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前世の記憶がショボすぎました。  作者: 福智 菜絵
第一章 悪役令嬢は逃げ切りたい
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パトリック登場


「誰かー!」


 アニーが大声で助けを呼んでくれている。アタシは岩を両手で掴むのが精一杯で、力をこめるための唸り声を出すのが精々だ。


 ハッピーエンドもバッドエンドもまだ来る予定じゃないのになんでこんなことに! 神様は何としてもアタシを亡き者にしたいのですか?


 岩を掴んだ手に全体重がかかって痺れてくる。自分の体がこんなにも重いものだなんて思わなかった。

 アニーの大声を張り上げる声がずっと耳に届いているけど、誰にも見つからない場所とチョイスした場所だ。誰も来るはずがない。


 岩を掴む手に力が入らなくなってきた。ずるずると滑っていく。怖くて、恐ろしくて、勝手に涙が出てくる。背中を嫌な汗がつたい、心臓がドクンドクン脈打つ。パニックでどうやって息をしたらいいのかも分からない。


 あぁ、こんな風にアタシは……。



 走馬灯のように()()死に際が脳内に映像として流れた。


 シューティングコントローラーを両手で握りしめて、向かい来るゾンビをバンバン打ち続けるアタシ。

 頭の中は親友との楽しかった日々の思い出。自然と口角が上がる。そのすぐ後に現実を思い出して涙がぽろぽろと零れる。


 なんで友達を使ってアタシをイジメたの?

 そんなにアタシが憎かったの?

 それなら直接言ってほしかったよ。

 

「あゆみ、千尋に好きな人とられたらしいよ」

「えー? あたしは好きな人に好きなことバラされたって聞いたけど」

「どっちにしても酷いよね?」

「でも私はこうなるって思ってたよ。だってほら……。千尋ってさ、自分が一番じゃないと嫌な感じじゃない?」

「あー。分かるー。プライド高そうだもんね」



 同級生の心無い言葉に胸が痛む。


 だから? だから、こんな風にアタシを仲間外れにしたの?



 親友のあゆみと目が合うと、気まずそうに視線を逸らされる。休み時間、アタシは一人になった。ランチの時間も。移動教室も。


 これまで隣にいたあゆみがいない。アタシをチラチラと気にかけながら、他のグループに混ざって過ごすあゆみ。


 なんとなく居心地が悪くなって、学校に行くのをやめた。

 不登校になって数日後から毎日あゆみからの着信があった。アタシは出ない。メールも毎日来た。アタシは開くことさえできない。


 最後の、終わりの言葉がそこにあるんじゃないかと思って。


 裏切られた。

 前までの二人に戻りたい。

 アタシが悪かったの? 

 なんで直接言ってくれなかったの?


 そして、脳内の映像はまたガンシューティングゲームをしているアタシに戻った。


 今と同じように心臓が激しく脈を打って、息が苦しくなって。その後は……。


 


 プツンと映像が切れて、眩しいくらいの白が見える。それ以外何も見えない。クラクラする。


 

 




 諦めかけたその時だった。聞き覚えのある声が聞こえたのは。


「どうなさいましたの?」

「リュシーが崖から落ちそうなのです。どなたか呼んできてもらえませんか?」

「まぁ! すぐに!」


 シルとサミュエルのことで物申してきた令嬢たちの声だ。そういえば、シルとここでイチャイチャしていたと目撃談を語っていた。どこかからは丸見えなのかもしれない。


 誰か呼んで来てくれる。あともうちょっとだ。どのくらいか本当の所はわからないけど、とにかくもうちょっと、もうちょっとと歯を食いしばって手に力を入れる。


「大丈夫ですか?」


 さっと差し出された浅黒い手を藁をも掴むようにしがみつくと、体はぐいっと一気に宙に引き上げられて、ストンと崖の上の芝生に着地した。


 なんて力! 


 驚きでさっきまでの悲しい記憶は打ち消されて、呆然としていると、急に体に力が入らなくなって地面にへたり込んでしまった。そんなアタシにまた、血管がはっきりと見て取れる浅黒い手が差し出され、気付いた時にはお姫様抱っこされていた。


 ふと顔をあげて、ぎょっと息を飲む。攻略対象(死神メンバー)の一人のパトリック・シモンだった。これ以上攻略対象と関わりたくはないと手足をばたつかせて腕の中から逃れようとするけど、低めの声で「危ないです」と言われ、力を込めた腕の中に閉じ込められた。


 腕の中から逃げられないと悟ったアタシは、パトリック情報のおさらいをすることにした。


『黒に近いこげ茶の髪に茶色の瞳。物静かで我慢強い。侍魂を地で行く人』


 うん。やっぱり前世の記憶ショボイ。そのくらいのこと初見で分かりますけど? 的な。前世の記憶があるのにここまで役に立たない人なんて世の中にどれだけいる? 学問に関してもそうだ。前世でも学校の勉強は自信があったけど現世で使える知識なんて数学くらい。


 もう本当いじけたくなる。誰にも言えないことだから、いじけても慰めてもらえないけど。

 というか、アタシはなんでこんな頑なに前世のことを秘密にしているんだろう。


 ……なんか、もう喋っちまってすっきりした方が良くね? 


