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前世の記憶がショボすぎました。  作者: 福智 菜絵
第一章 悪役令嬢は逃げ切りたい
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アタシの正解


 パトリックたちが学院に戻って来て早朝訓練が再会されると、当然のようにアニーからサミュエルへと情報は流れた。同席しているシル、パトリック、カンタン、セヴランの耳にも入る。


 サミュエルには大丈夫だったのかと心配のあとに警戒心の薄さを指摘され、シルにはせっかくダニエルの情報を集めたのに生かせなかったのかと呆れられ、パトリックは実践に見合った護身術の訓練をメニューに取り入れると意気込み、カンタンとセヴランはこれからはアタシから離れないと誓った。


 みんなの優しさが辛い……。


 後日サミュエルに聞いた話によるとダニエルは学院を強制退学、今後どんな職にも就けないだろうとのことだった。ダニエルの父である伯爵も宮廷伯の職を追われることになり、オンドリィ伯爵家は没落の一途を辿るしかなくなるだろうとのことだった。


 ダニエルは一人っ子だったから伯爵は気の毒だと思う。だけど、あの場で本当にアタシが彼のものになっていたらアタシは彼と結婚するしか道はなかった。この時代はそういう時代だ。契ってしまえば被害者も加害者も関係ない。傷物認定されてダニエル以外との縁談の道は絶たれる。考えただけでもぞっとする。


 数日後、教師に呼び出されて会議室に行くと両親が来ていた。アタシの顔を見るや否や父が抱きついてくる。


「おぉ、私のかわいいリュシー。怖かっただろう? もう学院は退学しよう。学ぶことは屋敷でもできるし、退学したところで何も問題はない。ルネに言って荷物をまとめさせているからね。もう安心だよ」


 父のアタシへの気遣いしかない言葉に、母の厳しい言葉が割って入る。


「リュシー。今回のことはダニエルに非があるとはいえ、淑女としてきちんと振る舞うことができていれば、ここまでのことにはなっていなかったはずです。リュシーにも非があったことは理解していて?」

「なんてことを言うんだ。リュシーのどこに非があったと言うのだ。美しく生まれたことが罪だとでもいうのか?」

「いいえ、旦那様。リュシーがダニエルに対して逆上させるような言葉をかけたことが問題なのです。それを理解していないとリュシーの身にまた危険が及ぶかもしれません。リュシー。言葉は使い方を間違えれば凶器ともなります。同じ言葉の凶器で歯向かえない者はどうすると思いますか? 今回のことで身に染みたはずです」


 フロリアンに諭された今のアタシなら母の言いたいことが良く分かる。言葉でねじ伏せられないと踏んで、ダニエルは行動でねじ伏せることを選んだのだ。認めたくはないけど、アタシの言葉がその一助となった可能性は否めない。


「はい。今後は、自分の言葉が相手にとってどのように響くのか、しっかりと考えて話したいと思います」

「理解しているのならいいの。怖かったでしょう?」


 そう言った母の瞳の色は心配に染まっていた。アタシの頬を撫でてギュッと抱きしめた。父は母の言わんとしたことを理解したように瞳を閉じて頷いた。アタシの頭を撫でながら言う。


「さぁ。屋敷へ帰ろう。こんなところにかわいい娘を置いては行けない」


「お父さま」とアタシは父の言葉を遮る。


「わたくし、学院で友人が出来たのです。本当に良くしてもらって。今回もその友人に助けていただいたのです。みんなわたくしの大事なお友達です。まだ学院にいたいのです。ですから、退学はできません」

「リュシー。何を言っているんだい? ここは危険だ。屋敷に帰るんだ」


 今のアタシの学院の大切にしたい友人は平民だ。こうなってしまったからには父が留学を許してくれるとは思えないけど、そうだとしても、学院から離れてしまえば、今と同じ立場で会える友人は限られてしまう。少なくともフロリアンと会うことはなくなるだろう。


 アタシの言葉を黙って聞いていた母が父の言葉に異論を唱えた。


「旦那様。リュシーの口から大事なお友達というのを、その友達と離れたくないと言うのを聞いたことがございますか?」


 父は困った顔をしながら首を横に振る。


「いや、ないが……」

「わたくしもです。リュシーが。あの自分以外は全て下の者として見下していたリュシーが、大事な友達と離れたくないと言うのです。どうでしょう? もうしばらく様子を見ては。今回のことで学院側も警備を広げると言っていますし……」


