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前世の記憶がショボすぎました。  作者: 福智 菜絵
第二章 悪役令嬢は気付かない
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とにかく帰ろう。


 フロリアンの頬にキスをして「行ってらっしゃい」って見送る夢を見た。


 敵わない夢だからこそ、せめて夢でだけ、と本能が見せる夢なのか。考えても仕方のないことなのに、考えてしまう。どうしても現実にはならないのか、アタシの未来にはフロリアンはいないのか。


 サミュエルに一目ぼれをしたときは、あんなにも手に入れるために頭をフル回転させたのに、フロリアンのこととなると、そんな風にはできない。


 自分の幸せだけを考えて、持てる権力を使ってフロリアンと結婚するのはたぶん可能だ。だけど、そこにフロリアンの気持ちがなければ何の意味もない。


 アタシがフロリアンの頬にキスをすると照れたように笑う。夢で見るようにお互いの気持ちが『好き』で結ばれていないのは絶対にいや。アタシの結婚を祝福してくれるフロリアンがアタシを異性として見ていて、なおかつ結婚相手として見てくれているとは考えにくい。


 自分の中で収まり切らなくなった考えをルネに話してみた。


「ルネはアタシがフロリアンのことを好きなこと、どう思っているのかしら?」


 ルネが困ったように視線を巡らせる。


「……そうですね、難しいと思います」

「難しいとは?」

「心の中でどなたを想うも自由ですが、婚姻となると難しいという意味です。公爵令嬢と平民の婚姻がうまくいくとは思いません」


 ルネの厳しい言葉に心臓が跳ねる。


「……どうしてそう、思うのかしら……?」

「平民と一緒になって、今まで通りの生活ができることはまずないでしょう。ご自身で食事の準備をして、ご自身で片づけ、湯あみの準備など、今わたくしや他の使用人たちがやっていることをお嬢様が全てお一人でするのですよ? できますか? ご自身のことだけではなく、旦那様になられるフロリアン様のお食事の準備、湯あみの準備、お洗濯など、きりがありません」


 それは、できそうな気がする。現世では当たり前に使用人にしてもらっていることだけど、前世のことを考えるとやってやれないことはないはずだ。なにより、フロリアンと一緒にいられるのなら、そんなこと些末なことだ。


「わたくし、フロリアンと一緒にいられるのであれば、そのくらいのことできそうな気がします。むしろ、フロリアン以外の方と一緒になり社交をする方が難しいです。フロリアン以外の方など尽くしたいと思いませんもの」


 ルネが深いため息をついて、困った子供を見るような表情を浮かべた。


「現実はそう甘いものではありませんよ。人の気持ちなど一生続くものではありません。ともすれば、気持ちのなくなった方相手に、尽くし続けることになるのですよ? 政略結婚とはそういった意味でもわたくしは推して図るべきと思います。気持ちがなくなった所で生活は変わらないのですから」


 ルネはたぶん、大人しく政略結婚しておいた方が今までの生活となんら変わりなく過ごせる分、愛情がなくなったところで失うものがそれほどないと言いたいのだと思う。


 自由恋愛が普通だった前世の記憶があるアタシにはその考え方がいまいちよく分からない。恋情は家族愛に変わるだけで、相手にこれまで尽くしていたことができなくなるほど嫌いになるなど想像もできない。少なくとも千尋の両親はそうだった。べたべたした甘ったるい雰囲気こそなかったが、お互いに想い合う夫婦だった。


「では、ルネはその政略結婚の相手としてサミュエルが良いと考えているの? わたくしの両親はニキアスとのことを喜んでいたみたいだけど」

「サミュエル殿下が良い、ニキアス殿下が良いなどということはお嬢様のご両親が考えられることであって、わたくしが考えることではありません。わたくしは一般的な意見として政略結婚を勧めているだけです」


 あと一歩のところで、いつもルネはアタシとの間に線を引く。主従関係があるから仕方のないことなのだろうけど、それが奥歯に物が挟まっているような言いようでアタシはすっきりしない。それに、その言葉は暗に自分に意見を求めず、両親の意見に従えと言っているようなもんだ。


「とにかく、フロリアンとのことは認められないということ?」


 ルネがまたため息を吐いた。


「認められないもなにも、フロリアン様のお気持ちはどうなのですか? わたくしは一般的な意見を申したにすぎません。それをどう受け止め、どのように行動されるかはお嬢様の考えによるものでしょう?」

