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前世の記憶がショボすぎました。  作者: 福智 菜絵
第二章 悪役令嬢は気付かない
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領地訪問


 叔父に勉強になるからと領地の案内をされた。アタシが建て前として送った手紙の内容である、農業の課外授業みたいなものらしい。なぜかサミュエルとニキアスも同行している。


 サミュエルはどこから聞きつけたのか、自分もアタシと同じ留学生だから、アタシが領地に訪問するなら自分も行くのは当然だと言い張った。ニキアスは、叔父が他国の者の領地訪問の許可をもらいにいったことで陛下から耳に入り、王子として国の内情を肌で感じることも必要だともっともなことを言った。


 馬車の中にいるときから気分は憂鬱だった。パトリックは馬車の外で護衛し、アタシの隣には叔父、目の前にはニキアス、その隣にサミュエルが座っていた。息苦しいったらない。


 叔父はアタシとニキアスとサミュエルを交互に見て、誇らしげな笑みを浮かべている。ボソッと「私の姪は人気者だな」と言ったのが聞こえたが、それは気のせいだ。


 ニキアスは国の内情を知るのは王族の義務と言っていたし、サミュエルは同じ留学生としての実りが公爵家のアタシに先んじられては、王族として留学に来ているのに立つ瀬がないと言っていたのだ。


 学院の授業だけで充分なのに、叔父がリンネルについてとことん教えてやると奮起している。叔父がリンネルに来て、その技術の進歩に驚いたことをアタシに伝えるのは、留学を取り持った叔父の義務らしい。


 リンネルは農業も発達しているが、医術も発達しているらしい。陛下からの許可も得たので、ぜひプレタールに持ち帰って自分の故郷を豊かにしてほしいと言った。まずは農村の見学からだと鼻息荒く言う。


 馬車から下りて辺りをぐるりと見回す。見渡す限り緑の絨毯が広がっている。その鮮やかな緑に目を奪われて立ち尽くしていると、農民が叔父に挨拶をしているのが視界に入った。叔父と農民はわりとフランクに話しており、領主として慕われているのだろうと推測できた。


 叔父と農民の会話が終わると、アタシにも挨拶に来てくれ、畑を案内してくれた。自国と他国の王子がいると分かれば農民が委縮してしまうので、サミュエルとニキアスの素性については内緒だ。アタシは領主の姪と挨拶して、二人の王子はその友達と名乗った。


 プレタールもそうだが、リンネルでも報道という概念はないようで他国はもちろん、自国の王族や要人の顔が農民にまで知れ渡ることはないようだった。



「どうだ? プレタールとは違うか?」

「わたくし、学院の平民たちから聞いただけで、実際の所は見たことがないのです。ですが、このビニールハウスはプレタールにはないと聞いております」


 そう言うと叔父が嬉々として教えてくれた。ビニールハウスだけではなく、肥料もプレタールとは違うそうだ。プレタールでは排泄物を肥料とするのが一般的だが、リンネルでは植物や油かす、草木灰、魚粉などを材料とした肥料もあり、種類が多いことで育てる野菜ごとに使い分けができるそうだ。


 また、水はけを良くするために、畑の周囲に溝を掘ったり、その溝への排水がよくなるように傾斜をつけたり、吸水性がよくなるように、根が深く伸びる植物を植えたりしている。落ち葉やもみ殻を土に混ぜるのも排水性や通気性をよくするために良策だという。


 この情報はフロリアンにとって有益に違いない。


 フロリアンの役に立てると思うと、とたんにやる気がみなぎって来た。


 いっぱい教えてもらって、フロリアンに会いに行こう。きっと、すごく喜んでくれる。


 ニマニマしていると怪訝な面持ちでサミュエルが覗き込んできた。


「なんだか嬉しそうですね?」

「えぇ。だって、ここで得た知識をプレタールで広めることができれば、きっとフロリアンも楽になりますもの」

「……フロリアンの役に立てることが嬉しいのですか?」

「えぇ。ビニールハウスの話をしたとき、お役に立てると思っていたのに、そうはならなかったでしょう? 汚名返上になりますわ」

「フロリアンとは誰のことだ?」


 ニキアスがサミュエルとの会話に割って入り、フロリアンについて尋ねてきた。平民の同級生で友人の一人と説明すると、不可解そうな視線を向けてきた。


「平民なんかと仲良くしているのか?」


 平民に案内してもらっている場所での発言とは思えない。ニキアスは根っからの箱入り王子様なのだ。農民をチラリと盗み見すると、切なさに満ちた表情で肩を落としている。この空気をどうにかしてくれと叔父を探すと、少し離れたところで他の農民と畑を見ながら何か話し込んでいる。