 んー。そうそう。まず聞いても誰も信じない。もしくは電波だと思われる。アタシの言った通りになったら気味悪がられる。悪役令嬢と思われるのがそもそも不満。


 聞いても誰も信じないって言うより、アタシの知ってる情報って、自己紹介レベルじゃない? 言うまでもない情報だ。それで「アタシ死ぬの!」と言っても「いつかみんな死ぬんだよ」と生温かい目で見られて終わるだけの気がする。とくにセヴラン。


 フロリアンにいたっては頭の弱そうな子を見るような目で頭をぽんぽんしそうだ。


 結論として、話すほどの情報を持ち合わせていないってことになる。それに、王子ルート以外でアタシが悪役令嬢役かも分からないし。……いや、でもだいたい死ぬってSNSに書いてあったし。だから、学院時代に相当する年数、この国から逃げようと思ったんだった。よし。間違えてない。


「大丈夫ですか?」


 自分の世界で逡巡していると、心配そうなパトリックに顔を覗き込まれた。


 お姫様抱っこって距離近いねー。こんなに距離が近いのは家族以外では記憶にないよ。なんだか恥ずかしくなって視線を逸らして俯く。


「ご気分でも?」


 パトリックは更に眉を寄せて、目を細める。自分の思考の渦にはまっていたのと、お姫様抱っこの衝撃で気付かなかったけど、瞳に涙を浮かべたアニーも横を歩いて付いてきてくれていた。


「申し訳ございません。その……崖から落ちて気が動転してしまって、呆然としてしまっていたようです。助けていただきありがとうございます。アニーも助けを呼んでくれてありがとう。おかげでこうして生きてるわ」

「いや、自分は当然のことをしたまでです。礼を言われるほどの事ではございません」

「そうよ。わたくしにいたっては、ただみっともなく叫んでいただけだもの」

「まぁ、お二方とも謙虚なんですね。ですが本当に感謝しているのです」



 そうして運ばれている間に、サミュエルとシルに見つかり、アニーが説明し、心配そうに二人が加われば、少し進んだところで、またフロリアンたちと出会い、列をなして救護室まで付いてきてくれた。


 人に迷惑をかけておいてなんだけど、すごく嬉しい。この人数の分だけ温もりを感じる。


「皆さま、ご心配をおかけして申し訳ございませんでした。だけど、心配してくれてありがとう」


 にっこり微笑むと、みんなも安心したように笑顔を向けてくれた。

 パトリックは、救護室まで運んでくれると「お大事にしてください」とだけ言い残し、すぐに去って行った。



「なぜそんなところにいたのです?」

「サミュエル殿下、風を感じられる気持ちのいいところで女同士のお茶会をしたかったのです」

「ははっ。あそこはちょっと風通しよすぎじゃね?」

「今日は暖かかったですから気持ち良かったのですよ。ねぇ、アニー?」


 シルのツッコミに耐えられる気がしないアタシは、アニーに言い訳丸投げだ。アニーはシルとは幼いころからの知り合いなので、うまくやってくれるだろう。


「本当にどこもどうもないか?」


 フロリアンが心配そうに頭を撫でれば、カンタンもセヴランも肩にポンと手をのせて擦ってくれた。その人肌に安心して、ほっと一息つくとツーっと涙が流れた。


「リュシーどうした? どこか痛いのか?」

「いえ、安心して。崖から落ちそうになるなんてそうないことだから。わたくし、すごく怖かったみたい」


 よしよし、とフロリアンたちが頭を、肩を、背中を撫でて慰めてくれた。きっとここに家族がいたら、そうしてくれたように。


「君たち、女性の体にそう簡単に触れるのは失礼ではないですか?」


 あまつさえ指で涙を拭ってくれていたフロリアンに、サミュエルが不快そうな視線を向ける。フロリアンの指がビクッと震え、そっと頬から離れるのを察知してガっと腕を掴んだ。


「わたくしは家族といるみたいで安心します。サミュエル殿下、ご配慮ありがとうございます」


 にっこりと微笑めば不満げな顔はそのままでも、それ以上は何も言わないでいてくれた。お願いだから王子風吹かせて、この居心地の良い空間を取り上げるようなことはしないでほしい。切に願う。


 思わず掴んでしまったフロリアンの腕をどうしたものか、と困っていると「そろそろ放してあげれば?」と苦笑気味にシルが言った。アタシはフロリアンと視線を交わしてふふっと照れ笑いをして、そっと放した。


「リュシー。俺の手は掴んでくれなかったね」

「そうだね。俺の手も。俺らの手は放れてもなんの問題もないみたいだったな」


 カンタンとセヴランが冷やかすように茶々を入れる。アタシはすかさず応戦する。


「あら、カンタンとセヴランの手が放れる気配は感じなかったもの」


 そう言って、今も肩と背中にある手に視線を投げると「確かにっ」とカンタンとセヴランが、ニカッと笑った。王子にあの視線を投げられても手を放さないのは逞しいと取ればいいのか、リュシーだぜ? 問題ないだろ? 精神なのか……。


 どちらにしても大好きだけど。



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