入学の前
「リュシーも明日から学院か。早いものだな」
「えぇ。月日が経つのは早いもので、本当にあっという間でしたわね」
明日から全寮制のキュレール学院に入学するわたくしは、両親と夏休みまで、しばしの間お別れになります。そのため夕食の席で繰り広げられる会話は、少ししんみりとしています。
自分の教育方針に反しない限りは、優しい愛情を向けてくれるお母さまは、わが娘が何かしでかすのではないかと探るような目でわたくしを凝視して、無条件にでろんでろんに甘やかしてくれるお父さまは、今生の別れのように涙を流しながら別れを惜しんでくれていました。
プレタール国は先々代の王の時代から、階級差別をなくして皆、手に手を取り合い協力して、より良い国にしていきましょうという方針になりました。
身分差をなくすことで貧富の差を埋め、誰もが生活に困窮することなく暮らす。結果的に国力が安定して国自体が繁栄することになるというのが目的だそうです。
次代を担う若者から考え方を変えて行こうという国の方針により、十三歳になったら、貴族も平民も関係なく希望する者は皆、キュレール学院に入学できるようになりました。
そうは言っても実際のところは、貴族は貴族だし、平民は平民です。貧富の差は明らかです。
かくいうわたくしは貴族の中でも上流階級の公爵令嬢です。いわば令嬢の中の令嬢です。
家格としての権力も上級ですが、わたくし個人の階級としてもかなり上級です。幼いころから一度教われば何でもできた才女で、見目も麗しいのです。輝くブロンドの巻き毛はゴージャスで透き通る白い肌を引き立たせ、瞳はクリクリの碧眼で、小ぶりの鼻は主張しすぎず形が良く、ぷっくりとしたピンク色の唇はつやつやしています。
自分のことを語りだしたら誉め言葉しか出てきません。と言いましても、わたくしも公爵家の令嬢、一歩外に出れば、本音と建て前を使い分けることくらいできます。令嬢の中の令嬢ですから。
「少し不安ですけど、ミシェーレ公爵家の名に恥じぬよう精一杯努力したいと思います。」
はい。建て前です。実際のところ努力なんてする必要ありません。なんだってできますし、この地位と美しい見目のわたくしを敬遠する人なんているはずないですもの。きっと明日からは男女問わず、多くの人に囲まれて辟易とする毎日を過ごさないといけないのでしょうね。
鬱陶しいですわ。魑魅魍魎とした下々の者たちのギラギラした目には毎度のことながら気味が悪いとさえ思ってしまいます。
なぜ下々の者は皆、あんなにも媚び諂うのでしょう。
「あぁ。しっかりと頑張ってきておくれ」
「リュシーは、なんでも平然とやってのけてしまうから、勉学についてはそれほど心配していません。決して奢った態度を外に出さないこと。それだけは肝に銘じておきなさい」
「えぇ。もちろんですわ。お母さま」
わたくしはひきつる頬を隠すため口角を上げて、にこやかな笑みを顔に張り付けました。わたくしの本性をバラすような言葉を、お父さまの前で言わないでほしいものです。
わたくしの信念の一つに『自分にとって利益のある方には愛嬌を振りまく』というものがあります。もちろんお父さまもその対象。
お母さまは良き相談相手でもあるので裏も表も見せまくっています。それが父に伝わっている可能性も否めはしないのですが。もちろん、表しか見せないのはミシェーレ公爵家一の権力者のお父さまにだけで、それ以外の側仕えたち相手に取り繕ったりなどいたしません。
最低限のマナーとして「ありがとう」と「ごめんなさい」は忘れないようにしていますが、それ以外は基本己の欲求のなすがままです。下々の者の前で取り繕って、自分の屋敷内での居心地が悪くなるなんて馬鹿のすることですから。
「明日からに備えて、そろそろ休ませていただきますわ。お父さま、お母さま、おやすみなさい」
