を変えていく母の顔を見ていれば、それは確信にしかならない。


「リュシエンヌ」

「はい!」


 無駄に背筋を伸ばして両手の指を太もも外側にピタリと付けた。「ごめんなさい」という準備だけなら、玄関に母が現れたときから万端だ。母の気が済むまで何度だって言おう。


 怒りを抑えた笑顔のまま更に笑みを深めた母がアタシの手首を掴み「わたくしのお部屋で少しお話しましょう」と、ぐいぐいと強めに引っ張られるがまま連行された。


 母の部屋では、どうしてそういう話になったのか、ニキアス殿下に対して不敬ではないか、フラれたからといってさっさとニキアスにくらがえることができるのか、なんならフラれたこともニキアスに報告義務があるのに、どんな顔で婚約者として振る舞うつもりなのか。気は確かなのか、と散々言われた。


 言葉にされるとニキアスの方がどうかしているだろうと思わずにはいられないが、そんなことを言ったところでなんの解決にもならないし話が長くなるだけだ。アタシはただひたすらに黙って母の小言を聞いて、目を剥いて言葉を荒げられれば「ごめんなさい」と繰り返した。


 結局のところ、「ニキアス殿下との間で交わしてしまった約束ならば、わたくしに口を挟む権利はありません」という結論だった。


 ……じゃあ、最初から怒らないでほしい。


 人払いをした二人きりの空間で、感情を表情や口調に余すところなく発露する母はすごく怖いのだ。本当に怖い。


 けれど、その苦行に耐えた甲斐があって、父への執り成しもスムーズにいった。父は最初からニキアスとの婚約をやめてもいいと言ってくれていたし、目下の敵は母一人だったのだ。


 そうして、ミシェーレ家のお許しが出たアタシは、溢れんばかりのフロリアンの気持ちを放出させることに邁進した。邁進といっても、カンタンにフロリアンに農業について聞きたいことがあることを伝えて呼び出してもらい、アニーには手紙を言付けてもらっただけだ。


 同じ呼び出すにしても、前世だと屋上に呼び出すような微笑ましい流れが、現世では命令で好きな人を呼び出すことになるのは世知辛いとしかいいようがない。


 好きな人に想いを伝えたいだけなのに仰々しすぎる。不幸だ。



 数日後、約束の日にアニーが先に我が家に着いた。本来であれば平民だけが客として公爵家に招かれることはない。国王がどれだけ階級社会をなくすと言ったところで、貴族が平民と馴れ合うことはほぼないし、家に上げるなんてことはもっとない。誤解を恐れずに言ってしまえば、貴族にとって平民は卑しい存在なのだ。


 ……そういえば、なんでうちの両親はカンタンやセヴランを家にいれることを許してくれたんだろう? 仕事の仲介役をする分には階級社会をなくしたい国王の心象が良いからしてくれたんだろうけど、普通なら我が家に……とは思わないよね。仮にもうちってば公爵家だし。


「ごきげんよう、リュシー。フロリアンはまだなの?」

「えぇ。アニーには話があって少し早めに来てもらったの」

「まぁ、何かしら?」


 とろけるような綺麗な笑顔の瞳だけがギラリとしていた。「わたくしにも利があるお話だといいのだけど」とでも言いたそうだけど、それは無視することにした。会話の主導権を持って行かれてしまうとアニーの要求だけが降るように湧いてくるのは目に見えている。アタシは学習したのだ。


「パトリック、ルネ。下がってちょうだい」


 アタシの言葉にルネは二、三度振り返りながら部屋を後にする。後ろに続くようにパトリックも応接間を出て扉がパタンと閉められた。



「あのね、アニー……」


 扉の向こうで聞き耳をたてられていても大丈夫なようにアタシは声をひそめた。ニキアスとの会話を聞いたアニーは驚いたように目を丸くした。


「一国の、それも大国の王子が他国の公爵令嬢にさっさと想い人にフラれて、自分に全神経をむけろとおっしゃったのですか……?」


 うん? そんな話だったかな?


「全神経を自分に向けろとは言われてないわ」

「……お話を聞く限りでは、何が何でも自分はリュシーと結婚するから、今ある気持ちはさっさと整理して、なんの憂いもなく、今のフロリアンへの恋情をそのまま自分に向けろ、と言っているようにしか聞こえないけど……」


 アタシの記憶では、フロリアンに告白して念願叶ったら、そのまま二人仲良く幸せになれと。リュシーの心からの幸せを願っていると。そういう話だったと思う。


「ちょっと待って、リュシー。もう一度、なるべくニキアス殿下との会話を一言一句間違わずに教えてくれない?」

「いま話したのが、一言一句間違いのない、そのまんまの会話内容よ?」


 情報を正しく扱えるかは別として、前世から記憶力には自信がある。どうでもいいことなら聞き流しもするけど、こんな大事な会話、一文字だって違えて記憶するわけがない。


「じゃあ、やっぱりそうよ。ニキアス殿下が願っているのはリュシーの心からの幸せではなくて、自分とリュシーの愛に溢れた幸せな結婚よ」


 アニーの解説に納得のいかないアタシは首を傾げたまま逡巡する。アニーはそんなアタシのことはお構いなしだ。


「ニキアス殿下は恐らく、本気でリュシーをお好きなのでしょうし、幸せにする自信もおありなのでしょう。だけど、それにしたって……」


 アニーは眉を顰めて下唇に親指をあてる。「チッ」と舌打ちが聞こえた。思わずビクッと体が震えた。現世で舌打ちを素でやってのける人には会ったことがない。もっと言えば、前世でもない。


