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「そのことに綾子は……って、気がつくわけないか」
「うん。綾子は全然気がつかなかったわ」
「教えてあげなかったの」
「教える気はないわよ。それでうまくいくのならいいけど、駄目だった場合恨まれるのは私よ」
「まあ、そうね」
元同僚の女性は息を吐くと、グラスに手を伸ばし一口飲んで喉を湿らせた。グラスの中身はもちろんお酒である。
「それでさ、綾子の元カレと綾子がつき合い出した時のことも、見ていたのよね、私」
そう言って大学の友人の女性へと目を向けた。
「元カレって大学の時に告白できなくて、卒業後一年くらい経ってからお膳立てしてもらって、やっと告白したんでしょ」
「そうよ。あいつってば綾子に気があるのはバレバレだったのに、言えなくてさ。あいつの友達に頼まれて、軽い同期会を開いてやったのよ。……って、まさか綾子にとって迷惑だったの?」
「違うわよ。元カレに告白されたことを『嬉しかった』って言っていたもの。じゃなくてね、綾子が元カレと付き合うようになったのを知ったバイトの顔がさ、忘れられなくてさ」
「顔? なんで? 驚愕の顔をしていたの?」
「まあ、そうなんだけどね。でも、口では「おめでとうございます」なんて言いながら、目は笑ってなくて。ううん。笑ってないどころの話じゃなかったわね。あんなに暗い目を出来るんだって怖くなったもの」
戸惑うように顔を見合わせた二人は、思い出して身震いする女性のことを見た。
「えーと、そのバイト君は、綾子に告白しなかったの」
「してないと思うわ。そうなれば綾子もさすがに彼と話す時に、顔が引きつったりするでしょう。でも、そんなことはなかったもの」
「ねえ、そのバイト君がなんなわけ? さっきから話が見えてこないんだけど」
高校の友人が睨むようにして、同僚だった女性に言った。
「だから! 綾子が元カレとうまくいかなくなったのは、その子のせいだったんじゃないかと思うのよ」
「はあ?」
「彼とつき合いだしたのって就職して一年目の一月でしょう。そのあと半年くらいは順調につき合ってたようだけど、そのあと綾子が(会社が合併のために)忙しくなってしばらく会えなくて、新しい会社に入ってからも元カレとほとんど会えなかったのよね」
「……いや、それって、普通のことでしょ。あの頃は綾子は忙しくしてて、私達とも会えなかったじゃない。それにどうやってバイト君が邪魔をするのよ。仕事で忙しいと言っていたじゃない」
「だからー! そのバイトがその後輩じゃないかって思うんだって」
同僚の女性の言葉に、瞬きを繰り返してからお互いの顔を見る二人。
「なんで、そう思うの?」
「元社長……おじさんが言っていたのよ。バイトの彼は、ある会社の社長の息子で将来有望だって」
「それ、本当?」
「ええ、確かに言ったもの」
「でも、おかしくない? あなたの話が本当なら、彼は綾子があの会社に移った時に新入社員として入ってきたわけでしょう。そんな彼に綾子の仕事をどうこうすることって出来ないと思うんだけど」
「でも……」
「それにね、いくら綾子がボケでも、バイト君の顔と名前くらい覚えているでしょう。そのバイト君は『谷口』だったの?」
「……違うわ。でもね、名前を偽って入ってきていたら?」
「それこそ論外でしょ。社長をしているが偽名のやつを信用するわけないでしょう」
「……でも、社長の息子って」
「いい加減にしなさいよね。綾子も言っていたじゃない。実力主義の会社で創業者一族でも閑職に回されるとこなんでしょ。そんな会社の社長の息子ぐらいが、残業増やしたりして邪魔が出来るわけないじゃない」
同僚だった女性は「あれ? あれ?」と首を捻った。
「ほら、別人よ、きっと」
「そうかな~?」
「そうだってば!」
「でも……いや、まさか」
途中から黙ってしまった大学からの友人が何やら顔色を悪くして呟いた。
「どうしたの、あなたまで」
「う~ん、そのさ、あいつが言っていたことを思い出したことがあって……」
口ごもる大学からの友人。
「何よ。そこで止められると気になるんだけど」
「えーと、綾子の元カレがさ、言っていたのよ」
「うん、それで」
「綾子とデートした時に、ジッと見てくる男がいたんだって」
その言葉だけで黙る友人。高校からの友人はしばらく待って、続きの言葉がないから「それが?」と言った。
「だから、その男がバイトに来ていた男だったんじゃないかと、思ったの」
「……で、それがなんなの?」
「だってね、デートのたびに見かけたらしいのよ。不気味じゃない?」
「ねえ、それっていつの話なの」
「確か……つき合いだして三か月後くらい……だったと思う」
「で、いつまで続いたの、それ」
「う~ん、綾子が忙しくなるまでだって言ってたかな。その時期が終わってから会った時には、そんなあやしい奴は見かけなかったって」
嫌な想像をして顔色を悪くする三人。
「で、でも、同一人物かどうかわからないじゃない」
「せめて後輩君の顔が分かれば……」
「あるわよ」
思案しながら元同僚の女性が言ったことに、高校からの友人が言ったのでした。