「あぁ。ゆっくりおやすみ」
「いい夢を」
スカートの裾を少し上げて屈み、退室の挨拶をして部屋を出ました。
お母さまったら冷や冷やさせてくれるではないですか。お父さまの愛らしいリュシエンヌ像が崩れたらどうしてくれるのかしら。本性を見せた上での理解者だと信頼していますのに。
部屋に戻ると側仕えのルネが寝間着に着替えさせてくれ、紅茶を入れてくれました。わたくしは紅茶を一口飲み、明日からのキュレール学院に思いを馳せます。
身分差をなくすことをモットーに開かれている学院は出会いの場でもあります。両親の出会いも学院です。先々代の王が即位する前までは、貴族しか通うことが許されず、階級ごとにクラス分けもされていましたが今は違います。上級貴族が平民と結婚してもなんらお咎めはないのです。むしろ身分差別をなくすことへの貢献をしたとして、国王から褒美をもらえるくらいです。
とはいえ、生活レベルを上げたいと望むことはあっても、下げようと思う者などいるはずがありません。
したがって、自ずと学院生は自分と同等か上の階級の人と付き合うようになり、平民は平民同士で固まるようになるそうです。
わたくしは寄って来る人の中から選別するつもりなので、上級貴族の人以外はフェイドアウトさせてもらうつもりです。今まで参加してきたお茶会でもそうしてきました。
まぁ、途中から下々の者の魑魅魍魎とした媚売り合戦が面倒になり、適当に病気になったり、けがをしたりして断っていたのですが。
病気のフリはお茶会の二、三日まえから咳をコンコンしたり、お手洗いに駆け込んで「おえぇー」と言えば皆、騙されてくれましたけれど、けがは痛い思いをしないといけないので一、二回の実行でやめました。
まとめると、「学院に行くのは面倒」。その一言に尽きます。
「ふぅ。誰もわたくしを煩わせないでくれたらいいのだけれど」
「お嬢様。そういう言葉は誤解を生みますので、私以外の人の前で言ってはいけませんよ」
わたくしの独り言に答えるようにルネが口を開きました。
ルネはわたくしが小さい頃から――、叔父さまと出会って打算的になる前から、わたくしのことを知っているので今更わたくしの悪言にたじろいだりしません。明日からの学院での側仕えもルネが勤めることになっています。
「あら。そのくらいお手の物よ」
「差し出口かとは存じますが、お嬢様はつい暴言を吐いてしまうことがおありのようなので」
「ほほほ。大丈夫よ。一歩外に出れば分別をつけることくらい身に沁みついています」
「それでしたらよろしいのですが」
ルネが冷ややかな眼差しを向けてきます。「お嬢様にそんな高度なことができるとは思いませんが」とでも言いた気です。口に出していないとはいえ、目は口ほどにものを言います。年の差はあれど、主従関係にあるわたくしに対して、そのような意思のこもった目を向けるのは控えるべきではないでしょうか。
しかしながら、口では控えめに忠告するだけで、本音は強い目力で訴えてくるルネをわたくしは気に入っています。そんな側仕えほかにはいませんから新鮮でおもしろいのです。
「わたくし、学院に行っても上級貴族以外と関わる気はないのだけれど……」
「学院は社交の場にございます。お嬢様は王妃候補であられますので、王族はもちろんのこと、貴族、平民の身分に関係なく、多くの方と関わられた方がよろしいかと存じます。とくに平民とは卒業後は関わることもないでしょうから」
「あら。わたくし王妃になるつもりはないわ。そんな面倒で今以上に見張られた生活は反吐がでますから。身分差別をなくすと言って学院の入学条件を変えたのは国王ですもの。王族自らが平民と婚姻を結び、対外に示せば良いのです。ルネもそうは思わなくて?」
