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前世の記憶がショボすぎました。  作者: 福智 菜絵
第二章 悪役令嬢は気付かない
21/57

婚約者候補ですか……


 ニキアスと離れることができてホッとして馬車に乗り込むと、既に叔父が乗車していて、ニキアスとの会話を興味深そうに事細かに聞いてきた。


 一言も漏れなく報告するように言われたので従順に従い、一から十まで事細かに話した。楽し気にニタニタしていたかと思えば、青ざめてみたりとお顔が忙しそうだった。


 屋敷に着いて、叔父の尋問からも解放されホッとした。お茶でも飲もうと居間に入ると、ソファーに座り、ゆったりとお茶を飲んでいたサミュエルが、にこやかな笑顔でアタシを出迎えた。


 王子(ニキアス)と別れて王子(サミュエル)と会うとは今日は厄日かもしれない。うまくこなせている自信はないが、上の者と関わるのは疲弊の素だ。


 サミュエルによると夕飯を共にするらしい。本来なら城で準備がされているはずなのに、叔父の屋敷が王族の別邸扱いだからアリなのだそうだ。以前叔父と会ったときに「知り合いのいない城での生活は淋しいだろうから、いつでも遊びにいらしてください」と言われたと嬉しそうにサミュエルが言った。


 夕飯の席が整うまでは、ここで二人で過ごすらしい。正確には使用人もいるが、話し相手はアタシしかいないので二人きりみたいなものだ。


 サミュエルの顔を見て、はぁーと思わずため息をついてしまった。サミュエルが悲しそうな表情を浮かべる。


「僕はお邪魔でしたか?」

「いえ。そうではなくて、ニキアス殿下と話していたものですから、すごく疲れてしまって」

「なにかあったのですか?」

「……わたくしって、もしかして失言が多い方なのでしょうか?」


 ポカンとした顔でサミュエルが言う。


「……いま気付かれたのですか?」

「……いえ。ダニエルの件で嫌というほど理解はしました」

「……ニキアス殿下に何をおっしゃったのですか?」

「……それはなかったことになったので良いのです」

「なかったこととは?」


 しつこく聞くサミュエルに抵抗する元気もないアタシは、人ならざる者のせいにすることに成功したから、問題ないと答えた。


 サミュエルは開いた口が塞がらないように、ポカンと口を開けたままだ。気持ちを切り替えるようにごくりと喉を鳴らした。


「一国の王子を床に跪かせたのですか?」

「えぇ。そうした方が信憑性も増すでしょう?」


 サミュエルの返事がないので、視線を上げてみると表情が固まり、言葉を失っているようだ。


「サミュエル?」

「あ、あぁ」


 アタシの言葉に息を吹き返したように、視線を合わせた。


「い、いえ。……聞かなかったことにしておきます」

「……そうですか?」


 サミュエルも叔父と同じように、他にはどんな会話をしたのかと聞きたがるので、一部始終を答えておいた。


「一国の王子にモテない……と」

「それについては、あとで格好いいと散々褒めておきましたから問題ないでしょう」


「……これからが思いやられますね……」


 ボソリとサミュエルが呟いたような気がした。



*** 



「先日は城でもてなしてやったからな」


 約束もなく屋敷にやって来たニキアスが鼻息荒くそう言った。その後ろに扉の前で控えていたパトリックが、ニキアスを止めようとしているのが見えた。


 アタシが居間でお茶しているところに乱入してきたのだ。この王子はサミュエルとは違って武骨者らしい。この状況はどう考えてもニキアスに非がある。使用人たちも突然の王子襲来に慌てふためいている。

 

