ガールズトーク
「留学したのは、サミュエルに一目ぼれして、サミュエルを自分の物にしようと色々画策している自分が怖くなって……。サミュエルから離れないと、と思ったからなの……」
真実を告げようと決心したのも束の間、既の所で臆病になった。やっぱり死ぬのは怖い……。死亡フラグがぎっしり詰まった学院生活ということ以外、フラグを知らないアタシにとっては尚更。
「じゃあ、サミュエル殿下と一緒に留学する予定ではなかったの?」
「えぇ。出国する日にわたくしが馬車に乗り込もうとしたら、シルとサミュエルが乗っていたの。そこで初めて、サミュエルも留学することを知ったの」
アニーが酸欠で倒れてしまうのではないかと心配になるほどの深いため息を吐いた。そしてボソリと小声で何か言った。
「じゃあ、その時からサミュエル殿下はアニーのことが好きだったんじゃないの……」
「なに? 聞こえなかったわ」
「いいえ。なんでもないわ。だけどリュシー? わたくしから見てリュシーがサミュエル殿下を好きだとはとても思えなかったのだけど。どちらかと言うと、避けようとしているように見えたわ。今もとてもそうは感じられない」
「……それは、サミュエルへの想いを払拭しようとして……」
柔らかな笑顔のアニーの瞳が強い眼光を放ち、真面目な色に変わる。
「それは嘘ね? リュシー。あなたのサミュエル殿下に対する態度は、とても好きな人に対する態度には見えなかったわ。どちらかと言うとフロリアンに対しての態度の方が、好きな人に対する態度だと、留学前から思っていたもの。だから、サミュエル殿下に関するいろんなお願いをできたのよ?」
びっくりした。アニーは自分の欲望のためなら公爵令嬢をもパシリに使う肝の座った女だと思っていた。まさか、そこまで考えてアタシに色々頼んでいたとは思えなかった。
「ちょっと、何よその顔。失礼ね。わたくしだってそのくらいの気は使えるわ。大体、公爵令嬢と闘って、平民のわたくしに勝ち目なんかないじゃない。そんな自分の手の内を晒すようなことしないわよ」
……たぶん、言葉の後半が本音だろう。自分の手の内を晒して、敵に優位に立たれて堪るかといったところだ。それならしっくりくる。そんなアニーがはっきりしていて好きだ。
「話がズレたわね。本当の留学の理由はなんなの? なんかスッキリしないのよね。わたくしには、リュシーがキュレール学院で伸び伸びして楽しそうに過ごしているように見えたし、とても自分の意志で留学するとは思えなかった。公爵家の令嬢ともなると何かあるのかとも思ったけど、シル様に探りを入れてみてもそうではなさそうだし……」
アニーはアタシが留学したあと、留学理由の探りを入れていたらしい。シルの屋敷の使用人に聞いたり、王族の主催する社交会の応援に行ったときに王族の使用人に探りをいれたり……。
ちょっと怖いことするよね……。王族の使用人に留学理由の探りを入れるなんて。目的のためなら手段を選ばない感がマジ怖い。
「王族の使用人に探りを入れるなんて……そんな怖いことよくできたね……」
「あら。平民とはいえ、同級生だもの。『留学なさるなんて、プレタールの次期皇太子はすばらしいですわね。学院でもみんなから尊敬されていますのよ。サミュエル殿下が学院にいらっしゃらないのは、花の開かない庭園のように淋しいですけれど、さぞかし志高く、リンネル国に向かわれたのだと思うと……』って言うと、みなさん、同情して教えてくださいましたよ」
王族の使用人はサミュエルに傾倒している者が多く、サミュエルへの好意を伝えると「私も淋しいです。留学は急に決まったようで、サミュエル殿下が留学してしばらくしてやっと全ての使用人が知ったくらいなのです」とか「なんでもミシェーレ公爵家の令嬢が留学したいとリンネルの叔父に相談したため、公爵家の令嬢の留学が決まり、なし崩しのようにサミュエル殿下も留学することになったようです」とか「公爵家の令嬢のせいで、意に沿わない留学を強いられたサミュエル殿下はお可哀そうです」などと、お通夜の空気になったという。
王宮でもアタシの評判最悪じゃん。それアタシに聞かせるのはなんで? ひどくない? アニーが言わなかったらアタシの耳に入るはずのなかったアタシの悪口だよ?