「では、わたくしがフロリアンを追いかけまわしても良いと?」

「そうは言っておりません。ご自分のお気持ちをどう消化して、どう動くかはお嬢様の問題であって、わたくしが良いとか悪いとか言う筋合いにございません」


 つまり、好きにしろと言っているのだと思うことにした。考えてみれば、ルネの言う通りこれはアタシの問題だ。誰かに指図されるようなものではない。


 「フロリアン様のお気持ちはどうなのですか?」だって? そんなの聞いてみないと分からない。フロリアンの気持ちを考えてごちゃごちゃ考えたって、なんの解決にもならない。いつまで女々しく考え続けるつもりだアタシは。そんな答えがフロリアンの中にしかないことを。


 プツンと何かが吹っ切れた。


 そうだ。アタシは死にたくない一心で国外逃亡まで成功させたんだ。今更何を怖がる。死亡フラグがなんだ。自分の国に帰るのに何を恐れる必要がある。帰ってやろうじゃない。プレタールに。会って聞いてやろうじゃない。フロリアンの気持ちを。


 これがリュシエンヌ・ミシェーレよ。自分の思いのまま突き進むのが。ずっと忘れていたけど、悪役令嬢の資質だってある傍若無人さだ。サミュエルを手中に収めたいと思った時のようには思えない? サミュエルが言ってたじゃない。絵画を好きになったのと同じだと。


 あのときのアタシにサミュエルの気持ちを考えることはなかった。サミュエルの気持ちなんてどうだっていい。とにかく手に入れたい。それだけだった。


 今はこんなにもフロリアンの気持ちが気になる。フロリアンの気持ちを知らないと何もできない。だから知る。それだけのことだ。



 夕飯の席でアタシは叔父に嬉々として伝えた。


「今度の夏休みにはプレタールに一時帰国しようと思いますの」


 叔父は怪訝な表情を向けてきた。それもそのはずだ。アタシが叔父に帰国のことを話すときは、帰れないというのを前提としたものだった。帰ることを前提にした話はしたことがない。


「初めてリンネルの農業の見学に赴いた時に申しましたでしょう? プレタールの農業を目にしたことがないから違いが分からないと。あれから一年半経ちますが、自分の予想の中でこれはプレタールにはないだろうと見当つけて、見学しているのが効率的ではないと思いますの。夏休みを利用することになるので、おそらく三日ほどしかプレタールに滞在できませんが、その後のリンネルでの留学はこれまで以上に有意義になると思いますの」

「そうか……。確かにそのようなことを言っておったな。だが、国を出るにも戻るにも手続きがいるからな。まぁ、夏休みまでには間に合うだろう」


 手続きと言う言葉に嫌な予感が頭を過る。


「手続きとは……?」

「リンネルを出てまた戻るのだから、その許可をリンネルの王に、プレタールの王にも同様の許可を得なければならぬ。そうでないと、国境の門番に通してもらえぬからな」


 出たよ、王族案件。ニキアスにもサミュエルにも内緒で事を進めたかったのに。悪あがきで叔父に聞いてみる。


「サミュエルとニキアスの耳にも入るということですか?」

「それは、両国の王が決めることだから、私が関知することではないな」

「そうですか……」


 静かにアタシと叔父の遣り取りを聞いていた叔父の妻のオリビアが口を開く。


「ふふふ。リュシエンヌは殿方二人には知られたくないことでもおありですの?」

「いえ……そういうわけでは……。ただ、わたくしありきで夏休みの予定……農業の見学や貿易会社の見学があると気を遣わせてしまうでしょうから……」

「でしたら、最初から、夏休みの予定はご一緒できないとお伝えしておいた方が良いのではないのかしら? 夏休みに入り急に帰国したと知らされるよりは予定も立てやすいと思いますよ」


 ぐふっ。おっしゃる通りです。でも……。


「ですが……」


 アタシの言葉は叔父の「それもそうだな。陛下にはそのように伝えておこう」という言葉により黙殺された。オリビアには意味ありげに笑いかけられた。その笑顔に何をどこまで知っているのかと不安が募る。


 実際、社交界に名を轟かせている夫人の耳の早さといったらとんでもないのだ。どこから仕入れてきた? と思うような情報を息するように手に入れてくる。怖いったらない。アタシの恋愛事情は王族が絡むから、人の噂の恰好の餌になるだろうし、本当に怖いのだ。