 第一にここは叔父の屋敷であって、アタシは仮住まいしている身だ。一言言っておかないと二度目があるかもしれない。


 アタシは口にあてていたティーカップをテーブルに置くと、わざとらしくため息をついた。


「確かお約束はしていなかったと記憶しておりますが……」

「ふんっ。俺は一国の王子だぞ。なぜ約束など必要なのだ?」


 今までもこんな風に人の家に乱入していたのだろうか。マナーが悪すぎる。


「ニキアス殿下は、わたくしに御用があっていらしたのですか?」

「そういうわけではないが、プレタールの菓子を食べてやってもいいと思っただけだ」

「では、たとえわたくしが不在であったとしても問題なかったと?」

「うぐっ」


 悔しそうに下唇を噛み締めているニキアスに更にたたみかける。ここで言い含めておかないと、今後ニキアスに振り回される未来しか見えない。


「わたくしが不在でも構わないとしても、現状わたくしは叔父の屋敷にお世話になっている立場です。つまり責任者は叔父になるのです。約束もなく一国の王子が訪問して、満足にもてなすこともできなかったとなれば叔父はとても困るとは思いませんか?」


 ニキアスが下唇を噛んだまま、ギュッと拳を握るのが見えた。


「……俺が来たのは迷惑だったとでも言いたいのか」

「そうは申しておりません。何事にも準備が必要です。一国の王子として下々の者への配慮について、もう少しお考えいただきたいと申しているだけです。ほら、ご覧になってください」


 アタシはそう言って、あたふたして行動しあぐねる使用人たちに視線を投げた。ニキアスもそれに倣って視線を使用人に移す。


 ニキアスは気まずそうに口を開いた。


「その、すまなかった」

「謝っていただく必要はございません。ただ、今後は先触れを出していただきたいのです」


 今後なんてないことを期待しながら、そう窘める。


「承知した。善処する。……今日は帰った方が良いか?」


 そう言ったニキアスの目が、心なしか縋るように見えて、かわいそうになり、使用人に視線で合図すると使用人たちはコクリと頷いた。


 応接間の準備ができるまでソファーに掛けるよう促すと、ドスンと勢いよく座った。一瞬前に見せたあの淋しそうな表情はなんだったのか。すでに得意気にアタシを見下ろしている。


「プレタールの菓子が洗練されているとは思えないが、たまには田舎者が口にする菓子も良いかと思ってな」


 ニキアスは思い立ったら即行動派のようだ。その本領を発揮するのはアタシ以外に、であってほしい。


「ニキアス殿下のお口には合わないかもしれませんが、わたくしには馴染みがあり、とてもおいしく感じます」

「ほぅ。甘いものは苦手と言っておったがプレタールの菓子なら口にあうのか?」

「えぇ。あのパイと比べると少々甘味が足りないと思われるかもしれませんが、わたくしには丁度良い甘さなのです」


 使用人がお茶の準備ができたと知らせに来て、ニキアスとアタシとパトリックで応接間に移動する。ニキアスがアタシの後ろを付いてくるパトリックをチラリと見て怪訝な顔でアタシを見た。


「先日城に来た時には、この護衛はいなかったと思うが」

「えぇ。パトリックはプレタールから同行してもらった護衛で、つい先日までリンネル国の情勢に沿った護衛の訓練をしておりましたの」


 パトリックに掌を向けて紹介すると、パトリックはニキアスに向かって一礼した。ニキアスは納得したように頷いた。更に廊下を進み、応接間に辿り着く。パトリックは応接間の確認をしたあと、アタシとニキアスを部屋の中へ通して、アタシの背後についた。


 ルネが給仕してくれて、アタシとニキアスの前にバウムクーヘンと紅茶が並ぶ。シロップ塗れのパイでは層も何もあったものでないだろう。ニキアスは、何重もの層になっているバウムクーヘンの美しさにため息をもらしている。パクリと一口口に入れた。


「ほぅ。うまいが、甘味が少し足りないのではないか?」

「これはわたくしの好みに合わせて甘さが控えめになっているので、ニキアス殿下にはそう感じられるかもしれませんね。先触れを出していただければニキアス殿下の好みにあわせることもできたのですけど……」