頬を膨らませて、納得のいかなさを顔に出していると、アニーがまた真剣な眼差しでアタシを見つめてきた。
「だから不思議だったの。わたくしの情報では、リュシーがお貴族様絡みの役割で留学したわけではなさそうだったし。今リュシーに聞いたサミュエル殿下への想いを暴走させないように、という理由も納得いかないもの。ねえ。本当のことを教えてくれない? 思えばわたくしは、リュシーにお願いするばかりで、リュシーの願いを聞いたことはなかったでしょう? だから少しでも力になれたら……」
「その鍵が、留学の動機にあるのだと思うのだけど……」とアニーがボソリと呟いた。
話すか話さざるべきか、考えを巡らせるように視線も巡らせた。そして、再び決心した。
「実はね……」
アタシには前世の記憶があること、前世の物語の中で、アニーの邪魔をする悪役として登場して、アニーの邪魔をしたことで処刑される存在であることを話した。同時に、サミュエルルート以外の死亡フラグは分からないこと、分からないからこそ、死亡フラグが立つ原因であるキュレール学院から逃亡するために、留学を決意したことを話した。
アニーはアタシの話を聞いたあと、しばらくアタシを訝しげな表情で見つめ、何度か頷いた。首を傾げて視線を彷徨わせて、また何度か頷く。……どうやらひどく混乱しているようだ。「信じられない。でも、こんななんの得にもならない嘘つく意味がない。でも訳が分からない」と感じているのが、その行動や視線の動きから、手に取るように分かった。
アニーは意を決したように、定まらなかった視線をアタシに固定して、ゴクリと生唾を呑んだ。
「ひとまず、その、前世の記憶? については分かったわ。だけど、なぜ国外に留学する必要があったの? キュレール学院に通うのをやめるだけで良かったんじゃない?」
「それは、他の死亡フラグが全く分からなかったから、プレタールにいる限りは死亡フラグから逃げられないと思ったの。少なくとも、自分から尻尾を巻いて国外に逃げるなんてこと以前のわたくしならするはずがないことだから、死亡フラグも追ってこないと思って……」
「そうしたら、サミュエル殿下が追ってきたと……」
アニーの言葉にドキリと体ごと飛び跳ねそうになる。アニーの口からサミュエルの名前が出るのは正直心臓に悪い。
アニーが口元に手を充てて、クスクスと笑いながら言った。
「リュシー。そんなに怯えないでよ。さっきも言ったけど、サミュエル殿下がリュシーを好きなことはお見通しよ。リュシーがフロリアンを好きだって分かっているのに、そこを責めるほどわたくしは狭量じゃないわ。それに、次期皇太子だもの。ライバルがいることくらい分かってる。その中でわたくしの身分が一番低いだろうこともね」
「アニー……」
アニーの理解ある言葉にまた涙ぐみそうになる。ただでさえ、思い通りにいかなくてもどかしいのに、アニーとの関係まで切れるなんて絶対いやだ。
「アニー。こんなこと言うの失礼かもしれないかど、わたくしの話通りに事を進めようなんて思わないよね……? 思わないって信じてる!」
ここぞというところで、死への恐怖のあまりアニーを信じ切れない自分が情けない。
アニーが怖い目でギロリと睨んできた。
「なに? わたくしがリュシーを陥れて、あまつさえ処刑に追い詰めてサミュエル殿下を手に入れようと暗躍するかもしれないとでも思っているの?」
見透かされたように、自分のアニーへの信じ切れない気持ちをアニーの口から語られて身がすくむ。思っていないとは言えない。前世のゲームの中でアタシはアニーの邪魔をすることで死に繋がったのだから。アニーの意とは別にしても、物語がそう進まないとは限らない。
アニーがもう何度目か分からないため息を吐いた。
「あのね、リュシーが処刑される大前提に、サミュエル殿下に嫌われているというのがあるじゃない? 現状、サミュエル殿下はリュシーが好きなのよ? 今のサミュエル殿下ならリュシーを守りこそすれ、陥れるような、ましてや処刑だなんて絶対にしないわ。そう思わない?」