 フロリアンのことまで知られているとは思いたくない。ルネとパトリックの口から漏れることはミシェーレ公爵家以外にはないはずだけど、サミュエルの使用人から漏れる可能性は否定できない。



 アタシはドキドキハラハラしながらその時を神妙に待った。王子二人の口からアタシの一時帰国を聞かれるのが早いのか、アタシの一時帰国の方が早いのか。


 想定外のところからアタシは自分の一時帰国について語られるのを目にすることになった。いつものようにモリスに連れまわされたあと、ニキアス一家に食事をお呼ばれしたときだった。風邪で臥せっていないサミュエルも一緒だ。


「そういえば、リュシエンヌはこの夏、プレタールに一時帰国するのだったな。どうだ、ニキアスも一緒に連れて行ってやってはもらえぬか?」


 陛下の思いもよらない進言に口がパクパクと音もなく開く。続けて皇后も口を開く。


「まぁ。それは良いお考えですわ。一国の王子たるもの他の国を知らないようでは言葉に信憑性が欠けますもの」


 当初、ニキアス一家の夕食に招かれたときは、アタシの頭のてっぺんからつま先まで品定めでもするかのように睨みを聞かせていた皇后も最近はすっかりと好意的に接してくれるようになっていた。嬉しい反面、怖くもある。皇后の考えがどう変わって、どこに着地したのか。


「そうですね。私も他の国を見てみたいと思っていたところです」


 きれいな言葉使いで陛下と皇后に賛同するニキアスの顔が悪だくみしているように見えるのは気のせいだろうか。


「ですが、プレタールなど、リンネルより百年は知識や技術に遅れをとっていますわ。往復で一月はかかりますし、滞在期間も三日も取れれば良いところです。リンネルの方がそうまでしてプレタールに赴いても得られるものは少ないと存じます」

「何を言っておる。リュシエンヌが一時帰国することを聞いて、モリスも同行したがったのだぞ。リュシエンヌの奇想天外な考えはプレタールにあるに違いないと言ってな」


 さすがに、モリスに一か月以上城を空けられては困ると、モリスの同行は却下してくれたらしい。だけど、なぜニキアスが……。モリスのようにアタシの思い付きに傾倒しているとはとても思えない。プレタールに旅行したことが言葉に信憑性を持たせる一助になるとも到底思えない。


「ニキアス殿下が訪問するにしても、プレタールではなく、もっと国交の盛んな国を見て回られた方が箔がつくと思います。プレタールは本当に何もないところですし、初対面のときにニキアス殿下がおっしゃったように、小さな国ですから」


 まだ覚えていたのかと言わんばかりに、ニキアスが眉を寄せる。ふと見ると陛下も眉を寄せて憤りの表情になっていた。


「ニキアス、初対面の他国の令嬢になんたる失礼を! 国外の者を受け入れるというのは国交の一つであり、今後の重要な取引に関わってくることもあると申したであろう」

「申し訳ありません、陛下。しかしながら、あの時はあの時で色々とあったのです。その言葉だけを取り上げるとあんまりな言いように聞こえるかもしれませんが、会話がそれだけで終わったわけではありません。ですから今は仲良く友人関係を築いているでしょう? なぁ、リュシエンヌ?」

「は、はい……。確かに、その言葉の前後には色々としたやりとりがあってですね……。仲良くなるためにお互いを知るよい機会となりました」


 ニキアスが睨みを効かせてきたから、屈したわけではない。その前後のアタシの言葉を明るみに出されるとアタシが困るからだ。モテない、とか、エスコートもできない、とか、人ならざる者、とか。


「そうですね。我々三人、同級生として本当に仲良くしております。僕もリンネルに来て、随分と新しい学びを得ました。何にもないところではありますが、ニキアスもプレタールに来て何も得られないということもないでしょう。この夏は三人でプレタールに行こうではありませんか」


 え? ちょっと待って! 二人で行くのを阻止したはずが、何で三人になってるの? 状況が悪化してんだけど!!


「そうするが良い。プレタールの国王も、ミシェーレ公爵も子の帰りを喜ぶであろう。せっかくの一時帰国だ。夏休みいっぱいはプレタールで過ごすが良い。ニキアスの滞在先の準備は頼めるか? サミュエル」

「えぇ。もちろんです」


 サミュエルのふんわりとした笑顔で三人での帰国が決まってしまった。また、アタシの予定がアタシの予定とは違う方向に傾いたことに項垂れるしかなかった。


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