 母の援護射撃には感謝するが、自分以外ザコ扱いしていたことを父にチクるのはやめてほしい。父にとってのアタシは天使なのだから。


「お父さま。お願いいたします」

「旦那様、リュシーがやっと、やっと、人として成長できる機会なのです。どうかこのまま……。それにリュシーは留学も控えていますでしょ? わたくしたちの目が届く間に、他人と交流するうえでの心構えをしっかりと学んだ方がよいと思います」


 母の言葉にびっくりした。今回のことで留学こそ中止にされると思っていたのだ。だけど、留学については既に国同士の話になっており、陛下から許可が出てしまっている以上、中止を望むことなどできないそうだ。


 その情報にほっとした。あんなダニエルごときのせいで、死亡フラグ回避のための留学計画がぽしゃらなくて本当に良かった。


 母の言葉にしばらく考え込んでいた父は、渋々といった様子で唸るように言葉を絞り出した。


「……本当はすぐにでも連れて帰りたいが、ジョエルの言うことにも一理ある。カンタンとセヴランには、今後一瞬もリュシーから離れるなと言っておくとして……。あとは護衛を付けたいな。二、三日中に見繕っておく」


 両親には最大限の感謝を伝え、お引き取り願うことに成功した。心配してくれるのはありがたいが……。カンタンとセヴランは父からの命令がなくてもアタシから離れないと誓っていたのに、父からの命令となると、より彼らの決意が強固になるではないか。そのうえ、護衛とか……。いまでも息苦しいのに。



 数日後の早朝訓練時、パトリックが言った。


「ミシェーレ公爵より、リュシエンヌ嬢の護衛を任されました」


 うん。なんとなく頭の隅にそんな予感はあったよ……。


「よ、よろしくお願いいたします」


 アタシは引きつった笑顔でそう答えた。


 そうして、寮への迎えはアニーだけでなく、パトリックとセヴラン、カンタンも加わり、送りはアニーを除く三人になり、その三人には始終付きまとわれることになった。つまり、ダニエル事件前後で行動を監視されるのは変わらないが、父の指示で、監視の目がより強固になったのである。


 シルに護衛を撒く方法を聞いてみた。シルならサッと護衛を撒いて自由に動いていそうな気がしたからだ。だけど「諦めな」と笑うだけで、護衛を撒く方法については教えてもらえなかった。


 みんなと一緒にいられるのは嬉しいけど、こんな形で一緒にいたいわけではない。留学まであと一月を切った頃のことだった。



 夏休み前、みんなでお茶会を開いた。


 二学期からアタシはリンネルの学院に通うことになる。アニーとは女性同士なので会おうと思えば会えるだろう。カンタンとセヴランはうちの屋敷で働くので今よりは距離ができるかもしれないが、アタシの言葉一つで友達としての時間も取れる。サミュエルとは社交界で会うこともあるだろうし、パトリックは……なんか妙な予感がある。フロリアンとは繋がりはなくなるけど、生きてさえいれば。