 あっという間に気落ちした心を立て直したニキアスにもう一度ちくりと釘を刺すと、ばつが悪そうに表情を歪めた。ちょっとかわいそうだけど、二度目があってもらってはアタシだけでなく、叔父も使用人も困るのだ。


「今後は先触れを出そう」


 『いや、今後なんてなくていいんだよ? あんた面倒だからもう来ないで』と言えたらどんなに楽だろうか。今日だってあり合わせのもので、もてなしていることが正解かどうか分からない。

 

「これからは学院で会うことになるでしょうし、わざわざ足をお運びいただかなくても良いのですが……」

「リュシエンヌは俺とはあまり交流を持ちたくないと?」

「いえ。そういうわけでは……。一国の王子が何度も屋敷に来られては、あらぬ噂が立ってしまうかもしれないでしょう?」


 勝手に口を突いて出てきた言葉だがいい牽制になる。やっぱりアタシは賢い。

 

 ニキアスは何を言っているのか、とでも言いたげに眉をしかめた。


「噂も何も、我々は婚約者候補同士であろう」

「はぇ?」

「何を素っ頓狂な声を出している? エマニュエル公爵からは聞いていないのか?」


 聞いていない。いつの間にそんなことになっていたのか。意味が分からない。両親も何も言っていなかった。口を開けたまま固まっているとニキアスが不貞腐れたように言った。


「なんだ、俺が婚約者候補だと不服とでも言いたいのか?」

「いえ、そのようなことは……。初耳だったものですから」

「では、不服ではないのだな?」


 不服だよ! なんでこんな俺様な王子と! しかも、王子と婚約なんかしたらプレタールに帰れなくなるじゃん。アタシは帰国前提でここに来ているのに。


「……まだ、候補止まりなのですよね?」


 ニキアスが不満げに片眉を上げた。


「……不満なのだな?」

「不満も何も、まだニキアス殿下のことをよく存じておりませんので戸惑っているだけです。ニキアス殿下は違うのですか?」


 ニキアスの方から断ってくれないかと期待の目で見上げる。その視線に気づいたニキアスの顔が夕日の赤に隠されて、感情が全く読めない。


「ニキアス殿下?」

「いや。不満がないわけではないが、陛下がお決めになったことなら従うしかあるまい。親子といえど、国王陛下と臣下だからな」


 不満がないわけではないのなら、不満があるということで、陛下に婚約破棄を申し出てほしい。ぜひニキアスの方から婚約候補を辞退してほしい。


 どうすれば辞退に追い込めるだろうか。


 ゲームの中で、サミュエルは嫌々アタシの婚約者にさせられた。なぜサミュエルはそんなにもアタシを嫌がったのか。婚約者となってしまえば、ニキアスの言うように親子といえど拒否することは難しくなる。それでも婚約破棄しようと躍起になってアタシの罪を暴いた。ということは、アタシ自身が心底嫌だったということに他ならない。


 容姿で弾かれるようなことはまずないし、アニーのことを抜きにして考えると、やはりアタシの性格が受け入れられなかったからということになる。前世の記憶を取り戻す前であれば、猫を被ってサミュエルと接していたはず。だからアタシはサミュエルとはなるべく本音で話した。

だけど、サミュエルはアタシと一緒に留学に来ている。


 ……うん? どちらにしても嫌われる可能性はあるということじゃない?


 ニキアスはどうだろうか。本音のアタシと猫かぶりのアタシと、どちらがお気に召さないだろうか。ニキアスは俺様王子だ。自分に歯向かう人や、ずけずけと真意を突いてくる人は許せないのではないかと思う。


 それを踏まえると……。


「急に静かになったな。何を考えている?」

「いえ。そうおっしゃいますけど、実際のところ、わたくしのことがお気に召されたのかと思いまして」


 うん。本音の方で間違いないはず。

 アタシの考えは正解だったようで、ニキアスの顔はどんどん怒りに染まっていく。


「ハンッ。誰がお前のような田舎者! こちらから願い下げだ!」


 よし。思い通り。このまま言質をとっておきたい。


「では、婚約者候補の辞退をなされるので?」


 ニキアスの顔色を窺うように見ていると、ギョッと目を丸めて、そのあとニヤリと嫌な笑みを見せた。


「辞退はしない。お前が嫌ならばお前の方から辞退すれば良かろう。できるものならなっ!」


 言質は取り損ねた……。悔しい! この俺様王子めっ!