 次にサミュエルを視線で捕らえると、失言したニキアスを見て呆然としていた。アタシの視線に気づき、ハッとして朗らかな笑みを農民に向けた。


「我々が口にする食材のほとんどが平民によって作られていますので、いつも感謝しているのですよ」


 サミュエルがニキアスに空気を読めと言わんばかりに視線を向ける。その視線に気づいたニキアスが慌てて言った。


「そ、そうだな。食卓に並ぶ料理しか目にしないものだから、なかなか意識することはないが、この地で勤しんでくれる農民によって我々は生かされているのだな。礼を言う」


 ニキアスが農民に視線を投げると、農民は目尻は下げたまま、口元にだけ笑みを浮かべ「もったいないお言葉です」と恭しく頭を下げた。


 うん。ニキアスの相手はサミュエルに任せておこう。


 しばらく二人の遣り取りをぼーっと見ていたアタシは、二人から距離をとり、叔父の傍に寄った。叔父は随分と足繁く農村に訪れているようで、何を聞いても即座に返答してくれた。他国からの婿入りとはいえ、農民との距離がこんなにも近く感じられるのは、叔父の人柄と親交を深めた努力の結果だろう。


 帰りには農民がとれたての野菜を分けてくれた。新鮮な野菜とそうでない野菜の味の違いがアタシに分かるかは謎だけど、その心遣いが嬉しかった。フロリアンなら味の違いも分かるだろうし、もしかしたら肥料の違いによる味の違いもあるかもしれない。


 フロリアンにも食べさせてあげたい。



「今日はこの野菜を使った料理を我が家でごちそういたしましょう。ニキアス殿下、サミュエル殿下。ご予定はよろしいでしょうか?」

「あぁ。馳走になろう」

「はい。喜んでご相伴にあずかりたいと思います」


 ニキアスは当然だと言わんばかりに満足そうに頷いて、サミュエルは子供みたいな笑顔でそれは嬉しそうに笑った。アタシは余計なことを、と叔父に強めの視線を送った。リンネルに来てから、フロリアンたちやシルと接するような気楽な時間を過ごせていない。


 強いて言えばルネといるときがそうだけど、他国の者にプレタールの公爵家は恥知らずだと思われぬように、と一段と小言が多くなったのだ。自分の主であるアタシを恥知らず呼ばわりなのもいただけない。


 夕食は、子供は子供同士の方が良いだろうと叔父の謎の気遣いにより、サミュエルとニキアスの三人で摂ることになった。自分が誘ったのだから、同席するべきではないだろうか。


 ニキアスが上座に座り、アタシとサミュエルは向かい合って座った。


「リュシエンヌ。先程の話だが、なぜ平民と仲良くしようと思ったのだ?」

「せっかく学院で色々な身分の方との交流が持てるのですもの。その機会を活かしたいと思っただけですわ」


 サミュエル回避のための手段の一つだとは口が裂けても言えない。


「そうは言ってもリュシエンヌはミシェーレ公爵家の一人娘ではないか。貴族との交流はおろそかにしたのか?」

「そんなことは……」

「そう言えば、他の貴族のことを魑魅魍魎モンスターだとおっしゃっていたような……」


 サミュエルがニッコリと微笑みながら、とんでもないことを言う。TPOを弁えてほしい。それに、それはフロリアンに言ったのであって、サミュエルに言った覚えはない。聞こえていたのだろうか。


 唖然とサミュエルを見つめていたら、目で何か合図を送っているようだった。意図が読み取れず首を傾げていると、ティーカップで口を隠して「こ・ん・や・く」と無声音で言った。


 そうか。嫌な女アピールのために本性を出せということか。本性が嫌な女扱いなのは少しモヤッとするが、その可能性については心当たりがある。


「魑魅魍魎モンスターだと? なんだ、その言い回しは。興味深いな」

「魑魅魍魎モンスターをご存じないのですか?」

「なに? プレタールでは当たり前に使われている言葉なのか?」

「いえ。私はリュシエンヌにお会いして初めて耳にしました」


 アタシの本性に付き合うことで自分の価値を落としたくないのか、サミュエルがニキアスの言葉に慌てて訂正をいれる。リンネルとプレタールは友好国でありながら、国力の差が激しいらしい。


「魑魅魍魎モンスターとは、他人の家柄を妬んで蹴落とそうとする方々や、その地位を取り込もうと愛想を振りまく方々のことですわ。ニキアス殿下ほどになると、そういう輩も寄ってはこないかとは思いますが」