 もう二度とこんな風にはみんなと過ごすことはないと思うと、心がきゅうと締め付けられるような、お腹がハラハラするような淋しさに捕らわれる。


「フロリアン? 夏休み中はなにか予定はあるの?」

「俺は畑仕事をするだけさ。うちは妹二人だけだから、男手といったら今は親父だけ。必死で手伝ってこないとな」

「そう……熱中症にならないように気を付けてね」

「熱中症?」


 ここには熱中症という概念はないのか、フロリアンが不思議そうに首を傾げた。


「そう。暑い中ひたすら体を動かしていると体が熱くなって怠くなるでしょう?」

「あぁ。少し休めばまた動けるけどな」

「油断は禁物よ。命に関わることもあるんだから。こまめに休憩と水分をとるのが大事よ。首元には濡らしたタオルを充てておくのもいいわ」

「へぇ。リュシーは医術に興味があるの?」

「そういうわけではないけど、日常の中でのリスクは知っておかないと身を守れないこともあるでしょう?」


 自分で言って、自分のことを言っているのかとハッとして自嘲気味に笑うと、フロリアンがそれに気づいたように困った顔で笑った。


「そうだな。気を付けるよ」

「くれぐれも、体を大切にしてね」

「ははっ。今生の別れでもないのに、そんな顔するなよ」


 そう言ってフロリアンが頭を撫でてくれた。フロリアンのこの頭をなでる癖は妹がいるせいかもしれない。


 「今生の別れでもないのに」の言葉に心臓が跳ね、戸惑う。返す言葉が見つからない。大丈夫、きっとまた会える。と心の中で自分を励ますことしかできない。


「リュシーは本当に淋しがり屋だな」

「夏休みの間俺ら、リュシーの屋敷で見習い予定だから、ちゃんと構ってやるからな」


 カンタンとセヴランがからかってきて、笑い声が起きた。おかげでアタシの戸惑った心が表に出ることはなかった。


 サミュエルとシルが意味ありげににっこりと微笑んでアタシを見ている。パトリックはアタシの背後に付いているので表情は分からない。


「これ。しばらく会えないから。みんなには随分と心配をかけたから受け取ってほしいの」


 そう言ってクッキーをみんなに差し出した。芸がないとそろそろ言われそうなので、アタシ好みの辛口クッキーも用意した。今日のは以前シルに味見してもらったものの1.5倍の辛さだ。辛口クッキーは辛いほどいい。大サービスだ。


「え? 嫌がらせ?」


 唯一辛口クッキーを食べたことのあるシルが嫌そうに眉をしかめた。失礼だ。


「とんでもない。辛いもの好きにはたまらない一品よ。さぁ、どうぞ」


 自信満々に手を広げて「お好きにどうぞ」と差し出したが、さっさと普通のクッキーが売り切れて、フロリアンが恐る恐る辛口クッキーに手を伸ばし、パトリックもそれに続いた。


 他のみんなも味には興味あるようで一つだけと口にした。食べたあと、舌をだして「えー」と叫んだり、慌てて水を飲んだり、あまつさえ「おえぇ」と言いながらトイレに駆け込むものもいた。失礼だ。これまでのみんなへの感謝に、心からの贈り物をと準備した心尽くしの品なのに……。


 しょんぼり俯くアタシにフロリアンが褒めてくれた。


「斬新な味だね。最先端を行き過ぎていて俺の舌はまだ追いつけないみたいだ」


 続いてパトリックが言う。


「これは野営で寝ずの番のときに効力を発揮するでしょう」


 なに? 効力って。そんな効能ないけど?


 辛口クッキーは気に入ってもらえなかったけど、明日から家業や見習いに就くみんなにとって、今日が最後のフリータイムということで大いに盛り上がった。


 アタシは、というと明日一日屋敷で過ごして、その翌日からリンネルに旅立つことになる。学院に通うのは二学期からになるけど、リンネルまでは馬車でも半月ほどかかること、入学前に慣れておいた方がいいこと、挨拶を済ませておかないといけない方々がいるということで余裕を持って出発する。


 攻略対象(死神メンバー)から逃げたいと思っているのに逃げ切れず、気付けばダニエルを除いた攻略対象に護衛をされている始末だった。もどかしくて腹が立つこともあったけど、今となってみれば、離れるのは淋しいと思うほどすっかり心を開いてしまっていた。


 みんな大好きなのに、近くにいると自分が死んじゃうかもしれない運命なんて酷すぎる。前世で王子ルートだけでなくオールクリアしていたらまた違う行動がとれたかもしれないけど、そんなことを言っても今更すぎる。


 せっかくできた友達と今日のような時間はもう二度と持てないだろうという焦燥感と、死亡フラグを回避できた安心感が入り混じって、「淋しい」と「嬉しい」がぐるぐると頭の中を巡る。


 だけど、死亡フラグが回避できないときは、誰かが加害者になる可能性もある訳だから、これで良いのだ。そう思おう。



 そう自分に言い聞かせながら、自分の荷物が全てなくなってガランとした寮の自室を眺めていた。



 みんなと一緒にいることが日常になっていた。瞳を閉じれば、みんなの笑顔と、その空間を共にして幸せそうに笑うアタシが見える。その輪の中からスッとアタシだけが消えて、みんなの笑顔が遠くなっていく。



 パンっと両頬を叩いて淋しい気持ちを払拭するように言葉に出した。


「アタシは逃げ切った。これがアタシの正解」



第一章はこれでおしまいです。ここまで拙作をお読みくださった方ありがとうございました。

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