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前世の記憶がショボすぎました。  作者: 福智 菜絵
第一章 悪役令嬢は逃げ切りたい
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ダニエルと話してみた


 翌日、ルネに言われてパトリックに手作りクッキーを準備した。やはり、王子へのクッキーをすり替えたのはルネだった。


「お嬢様は味音痴でいらっしゃるので、一応味見したところ酷い味だったもので。成功と失敗の違いも分からないのですね」


 ルネに悪態をつかれた。わざと激マズクッキーを準備できるくらいには味が分かる。だけど、わざととは言えまい。でも、アタシの好みの辛口クッキーが激マズ選手権で一位を獲得したときは微妙な気持ちだった。結果的には自分がおいしいと思う辛口クッキーを上げようとしたということで話は終わりにしたいと思う。



「パトリック様、先日は本当にありがとうございました。おかげさまでピンピンしております。これ、つまらないものですが……」

「人が困っていれば助ける。当然のことをしたまでのこと。それに礼を言われるのはおこがましいと存じます」

「あら。では、わたくしのために受け取ってはいただけないかしら? これ、昨日寮に戻った後、側仕えと一生懸命作ったんですのよ? それなのに持ち帰れなどと無体なことおっしゃいませんよね? 側仕えにお礼も受け取ってもらえなかったのかと笑われてしまいますわ」

「……頂戴いたします」


 半ば強引にクッキーを押し付けたアタシは、ミッションクリアとばかりに心中喜びの舞で気分が良い。これで礼は尽くしたからもう関わらなくていいはず。


 だけど、ダニエル様の件が残っているのよね。アニーには悪いけど面倒だ。攻略対象の一人だし。崖から落ちそうになったし、免除してくれないかな。


 そう期待していたけど、プランを取り下げる発言はまだない。使えるものはなんでも使うっていう思考は現世にもあるのかもしれない。


「リュシー。あの方がダニエル様よ」


 儚い期待は裏切られ、アニーに耳元でそっと囁かれた。


 ……プランの撤回どころか、後押しが入ってしまった。


 視線の先には、いかにも軽薄そうな肩までの紺の髪に水色の瞳の長身の男が、女子を侍らせている。どうしたものかとダニエルを見つめながら逡巡していると、目が合ってしまった。にっこりと微笑んだあと、優雅な歩みで近寄って来る。


 ……ロックオンされたような気がするのは気のせいだろうか。


「これはリュシエンヌ嬢。なにか御用で?」


 今にも揉み手をしそうな勢いでダニエルは話しかけてきた。こいつはアタシの嫌いなすり寄りパターンの魑魅魍魎モンスターだと確信する。


 視線を隣のアニーに向ければ両手に拳を握って、応援してくれている。ファイト! じゃないんだよっ。お前が頑張れよと喉元まで出かかっている。


「とくに用はないのですけど、楽しそうだなと思いまして……」

「ほぅ。私たちに興味がおありで?」


 ダニエルは顎に親指と人差し指をあてて、無理やんこ斜め四十五度くらいの角度をアタシに見せてくる。


 あぁ。ナルシストね。自分の顔の斜め四十五がお気に入りなのね。なんか苦手かも。顔があっち向いているのに、視線だけがアタシに向いていて気味が悪い。あっちに向けた口から出る言葉は風に乗ってアタシから見た斜め四十五度方向に流れていけばいい。


 つまり、聞こえない。聞きたくない。


 嫌そうな顔をアニーに向けるが、アニーは拳を握ったままコクンと頷いた。ゴーサインだ。なぜ、公爵令嬢のアタシが平民に使われているのかちょっと分からない。だけど、プランは始動してしまった。


 要はアニーとダニエル様の仲を取り持てばいい。よし!


「興味と言いますか、色々な方のお話は為になると考えております」

「お話とは? どのような会話がお好みですか?」


 まるで自分は全ジャンルの会話に精通しているとでも言いたげだ。日本の未来についての考察でもしてもらおうか。


「わたくしから提案したら、ダニエル様のなさっている普段の会話が分かりませんわ」


 ふふふと世間知らずぶってみる。正確には本当に世間知らずだと学院に来てから思い知ったのだけど。こうしてアニーに使われているのが何よりの証拠だ。


「そうですね……。では、私のことでも……」

「まぁ、楽しみですわ」


 分かりやすく両手を叩いて笑顔を浮かべてみた。チラリと隣を見れば、アニーは笑みを浮かべた口の前で両手を合わせていた。アタシの視線に気づいてにっこりと頷く。どうやらアニーのプラン通り動けたようだ。


「私の父上は宮廷伯なのですが……」


 私のことをと言いながら宮廷伯の父親の自慢から始まる。陛下からの信頼も厚く期待されている。時折、自分も父親について城に行くが、自分も目をかけられていると自信満々だ。


 本当のところは分からないけど、これは持ち上げていればアニーの宮廷入りも望める……かもしれない……。


「では、ダニエル様も宮廷で仕えていらっしゃるのですか?」

「いえ、私はまだ宮廷への出入りを許された程度です。ですが、陛下にも『期待している』と声をかけていただいて……」


 目をかけられているの判断基準は、陛下のその一言にのみあるようだ。


 なんか……怪しい……。


 信頼の厚い宮廷伯にくっついてきた子息を見かければ、そのくらいの声かけはするだろう。ダニエルの父親も後継を育てようとして連れて行ってるんだし、陛下もそのくらいのことピンときそうなもんだ。