国王を絶賛する形でお父さまから王族の大変さはよく聞いています。今の生活に充分満足しているわたくしが、そんな面倒な世界に飛び込む意味がありません。だいたい、先々代王からとは言え、身分社会の廃止ともいえるような方針をご丁寧に守り続けてきたのです。
王族はなんの煽りも受けないで、言外に貴族に現階級より下位の階級の者との婚姻を勧めるというのは、都合が良すぎると思います。
大っぴらでないとはいえ、家格の釣り合いでわたくしを王妃候補にするなんて筋違いにもほどがあります。口先だけではないことを他に知らしめるためにも、そろそろ平民の娘を娶ればいいのです。はっきり言って有言不実行な輩は大嫌いです。
「お嬢様、その発言はここだけのものになさってください」
「あら、どうして? 学院では家格の釣り合う者としか関わらない学院生が多くいると聞いているわ。それなのに卒業後、家格と年齢が釣り合う縁がない場合、末の子になるほど王に媚びるように当家より下層の方との縁を結ばれると聞きます。王族が平民の子を伴侶として口先だけではないことを知らしめれば良いと思うのはわたくしだけではないはずだわ」
「それはそうですが、口に出して良いことと悪いことがございます。王族を批判するような発言は控えられるべきかと」
「もちろん、ここ以外でこのような発言をする気はありません。だけれど、心の中ではそう思っているとルネには理解しておいてほしいわ」
ルネは、わたくしが王族に嫁ぐことになれば共に王宮に上がることになります。側仕えの中ではこれ以上ない大出世ですが、わたくしにその気はありません。ルネに出世欲があるかどうかは分かりませんが、あるとしても困ります。そんな出世欲は早々にへし折っておくに限ります。
「わたくしはお嬢様が生まれたときから仕えておりますので、そのくらいのことは承知しております。どのような身分に嫁がれても仕え続ける心積もりもできております」
「理解してくれているのなら良いわ。……王族や下層の方々とも関わったほうが良いと言うのはどうしてかしら? わたくしは今の生活レベルを上げるつもりも、下げるつもりもないのだから必要ないと思うの。気の合う友人ならいてもいなくても良いけれど、生活レベルが違うと自分が思うような過ごし方はできないと思うの。恐らく会話内容がもう違うわ」
「王族とかかわりを持つのは、ミシェーレ公爵家としての義務です。王族も含め、上級以外の貴族や平民と関わるのは、多くの考え方を理解するためです。それに……身分関係なく他の者と付き合うというのは存外楽しいものですよ」
自分の意見を押し通そうと口八丁で攻めているのに同意の言葉を引き出せず、思わずわたくしは頬を膨らませます。ルネはわたくしの両親からわたくしの学院での世話を頼まれていますし、わたくしはルネの言うことをよく聞くように言われています。入学したらルネはきっと、わたくしの学院での様子を事細かに両親に報告するでしょうから、思い通りに過ごすにはルネを言い含める必要があるのです。
「楽しいだけで済むのかしら? ミシェーレ公爵家との繋がりを求めて、出世しようとしている太鼓持ちか、この地位を妬んで貶めようと画策する不届き者しかいないのではないかしら。わたくしはミシェーレ公爵家の安定のためにもリスク回避として、同家格以外の方と付き合わない方が良いと思うの。そうね……派閥も同じ貴族の方がより安全ね」
しれっと更に交際範囲の縮小を希望しました。
これでどうですか! わたくしは出し切りました。この意見に反対されてしまうと、もうぐうの音もでません。
わたくしは伏し目がちに顎に手をあてて考え込むルネの様子を、固唾をのんで窺います。
さぁ言ってください! わたくしの期待の言葉「おっしゃる通りでございます」を! ため息つきでも何でもいいから許可を!