 国力としてもプレタールの方がリンネルより弱いのに、王族相手に公爵家の娘が拒否などできるはずもない。



 その日の夕食時に、叔父にニキアスとの婚約者候補について聞いた。腹が立つくらいの満面の笑みでお祝いをされたうえ、婚約者になれるように励むよう言われた。アタシの両親はこのことについて納得しているのか問うと『それもまた縁なのかもしれぬ』と喜びに満ちた手紙が来たという。


 目に入れても痛くないほどアタシをかわいがっている父が、二つ返事でOKを出すとは思わなかった。絶対に他国になんか嫁に出さないと言うと思っていたのに。それとも、第三王子だから婿入りを、と考えているのだろうか。


 なんとか婚約者候補の辞退ができないものかとパトリックに聞いてみた。


「リュシエンヌ様が、ニキアス殿下の婚約者候補……ですか?」


 ありえないとでも言いたげな言い方に少しムッとしたが、辞退してもらう方法について一緒に考えてもらうことにした。


 パトリックが言うには、他国の、それも友好国の王に申し入れをされてしまえば、プレタールとして拒否権はない。だからと言って、アタシがニキアスに嫌われようと行き過ぎたことをすれば、それもまた国交に仇をなすことになるかもしれないから、考えて行動するようにとのことだった。


 結局、明確な助言は得られず、余計なことはするなと言われただけだった。


 だけど、余計なことをしないとアタシの人生設計はめちゃくちゃだ。アタシは今の生活をキープしたい。それ以上も以下もいらないのだ。


 屋敷に遊びに来ていたサミュエルに、どんな女性なら嫁にしたくないと思うか聞いてみた。サミュエルは考えるように視線を彷徨わせる。


「……そうですね。やはり我儘で忍耐のない方は難しいですね。社交界では地位も権力もある方々と関わることになるので、その場でうまくやっていけそうな方でないと困ります」


 ふっふっふっふ。やはりニキアスとは本音で関わった方が良いということだ。理性なんかぶっ飛ばしたアタシを目の前にしたら、こんな嫁はいらないとニキアスの方から断ってくれるだろう。


 よし。と拳を握ると、キラキラとした瞳でサミュエルが尋ねてきた。


「なぜ、そのようなことをお聞きになるのですか?」

「先日ニキアス殿下から伺ったのですが、いつの間にか、わたくしの名前がニキアス殿下の婚約者候補に挙がっているみたいで……。どうにかしてニキアス殿下から辞退いただけないものかと」


 そう答えるとサミュエルの瞳から艶やかな輝きは消え、同じ一国の王子としてアドバイスをくれた。


 アタシは、包み隠さず本音で話していれば良いとのことだった。少し悪意を混ぜても良いと。そんなことをして、不敬にあたらないかと聞くと、例え不敬にあたったとしても、言葉の遣り取りくらいで罰を受けるようなことはないと言う。その程度のことで処罰してしまえば、逆にニキアスが狭量と判断され、臣下から見限られることになりかねないと。


 そして、ニキアスがアタシと二人にならないようにサミュエルも一緒にいるようにすると言ってくれた。頼もしい。


 それから、サミュエルはニキアスの突然の訪問に備えるといって毎日のように屋敷に訪れた。ニキアスには突然の訪問はやめるように言ってあるから大丈夫と言っても、キラキラとした笑顔で一蹴された。気持ちは嬉しいが、こう毎日来られると正直うざい。ただでさえパトリックの監視の目があるというのに。


 越境してもアタシは一人の時間がもてないらしい。がっかりだ。



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