 アタシが疑惑の目を向けていると、アニーが媚びたような声を上げる。


「まぁ。ダニエル様のお父さまは大変ご立派な方なのですね。そのご令息様ですもの。きっとダニエル様もご立派にお役目を務めあげるのでしょうね」


 うっとりとした表情でダニエルを見つめているけど、事情を知っているアタシには分かる。アニーの視線の先にあるのはダニエルではなく、宮廷で仕えるだろう自分の未来だ。もっと言うならその未来のもっと先にある皇太子夫人である自分だろう。


「えぇ。本当に。宮廷伯というお役目はどういった方がなられるのですか?」


 アニーの援護射撃をしてあげる。アニー自ら質問すると下心が透けて見えて警戒されるのではないかと考えたのだ。ふふん。アタシ賢い。ダニエルは自分に女性の視線が集まるのが嬉しいのか得意気に話してくれる。


「そうですね。だいたいは私のように父親が宮廷伯をしている方が多いですね。私の父方の祖父も宮廷伯でしたし、世襲的かもしれません。私はとくに兄弟がいないものですから必然的に」


「もうお父さまの後継のために準備していらっしゃるなんてご立派ですわね。わたくしなど屋敷でただ勉学に勤しんでいただけでお恥ずかしいですわ」


「何をおっしゃいますか。女性は男性とはまた違った教養が必要です。その教養を身に付けるのも淑女としての大事な務めだと考えております」


「まぁ。お上手ですこと」


 ふふふ、あははと和やかに愛想合戦している場合ではない。アニーの為にもう一肌。というか、これが分からないとアニーから更なるミッションを追加されそうな気がする。ダニエルとの関りはこのワンシーンで終わらせたい。


「お父さまが宮廷伯でなければ絶対にそのお役目に就くことはできませんの?」


「狭き門ではありますが、三年程前から身分に関係なく試験が受けられるようになりました。皆等しく職業選択の権利をという陛下のお考えだそうです」


 来た来た来たぁ。やったね、アニー。チャンスあるよ。チラリとまたアニーを見ると不安そうにダニエルに尋ねた。


「そうは言いましても、試験を受けるための条件もあるのではないですか?」


 おー。アニーは賢い。確かに、頭の良し悪しだけで宮廷入りが許されてしまったら警備が追い付かない。


「はい。陛下の信頼の厚い方からの推薦状が必要になります。例えば私の父上ですとか……。陛下が信頼をおけない方だと、陛下も判断材料が少ないですからね」


「ちなみに、試験とはどういった内容なのでしょうか?」


「アニーは宮廷伯に興味がおありで?」


 本当に一瞬だったけど、ダニエルの瞳には嘲笑が浮かんでいた。アタシもアニーたちと仲良くなる前は身分で人を選別していたから分からないでもない。だけど、ちょっと感じ悪いと思う。


「え、いえ。せっかくこうしてお貴族様との交流ができる場にいるのですから、平民同士では知り得ないことを教えていただきたいと思ったのです」


「そうですか……。基礎問題は学院で習うもので充分かとは思いますが、応用問題についてはやはり宮廷伯との繋がりがないと難しいと思いますね。政務についての資料はどこにでも出回っているものではありませんから」


 やってくれたな! 陛下、皆等しく職業選択の権利を、の理念はどうした。結局口先だけで、成り上がり出来ないようにプログラムされているではないか。


 なんかムカつく。気持ちは分かるんだよ? アタシだって明日から自分の屋敷に、平民が使用人として働くと言われたら嫌だ。そのくらい貴族にとって平民は素性の知れない異質な存在だ。だけど、陛下の口先だけ感が許せない。立場がある方だからなおさら。


「そう……なのですね……。大変勉強になりました。また色々教えていただけると嬉しいです」

「私で良ければ」


 アニーがショックを隠し切れないように呆然としたまま、なんとか言葉を返すのが見て取れた。それに反して、ダニエルはふふんと上から目線で腹ただしい。


「ときにリュシエンヌ嬢。先程あちらのご婦人方と海辺に行こうと話していたのですが、ご一緒にいかがですか?」


 海辺と言えば、あの崖の下のことよね? 無理。この前落ちかけたところにひょいひょい行くなんて、みんなに馬鹿にされる気がする。とくにセヴラン。そろそろ赤ちゃん言葉で話しかけられそうな予感がしている。アタシ貴族なのに。……でもなんか心地よくて許してしまう。


「お恥ずかしい話なのですが、わたくし先日その上の崖から落ちかけまして。まだ近寄るのは……」

「そうですか……。ではまた機会があれば、お誘いしてもよろしいでしょうか?」

「え……えぇ……」


 断れなかった。あの言葉にどういう言葉で断るのが適切なのかパッと出てこなかった。自分のコミュ力の乏しさが憎い。


 隣を見れば、道を塞がれたと呆然と立ち尽くすアニーがいる。なんて声をかけたら……。


「アニー?」

「あ、あぁ、リュシー。うまくいかないものね」


 そう言ってアニーは儚げに笑った。



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