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前世の記憶がショボすぎました。  作者: 福智 菜絵
第二章 悪役令嬢は気付かない
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風邪っぴき2


 アタシは今、城の応接間にいる。目の前には見事な宮廷料理。アタシの斜め前には陛下夫人。つまり皇后。上座には陛下。アタシの隣にはニキアスがいた。


 なんだ、これ。なんでアタシ、王族の食事の席に着いてんの?


 会話の中で、ニキアスの兄二人と姉一人は既に所帯を持っており、それぞれの屋敷に住んでいるという。正式に皇太子になった者が、城へと居を移すことになるそうだ。


まだ公にはできないが、皇太子は第一王子の予定のため、ニキアスはアタシの叔父のように友好国に婿入りして外交を任せたいと思っていると、陛下がチラチラとアタシを見ながら言う。


 斜め前に座る皇后は穏やかな笑みの奥の、全然穏やかではない鋭い瞳で値踏みするようにアタシから目を離さない。


 なんだ、これ。……もしかしてこれが、サミュエルが言っていた周りを固められるというヤツでは?


 誰からも見えないようにニキアスに合図を送るため、後でこれ以上ないほどの謝罪をすることを覚悟して、ニキアスの足を蹴った。酷く驚いた顔でニキアスがアタシを見る。


 後で謝るから許して! 悠長に食事してないで今はとりあえずこの状況をなんとかして! と目だけで訴える。陛下と皇后から変に思われないように口元だけには笑みを浮かべておく。


 ニキアスにアタシの思いが通じたのか、一つ頷いて口を開いた。


「父上、そのような内政のことを聞かされて、リュシエンヌが戸惑っておりますよ」


 得意気な顔でニキアスがアタシの顔を見る。それもそうだけど、そこじゃない。きっぱりはっきり「リュシエンヌとの結婚など考えられません」と言って! とまた目で訴えるが首を傾げるだけだ。


 ダメだ……。全然伝わっていない……。


「おぉ。二人は随分と仲が良いのだな。ニキアスがリュシエンヌのことを気遣っておる」


 なにをどう判断して仲良し判定が出たか分からないが、陛下が嬉しそうな顔でアタシとニキアスを交互に見る。皇后もにこやかな笑顔で厳しい目力を隠したまま言う。


「えぇ。そうですわね、陛下。先程から二人、目と目で会話しているようです」


 違う! そういうんじゃない! 見てたならちゃんと見てて! どこにそんな甘い雰囲気が漂っていた? どちらかというと殺伐としていたでしょ!?


「おう、皇后も気付いておったか? なんとも微笑ましいの。心細いリュシエンヌがニキアスを頼りにして縋るように甘えて。これは将来が楽しみだ」


 何が? 何を楽しみしているというの? ここ怖い! 早く帰りたい……。


 食事を終えたらさっさと帰ろうと心に誓っていると、陛下から悲しいお知らせをされた。


「そうだ、リュシエンヌ。部屋を用意したから泊まっていくが良い。エマニュエル公爵には既にそう伝えてある」

「……陛下、お気持ちは嬉しいのですが、嫁入り前の娘が外泊などはしたないと存じます。本日はお気持ちだけ頂戴して帰路につきたいと存じます」

「リュシエンヌ。陛下がこうおっしゃっているのに、お断りなさるのですか?」


 アタシの断り文句にすかさず皇后から待ったがかかった。その瞳の奥の鋭い眼光はアタシを婚約者候補からどうやって引きずりおろすかの算段を付けるためではないのか。


「まぁまぁ皇后、リュシエンヌの言葉も一理ある。しかしリュシエンヌ。我らは親族である。親族の屋敷に滞在するのに外聞を気にする必要もあるまい。安心して泊まって行くがよい」

「……は、はい。ありがたく存じます」


 城にお泊りすることになり、意気消沈しながらだらだらと食事をしていると弾んだ声でニキアスが声をかけてきた。


「そうだ、リュシエンヌ。城にも屋上庭園があるのだ。食事が終わったら案内するぞ」


 初めて友達が家に泊まりに来た子供のように嬉しそうなニキアスには悪いが、そんな元気はない。


「ニキアス殿下、屋上庭園はとても心惹かれるのですが、今日は看病で疲れてしまって……」

「そうか……。サミュエルも随分と回復に向かっていると聞いた。精力的に働いてくれたのだな。よし分かった。ゆっくりと休むとよい。……なぜ、いつものようにニキアスと呼ばないのだ?」


