第2話 気まずい車中
ビルを出たところでワタナベは自転車に跨がり、「お疲れ様です、また明日」と去っていった。
徳永さんと二人きり。
ビルの立体駐車場から車を出す。駅から少し離れた住宅地に会社のビルがある。機械の動く音だけが夜の闇に響く。
「笹本ん家、榎坂ら辺だったっけ?俺ん家はその向こうの桜台なんだけど。」
「はい。」
「ちょっと散らかってるけど、乗って。」
徳永さんが運転席に乗り込み、助手席の上着やらを後部座席に投げ込んだ。助手席のドアを開けて「お邪魔しまーす」と乗り込んだ。
会社から私の家までは車で三十分くらい。運転する徳永さんの横顔を見たいけど、恥ずかしくて、見つめ続けていたら怒られそうだし、ずっと前を向いていた。
「笹本、彼氏とかいないの?」
「え?い、いないです、そんなの。」
「そっか。彼氏いたら、他の男の車なんかに乗って帰ってきたら怒られそうだもんな。」
「と、徳永さんこそ、彼女とかいないんですか?」
「残念ながらいないね。」
話が途切れて、控えめな音量のカーステレオから音楽が流れているのが聞こえる。
「あのさ、笹本。」
「はい。」
「渡辺と仲良いけど、好きなの?」
「ええっ!?だ、だ、誰がそんなこと!そんなわけないです!」
思いの外大きな声が出た。必死で否定してみたが、わかってくれただろうか?
「えー?益々アヤシイな。アイツ、良いヤツだし、付き合ってみたら良いのに。仲、取り持ってやるよ?」
あわわわわ。マジで勘弁!
私が好きなのは、アナタ!徳永さんなのに!!
「あはは、ワタナベはただの同期ですよ。それに、アイツ、社内の女の子達にめっちゃ人気あるじゃないですか。私なんて、とてもじゃないけどムリムリ。そもそも、タイプじゃないんで!」
「ふーん。ま、そういうことにしといてやるよ。」
「いや、ほんとに。ワタナベはそんなんじゃないです。」
またもや沈黙。
ほんとにわかってくれただろうか?
いっそ、ここで告白してしまえば!なんて、そんな唐突なことをする勇気があるわけもなく。こんな近くにいるのに、なんにもできない私。
しばらくすると家の近くまでやって来た。徳永さんが沈黙を破る。
「えっと、もうすぐ榎坂だけど、どこら辺?どこで右折?」
「は、はい。えーっと、この先、右手にファミレスがある交差点があるので、そこを右に。あとはまっすぐで、二つ目の信号のところです。」
「了解。」
ほどなく私の住むワンルームマンションに着いた。
「徳永さん、ありがとうございました。また、お礼させてください。」
「おう、お疲れ。お礼なんかいいよ。また、明日な。お休み。」
車から降りて、部屋に入る。
「はあぁぁぁぁぁ。疲れた。」
ほんの三十分のドライブだったが、緊張しすぎて疲れてしまった。もっと色んなことを話したかったし、徳永さんのことをもっと知りたかったのに。
シャワーを浴びながら、色々考える。
ワタナベについての誤解は解けただろうか?今度会った時はなんてお礼をしようか?彼女がいないなら、飲みに誘ってみようか?それか何か小さなプレゼントが良いだろうか?どうやったら、私は徳永さんが好きだということに気付いてもらえるだろうか。
一方その頃、徳永さんとワタナベの間で、とんでもないことが起きているとは、このときの私は全く知る由もなかった。
何となく三角関係。