 ふふん、と楽しそうにニキアスが笑う。


「その表現はなかなか面白いな。魑魅魍魎とした有象無象は人に非ずということか。ははは。リュシエンヌは何かと人ならざる者を作るのが好きなようだな」

「作っているのではありません。わたくしにはそういう心根が見えるのです。人ならざる者もまた然りです」


 『人ならざる者』という言葉にサミュエルがビクッと肩を震わせたのが分かった。聞かなかったことにしたはずなのに、目の前で普通に話されてしまえばそうはできない。かわいそうに。


「サミュエル殿下、人ならざる者を知っているか?」

「いえ。初めて耳にする言葉かと……」


 うわっ。サミュエルはさすがだ。先手を打ってきた。でもなぜ、聞かなかったことにしたいのか。いまだ意味が分からない。うまいこと胡麻化したとちゃんと伝えたのに。


 ニキアスが楽しそうにアタシと人ならざる者のお祓いをしたことを語った。サミュエルは目を見開いて、おずおずと言った。


「その、一国の王子に跪かせるなど……我が国の令嬢が失礼をいたしました」

「あら、サミュエル。失礼も何も、あれはお祓いをするための儀式です。食事をする前に祈りを唱えるのとなんら変わりはありませんのよ。わたくしのおかげで高貴なリンネル国の城を守れたのです。ねぇ、ニキアス殿下?」

「あぁ。だがしかし、我が城を守るためにリュシエンヌに人ならざる者の欠片が入ってしまったのは悪いことをしたな」


 ニキアスはクックックと含みのある笑い声をあげた。


 どうやらサミュエルはニキアスを跪かせたことを気に病んでおり、ニキアスはお祓いができて良かったと喜んでいるようだった。ニキアスが喜んでいるのだから結果オーライだ。


「欠片が入ったとはどういうことですか?」

「あぁ。リュシエンヌがお祓いしたときに、人ならざる者が置き土産に自身の欠片をリュシエンヌの中に置いて行ったらしい」

「えっ? リュシエンヌ。大丈夫なのですか?」


 ……え? サミュエルも信じたの? 人ならざる者とか、その欠片とか。……嘘でしょ?


 アタシが驚きのあまり絶句していると、ニキアスが楽しそうに笑いながら続けた。


「リュシエンヌはそのせいで、甘すぎるものを受け付けなくなったそうだ。城で出したパイも食べれなくてな。悪いことをした」


 ニキアスは悪いとは露ほども思っていないような笑顔でアタシを見た。一応アタシも笑顔を返しておく。


「リュシエンヌは辛党で、甘すぎるものはあまり得意ではないと聞いておりますが」

「えぇ。欠片が入ったから! その後の話よね! サミュエル!」


 余計なことを言うな、と目だけで訴えると、サミュエルはおののき静かにコクコクと頷いた。


 それからは王子二人が話しているのを適当に相槌を打っていると、気付けば今度三人でアーチェリーとかゴルフとかの遊びをすることになっていた。


 サミュエルを敬称なく呼んでいることに気付いたニキアスは、自分のことを呼ぶときも敬称なしで呼ぶようにと言ってきた。婚約者候補なのだからと。それに対し、サミュエルが自国の王子と他国の王子では親交の度合いも立場も違うため、敬称なしでの呼び方は相応しくないとやんわり否定した。


 しかし、きれいな言葉でオブラートに包んだ話し方をするサミュエルが、本音むき出しの言葉を吐くニキアスに口で勝てるはずもなく、三人みな平等に敬称なしで呼び合うことで話はまとまった。


 ニキアスは学院に親しい友人がいなくて淋しいのかもしれない。


 平民と仲良くなって、愛称で呼んでもらっているアタシにとって名前の呼び方なんてどうでもいい。それにサミュエルに敬称なしで呼ぶことを強いられたアタシだ。上の者がそう言うのなら敬称なしで呼ぶ次第だ。何をそんなに言い争っているのか意味も分からないし心底どうでもいい。


 そう思っているのがサミュエルに見透かされていたようで、帰り際にこっそりと教えてくれた。


「リュシエンヌだけがニキアス殿下を敬称なしで呼ぶと、ニキアス殿下の婚約者だと噂されて周りから固められてしまいますよ」


 なるほど。サミュエルはアタシが自国に帰りたいと思っている気持ちを汲んで、取り計らってくれていたようだ。


 迷子の子犬のようなサミュエルが印象深いアタシだけど、一国の第一王子として社交を鍛えられているのだろう。頼もしい。逃げようとしているのに寄って来てウザイと思っていて悪かったと、心の中でこっそりと謝罪しておいた。



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