視線を上げたルネと目が合います。そのにっこりと微笑むさまを見ただけで嫌でも分かりました。わたくしの負けです。
「卒業して社交界に出るようになれば、その場の発言が全て現実になるとお考え下さい。学院はいわば、社交の練習の場です。ミシェーレ公爵家の令嬢として学院内の社交程度のいざこざを回避できないようでは、今の生活レベルを下げることになりかねませんよ」
にっこりと微笑みながら怖いことを言います。生活レベルのキープを何より望むわたくしへの切れ味は最強です。
……ルネはいつか、言葉で人を殺してしまうのではないかしら。
「……そうですか。ルネのそのよく回る舌も学院で培われたものなのかしら?」
反撃の言葉を見つけられず悔しかったので嫌味を言っておきます。
「さぁ、どうでしょう?」
顔色一つ変えず、受け流されてしまいました。もう嫌です。わたくしはすくっと立ち上がりました。
「もう寝ます」
ルネが掛け布団をまくり、天幕を開けてくれます。わたくしが誘導されるようにベッドに寝転ぶと掛け布団をかけてくれました。
「幼い頃は、病気のフリも目こぼししましたが、これからはそうは行きません。それでは、おやすみなさいませ。いい夢を」
そう言い残して恭しく礼をすると天幕を下げて、ルネが退室しました。
明日からの面倒な付き合いを強制されたうえ、仮病を見破っていたことまで告げられたのです。いい夢など見られるはずがありません。
病気のフリは母にもバレていないはずですのに。苛立ちと焦燥感で目がギンギラです。
……思い返すと、仮病を使った五回に一回は無理やりお茶会に参加させられたように思います。最低限はきちんと参加させられていたということに他なりません。すべてはルネの掌の上だったのでしょう。ルネは二枚も三枚も上手でした……。
せめて明日は万全の体調で挑もうと寝ようとしますが、悶々として眠れません。
そう思っていましたが気付いたら朝でした。目はスッキリと開き、体は爽快感に包まれ、エネルギーに満ちているのが分かります。どうやら、よく眠れたようです。夢は見ませんでしたけれど。
***
「あぁ、私のかわいいリュシー。体調を崩さないように、体を大切にして過ごすんだよ。リュシーは頑張り屋だから心配だ。無理しないようにね」
「いい? 絶対に余計なことは言わず、ルネの言うことに従って、くれぐれも! くれぐれも! 穏便に学院生活を過ごすのよ?」
「ご心配ありがとうございます、お父さま。お母さま、心得ておりますわ。それでは行ってまいります。お父さまとお母さまも、お体ご自愛下さいませ。夏休みまで、ごきげんよう」
屋敷の前で両親との挨拶を交わし、ルネと共に馬車に乗り込みます。あとは、揺られていれば勝手に学院に到着です。
馬車の中でルネに手渡された手紙を受け取り、封をあけると『ミシェーレ公爵家家訓』とありました。
一つ、身分に関係なく多くの者と関わること
二つ、ルネの助言には粛々と従うこと
三つ、常に笑顔で、ミシェーレ公爵家の令嬢として恥じない態度を心がけること
四つ、本音を表に出さないこと
五つ、病気でない限り、お茶会の誘いは断らないこと
六つ、ルネ不在の場であっても、諍いが起きないよう目を光らせている管理者が常にどこにでもいることを肝に銘じよ
「なにこれ……」
十三年間ミシェーレ公爵家で過ごしてきて、こんな家訓聞いたことありません。大まかに捉えると家訓一から五はわたくしにとって同義です。六つ目なんて強迫です。だいたい、この六つの家訓を律義に守ると、学院に通うのはわたくしであって、わたくしではありません。
昨日わざわざルネが仮病に気付いていたと伝えてきたことを考えると、この手紙の内容を知っていて先回りしたと考えられます。だけれど、ルネがわたくしに対して、ミシェーレの名を使った家訓を偽造するとは考えにくいです。だとしたら、この即席家訓を作ったのはルネの報告を聞いた母しかいません。
母の信頼の厚いルネだからわたくしの側仕えになったことは存じていますが、ルネの主はわたくしです。主以外に主の秘密を漏らすなど言語道断です。
わたくしはキッと力強くルネを睨みました。
「仮病のことお母さまに告げ口したのね? 主であるわたくしの秘密を他に漏らすなんて、わたくしの信用を失いたいのかしら?」