アニーの言葉にコクリと頷く。確かに、今のサミュエルがアタシを死に至らしめようとするとは考えられない。
「もっと早く教えてくれたら、そういう風に事を運ぶこともできたけど……」
アニーがアタシに聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いた。……やっぱり怖い。もっと早く教えていたらアタシをどうしたというのか……。
ボソリと呟いた暗い表情を笑顔に変えたアニーが言った。
「冗談よ。少なくとも今のわたくしはそんなことしないわ。それにそのゲームの中でも、わたくしが意図的にリュシーに死が訪れるように動いたわけではなかったのでしょう?」
それはそう。悪役令嬢のアタシが勝手に墓穴を掘って死んだだけだった。アニーはある意味傍観者にすぎなかった。なんなら、アタシが襲い掛かることでアタシを殺すことになった被害者だ。
アタシはまたコクリと頷いた。まっすぐにアニーを見据える。
「ごめんなさい。疑って」
「いいのよ。自分が処刑される姿を見たのでしょう? そんな記憶に囚われていたなら、そんな風に思っても仕方がないもの」
アニーは「これからの話をしましょう」と、話を続けた。
「とにかく、現状リュシーが死ぬようなことはないと思うの。その前世の記憶はこの際、アテにしないわ。曖昧過ぎて、夢物語のようだもの。とりあえず、リュシーはフロリアンとうまくいきたいのよね?」
……アテにしないんだ……。前世の記憶に囚われていたアタシを労ったあとの言葉とはとても思えず、首を傾げそうになったけど、その勢いを利用して、頑張って真っ直ぐに首を下に降ろした。
「頑張るしかないんじゃない?」
「へ?」
重大なアタシの秘密を知ったうえでの、この軽い声援……。ひどすぎる……。
「へ? じゃないわよ。リュシーは自分の目的を果たすために国外に逃亡までしたのでしょう? それこそ両国の王族をも巻き込んで。そんなリュシーが頑張れば平民の一人や二人、手に入れるのは簡単よ」
「……でも、フロリアンの気持ちも分からないし……」
アニーが不快そうにアタシを睨む。
「何? フロリアンの気持ちが自分になかったら諦めてニキアス殿下と結婚した方がいいって? リュシーの想いはその程度なの? 本当に好きなら振り向かせてやる! くらいの気持ちでないとどうするの? わたくしを見て。平民でサミュエル殿下の気持ちが分かり切っているのに、まだ諦めていないのよ。一緒に頑張ろっ」
アニーがアタシの両手を手に取り、ブンブン上下に動かした。
「頑張るってどうやって……?」
「それは分からない」
きっぱりと助言を断るアニーに呆気に取られていると、アニーがまた微笑んで言った。
「リュシーはわたくしがどう頑張ればサミュエル殿下とうまくいくと思う?」
「……分からない」
「でしょう? 答えはそれぞれよ。だからなんとも言えない。だけど、応援はする」
アタシの手を握ったままのアニーの手に力がこもった。
「だから、リュシーもわたくしの応援してね?」
「……えぇ」
「それでね、聞きたかったんだけど!」
そう言って、アニーはサミュエルのリンネルでの様子を事細かに聞いてきた。アタシも答えられる範囲でそれに応じた。
これまでにないほど長い時間アニーに話を聞いてもらえたと思っていたけど、そのアニーの言葉を皮切りにそれ以降は、アニーのサミュエルへの膨らみ続ける気持ちを聞いたり、アタシが知るサミュエルの話をしたりと、ほとんどアニーの話になっていた。
カンタンが午後の作業を始めると呼びに来てフロリアンの家を出る前に小声でアニーが言った。
「リュシーとわたくし、両方が嬉しくなることを考えているのよ。楽しみにしててね」
「え?」とアニーを見ると、アニーは人差し指で口元を押さえた。
留学前よりアニーに振り回されることが多くなる予感がするのは気のせいだろうか……。