 「貴方の両親の前だからですよ。ここはオフィシャルな場でしょう」と言ってやりたいが、そんな言葉、当人たちを前にして言えるわけもなく、笑ってごまかした。


「ほう。二人はもうそのように呼び合う仲なのか。これは素晴らしい」


 そう言った陛下はとても満足気だ。あらゆるルートを避けたくて自国を離れてまで回避したのに、別のルートが着々と出来上がっていくようで落ち着かない。


 お泊りさせていただくのだから、明朝サミュエルの様子を窺ってから帰ると伝えると、陛下にはリュシエンヌはニキアスよりサミュエルの方が大事なのかと問われ、ニキアスも不満げに眉をしかめる。皇后はその様子をじっと窺っている。


 サミュエルもニキアスも大事な友達で優劣などないと伝えた結果、その証明のために食後ニキアスと屋上庭園に行くことになった。



 城の屋上庭園は叔父の屋敷よりも随分と広く、外灯も多くあった。率直にいって城の方が華やかだ。だけどアタシは叔父の屋敷の屋上庭園の方が好きだ。外灯もほんのりとしていて、花も夜空も両方楽しめるようになっている。


 ここは、外灯が煌々と明るすぎて、花を見るには中途半端な明かりで、夜空を見るには邪魔だ。お互いの表情が良く見えるから、デートなら丁度良いのかもしれない。


「素敵な屋上庭園ですね」

「そうだろう? 先日エマニュエル公爵家で星空観賞会をするまで忘れておったのだが、ここもなかなか美しいとは思わないか?」

「忘れていたのですか? こんな素敵な屋上庭園ですのに」


 嘘ではない。夜だと華やかすぎて自然を愛でるには中途半端に感じるだけで、昼間のこの庭園は素晴らしいに違いないと思う。


「あぁ。俺に花や星を愛でる趣味があると思うか?」

「……思いませんね」


 ニキアスは楽しそうに満面の笑みを見せる。いつもよりウキウキしているようにも見えた。


「そうだろう? だが、リュシエンヌがあの屋上庭園を気に入っているのなら、ここも気に入るかもしれないと思ったのだ」

「それで案内を?」


 ニキアスがアタシを見つめながらコクンと頷いた。この屋上庭園に入ってからすごく見られている気がする。城内よりは暗いため仕方ないのかもしれないが落ち着かない。


 背後のパトリックに助けを求めたいが、何から救ってほしいのか伝えようもない。なんとなくの違和感でしかない。


 見つめられたまま沈黙が流れる。


 沈黙を破ったのはアタシだ。耐えられない。「あの花はどちらのものですか?」と言いながら、ニキアスの視線から逃れるように、その花に向かって歩く。ニキアスもそれに合わせて説明をしながら付いてくる。その花に手を伸ばして花の香を嗅ごうとした。


「危ない! 触るな!」


 ニキアスの腕が花に伸びるアタシの腕を捕まえた。急に距離が近くなったことに驚いたアタシはニキアスの顔を見ながら目をパチクリとさせる。何が起きたというのか。


 ニキアスはアタシの視線に気付き、視線が交わる。そして、そのまま離さない。固まったように視線を外せない。ニキアスがアタシの頬に手を触れた。


「あの花には毒があるのだ。慌ててしまってすまない」

「そう……なの……ですか……」


 というか、この頬にあてられた手はなんなのだろうか。家族以外に頬に触れられたことなんかない。すごく戸惑うんですけど……。早く放してくれないのか。そしてパトリックは止めてはくれないのか。体の護衛だ。出番ではないか。