「酷いわ。リュシーがフラれるのが当然という考えじゃないと出てこない言葉だわ。リュシーは腹が立たないの? 自分の気持ちを踏みにじられているのよ?」


 ……ハッピーな解釈しかしていなかったから踏みにじられた覚えはないけど、そう言われるとそうかもしれな。フラれるのが前提で、気持ちの決着のために告白して来いということなら、なんて酷い言い草だろう。そもそもニキアスは他の男にあっさりとフラれる女が婚約者でいいのだろうか。


「……同じ話でも聞く人が違えば解釈も違うものなのね。アニーの話を聞いて腑に落ちないと思うところはでてきたけど、どういう気持ちでそんな言葉を言ったのかは本人にしか分からないし、推測で人の気持ちを量るのは嫌なの」


 前世の親友の話をしたときにフロリアンに二人の間に誤解があったのではないかと指摘された。その可能性に気付かないまま、大好きだった親友からの連絡を最後まで無視し続けた前世。死んだ側も死なれた側も取り返しがつかない後悔。もう二度とあんな思いはしたくない。


 人の気持ちを自分の想像だけで作り上げて相手を決めつけるようなこと、アタシはもう絶対にしたくない。


 ……自分にとって大事だと思う人限定だけどね。


 あれ? ってことは、アタシ、ニキアスのこと割と大事だと思ってる?


「とりあえず、もうすぐフロリアンが来てしまうから打ち合わせをさせて」


 打ち合わせと言っても、要はフロリアンが来たらタイミングを見計らって庭に誘うから、ルネがガーデンテーブルにお茶を準備するために席を外す間、パトリックの気を引いてほしい。ただそれだけだ。


「ただそれだけって……。護衛騎士のパトリックの意識を主であるリュシーより引ける話題なんて思いつかないわよ」

「そこは頑張って! わたくしだってアニーのために頑張ったでしょう?」


 口には出さないけど、そもそもダニエルと関わることになったきっかけはアニーだ。ここいらで頑張るのがアニーの恩返しであり罪滅ぼしでもあると思う。


……持ちつ持たれつというありがたい言葉もあるしね。


「……わたくしがパトリックの気を引くために頑張るよりも、どうせ庭に出るならパトリックと距離をとりつつ、フロリアンに小声で告白した方が成果はあると思うけど」

「それ採用!」


 アタシはビシッとアニーを指さした。確かにパトリックの視界から逃れるのは至難の業だ。表情を読まれないように背中を向けて、聞こえないように小声で話す方が現実的だ。


「だけど、アニーもなるべく気を引いてね」

「……分かったわよ」


 ふいっとアニーが視線を逸らした。絶対に分かってない。いや、分かりたくないという顔だ。アタシはもう一度念を押す。


「なるべく気を引いてね!」

「もー……。分かったよぉ」


 正直に言ってしまえば、パトリックはニキアスとの会話を全部聞いているので、何をしようとしているかくらいは大方予想が付くと思う。だからバレバレだとは思うけど、なるべくバレたくない。告白しているときバレていないと思っていたい。


 元同級生に、あの子はあいつが好きで、ただいま告白中。とか思われながら背後から視線を感じ続けなければならないというのはどう考えても地獄でしかない。居心地が悪すぎる。


「リュシーはフロリアンのことばかり考えているようだけど……。そうなってしまうのもすごく良く分かるけど」


 ムーっと口をへの字にしたアニーが続ける。


「サミュエル殿下のお気持ちは考えているの?」

「サミュエル殿下……」


 アニーにはサミュエル殿下に告白されて、お断りしようとしたところを遮られたとは話していない。


「わたくしとニキアス殿下の婚約が決まったのは、リンネル国の国王からプレタール国の国王に打診があってのことだから、サミュエル殿下はわたくしの行く末をご存知だと思うのだけど……。フロリアンへの告白の結果がどうであっても、わたくしがサミュエル殿下のお気持ちに応えることはできないわ」

「それはそうなのだけど……」


 アタシが自分の気持ちで手いっぱいなようにアニーも自分の気持ちでいっぱいいっぱいなのだろう。アタシの気持ちはフロリアンに一直線だし、同じようにアニーはサミュエルに。だから、サミュエルのことを気に掛けるのは分かる。だけど。


「そんな状態でお断りするのも不敬だと思うの」


 そりゃアタシは前世も今もモテていると思う。だけど、ハーレムが欲しいわけじゃないし、そんなものは手に余る。だからといって、あっさりと切り捨てられないくらいにはサミュエルのことも大事な友達だと思っている。


 アタシの気持ちは十分に伝わっているはずだし、現状でなにかしらアクションを起こすのは違うと思う。結果的にそっとしておくということになる。


 誰かを選ぶということは誰かを選ばないことだ。


 いつかどこかで聞いたか見たかした、そんな言葉が頭を過った。サミュエルのその選択の中でいつか、自分が友達としても選ばれない側に振り分けられたら。それは淋しいことだけど、仕方がないことだ。アタシがサミュエルの望むようにはサミュエルを選ばなかったのだから。縁があれば人生のどこかのタイミングでまた違う形で選んでもらえる日が来るかもしれない。その時は同じ形の縁を望めるといいな、と思う。


 沈黙の中、扉を開く音がやけに大きく響いて、ルネの声にアニーと顔を見合わせてコクンと頷き合う。


「フロリアン様がご到着なさいました」




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