「お言葉ですがお嬢様。私にとって主であるお嬢様が上司なら、ジョエル様は上司の上司にあたります。それだけでなく、ジョエル様はミシェーレ公爵家、第二位の地位にあられます。私の立場で上司の上司に逆らうなどできるはずもございません。また、私はお嬢様の側仕えではありますが、下僕ではありません。ミシェーレ公爵家当主グレゴワール様、その夫人のジョエル様の教育方針に従い、公爵家の令嬢として立派なお嬢様に育つように、及ばずながらお手伝いさせていただくことが務めなのです。どうかご理解いただきますようお願い申し上げます」
わたくしの怒りの一言に、スラスラと長文で応じるルネに思わず舌を巻いてしまいます。そのくせ笑顔を張り付けているのだから怖いです。丁寧に長文で言ってのけましたけど、要するに「金を払っているのはお前ではないし、自分は命令に従うだけの下僕でもない。黙ってわたくしの言うことを聞け」ということです。
わたくしが年の割に口がたつと言われるのは、ルネの影響によるところが大きいと思います。生れてからずっと舌戦を繰り広げてきたのですから。正直、母に勝てることがあってもルネに勝てる気はしません。気付いたらいつも言い含められているのですから。
それにしても……それが貴族の常識と理解していますが、表情と言葉がこんなにも一致しないのですから、いつか精神が破綻するのではないかと心配にすら思います。
「お嬢様。到着いたしました」
ルネに促され、馬車を降りて、サロンへと案内されました。お茶の準備を終えると、寮の部屋の準備のためルネが退室して、わたくしは部屋が整うのをここで待つように言われました。
丸テーブルがいくつも並び、そこにちらほら他の学院生もいます。わたくしは中庭が見える窓際の席にいるので、首を振る手間もなくサロン内のほぼすべてが見渡せます。胸につけた家紋までは分かりませんが、貴族と平民の差は明らかです。貴族はお茶の準備を側仕えが済ませ、平民は自分で準備するか、しないかのどちらかです。
特に女性は分かりやすいです。髪の長さで即座に見分けることが可能です。平民は髪の手入れをする余裕が金銭的にも時間的にもないため、肩くらいの長さの方が多いそうです。お母さまに聞きました。
やはり貴族は貴族同士、平民は平民同士で小さな集団を作っています。思った通りです。今年は第一王子が入学されるのですから、この現状をしっかりと国王の耳に入れてもらいたいものです。
中央より少しずれた方の席を陣取っている貴族が、わたくしをチラチラと見ながら何やら話し込んでいるようです。首を傾げる方がいらっしゃるところを見れば、わたくしがミシェーレ公爵家の令嬢かあたりをつけられずにいるようです。
中央の席から外に広がるほど身分が低くなり、平民はサロン内の隅に座る暗黙の了解があるようです。「身分差については初日のサロン内の座る場所で分かるので、失礼にならないように相手の身分に応じた会話を心がけなさい」と、お母さまが教えてくれました。
ですから、本来わたくしは中央に近い席にいないといけないわけですが「せっかくこんなにきれいなお庭ですもの。お花を眺めながらお茶をしたいわ」とルネに言い張って今この席にいます。これもきっと、お母さまへの報告案件となることでしょう。
わたくしは、周りの視線を受けないように中庭に視線を向けて、他から顔が見えないようにしました。入学式は明日です。長旅で疲れたので、今日くらい社交を休んでも問題はないでしょう。立場的には王子にはわたくしの方から挨拶に行かなければならないのですが、中央の席は空席です。まだご到着されていないのでしょう。
「お嬢様。お部屋の準備が整いました」
ルネがお部屋へと案内してくれます。お部屋に足を入れると、キッチン、バスルーム、トイレ、寝室、ダイニングルーム、勉強部屋と、思っていたより広々としていました。
ルネに入浴を手伝ってもらうと、早々に寝ることにしました。今日は本当に疲れたのです。「夕飯くらい召し上がってから休んでください」とルネが口うるさく言いましたが、わたくしの足はわたくしの意思でしか動かないのです。
寝室に向かい、頑なに夕飯を食べさせようと寝間着への着替えを手伝ってくれないルネを横目に乱暴にドレスを脱ぎ捨て、下着だけの状態で寝台へと入りました。
ルネの横暴に苛立ちに身を任せてギュッと目をつむると、体がベッドに沈む感覚を覚えて思いのほか安らかな気持ちで眠りへとつけました。
このときのわたくしは、もちろん、自分が処刑される運命にある悪役令嬢であることなど知るはずもありませんでした。