 ここにこの状況を止めてくれる者はいないと察したアタシは、自分で逃げることにした。


「ご心配いただきありがとうございます。……そろそろ休みますわ。その、サミュエルの風邪をもらっていたら事ですし……」


 そう言って、すっと顔をニキアスの手から逸らして踵を返す。が、ニキアスにまた腕を掴まれる。


「そうなったら、リュシエンヌが看病してくれるのであろう?」


 先ほどのニキアス一家との会話を考える限り、サミュエルとニキアスの間に公平さを示さないといけないらしい。ニキアスが風邪をひいて呼ばれてしまえば断ることはできないだろう。だけど……。


「わたくしとニキアスとサミュエルは学院でもずっと一緒にいるではありませんか。それでは、わたくしたち三人の間でずっと風邪のうつしあいをすることになってしまいますわ」

「……では、俺が風邪ひいても看病はしてくれないと?」

「……そういうことを申しているわけではありません。風邪のうつしあいは建設的ではありません。わたくしも風邪がうつらないように自愛に努めたいというお話です」

「……俺の看病は……?」

「し、します! 呼ばれれば看病に伺いますわ」


 子供のように、自分の求める返事を聞くまで離してくれないニキアスに根負けだ。どうせ、呼ばれれば来る以外の選択肢なんてない。


「では、そのときは必ず呼ぶとしよう。本当は呼ばなくても来てほしいがな。俺がリュシエンヌの見舞いに行ったように、自発的に」


 アタシは風邪の時のあんな姿異性に見られたくないけど、男性は違うのか。それでなくても体が怠いからアクションはトイレくらいに止めておきたいくらいだけど、これも体力の差なのか。


「まぁ。淑女たるもの呼ばれてもいないのに殿方の屋敷に伺うなどできませんわ」

「リュシエンヌが淑女を語るのか」


 目を見開き驚いた表情のニキアスに色々言いたいことはあるが、とりあえず部屋に戻りたいので控えておく。本当に疲れたのだ。


「淑女ですわよ。これでもわたくし公爵家の息女なのですから。さぁ。ニキアスもそろそろ休みましょう。わたくしももう本当に疲れてしまって、ベッドが恋しいのです」

「そうだな。そろそろ休もう。ご苦労であったな」


 そう言って、ニキアスはアタシの頭を撫でた。今日のニキアスはなんか距離が近い。貴族は普通こんな風に異性に触れない。マナー違反だからだ。それを知らないニキアスではないはず。もしかして、風邪気味で心細くなっているのかもしれない。やはり早急に寝ないと。


 やっと陛下に用意してもらった客間に通されたアタシは、陛下が用意してくれたメイドによって湯あみをしてもらい、寝台に入ることができた。心も体も疲弊しきっていたアタシは、枕が変わっては眠れないとか、ベッドがいつもより柔らかくて寝付けないとか、そんな繊細さは全くなく、ものの数秒で眠りについた。



 翌日サミュエルを訪ねると、嫌そうな顔のサミュエルの口に使用人が肉料理を入れようとしているところだった。なんてことだと使用人を問い詰めると、吐いていないため体内の毒素が排出されていない。風邪が治らないと言う。たかが風邪でそんな荒療治をするなんて信じられない。


 サミュエルが回復していて肉料理を望んでいるのならまだしも、だ。嫌そうな顔を見れば一目瞭然だが、一応サミュエルに確認する。やはり食欲はないという。急いでパン粥を準備してもらった。


 アタシはこれで帰るが、食事についてはサミュエルの意向を確認して準備するように伝えておく。その様子を見ていたサミュエルがホッとしたように胸を撫でおろしていた。


「サミュエル、調子はいかがですか?」

「えぇ。昨日より随分と良いです。リュシエンヌの看病のおかげですね」

「そう言っていただけると看病した甲斐があります。どうぞお大事になさってください」


 帰ろうと踵を返すと、サミュエルに服を引っ張られた。迷子の子犬顔になっている。


「もうお帰りになるのですか……?」

「わたくしの看病法は既にサミュエルの使用人に伝えてありますから」

「ですが……」

「心細いのですか……?」

「そういうわけでは……」


 「では」と帰ろうとすると、またサミュエルに服を引っ張られ止められてしまう。結局、夕方までサミュエルの自室で過ごすことになった……。


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