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「綾子の会社ってワンフロア状態だって言ったわよね。それも百人近くいるんでしょ。イブの日だから何人残っていたのか知らないけど、それでも綾子と関わりのないチームの人も後輩君の気持ちに気がついていたみたいじゃない」
「なんかさ、私、見えてきたかも。三好とかいう後輩の思惑とかね」
「うん。そう考えるのが正しいと思う」
「三好ちゃんが、何?」
嫌な考えが浮かんできたけど気のせいだと思うことにしながら聞いたら、「綾子がわからないならそれでいいわよ」と、三人に微笑まれた。
「さあ、続きをさくさくと話しちゃってよ」
促された私は、なにやら釈然としない気持ちを抱えながら、続きを話すのだった。
◇
私のほうが早く終わり「お疲れさまでしたー!」と、バッグを掴んで言い逃げをしたはずだった。
のに、駅に着く前に谷口君に捕獲された。ちくしょう、コンパスの差が恨めしい。
「待ってください、桜田さん。逃げるなんて酷いですよ」
「いや、明日も仕事だからね。早く部屋に戻って休みたいなと思っただけで……」
腕を掴まれてしまったので、仕方なく立ち止まる。
「それなら尚更ちゃんと食事をしましょう。ここんところまともに食ってないから、付き合ってくださいね」
否やを言う前に、目の前にあった居酒屋へと引っ張られてしまった。前に同期と来たことがある、半個室の居酒屋だ。
「何か、飲みます?」
「えーと、ビールで」
「食べたいものってありますか」
「がっつり系より胃にやさしいものがいい」
「じゃあ、適当に選んで頼みます」
注文を谷口君に任せて、店員とのやり取りを憮然とした顔で見ていた。注文が終わり、飲み物がくるまで谷口君は何もしゃべらなかった。私も意地でもこちらから話しかけるもんかと、口を閉ざしていた。
「それじゃあ、とりあえず乾杯!」
一応ジョッキを触れ合わせて乾杯はした。ゴクゴクと飲むと、よく冷えたビールが美味しく感じられた。お通しの葉物の和え物……たぶん小松菜だと思う。それをつまみながら、ビールを飲む。
「怒ってます、桜田さん」
恐る恐る聞いてきた谷口君に、視線を彼へと向けた。
「怒ってはいないけど、この強引さはどうかと思うけど」
「僕、言いましたよね。桜田さんに僕の気持ちをわかって貰うって」
「だからさ、それは誤解か気の迷いだって」
「なんでそう思うんですか」
そう言ってから揚げをぱくりと食べる谷口君。私はゴクゴクとビールを飲みほして、ダンとジョッキを置いた。
「だってそうでしょう。私みたいな年増より、総務の……あの子のほうが年下だし可愛いじゃない。というか、私にあれだけ言われて、それでも好意を寄せるって、谷口君はマゾ気質でも……」
「あっ、お姉さん、生二つお願いします!」
あるんじゃないの、と言い切る前に谷口君は通りがかった店員さんを呼び止めて、ビールの追加を頼んだ。
「ちょっと」
「桜田さんのジョッキが空になったから」
「明日も仕事だから、これ以上はいらないわよ」
「でも、頼んじゃいました」
「キャンセルすればいいでしょう」
「はい、お待たせいたしました」
文句を言っている間に、店員が追加のビールを持ってきた。……というか、持ってくるのが早くないか?
◇
「ねえ、そこいら辺は割愛でよくない?」
「私もそう思う。それよりも後輩君との攻防を聞きたいな」
「ミー ツー」
私はグッと息を止まらせたような音を出した。「わかった」と、了承の意を伝えて、続きを話す。
◇
このあと、どれだけ気の迷いを訴えても納得しない谷口君に、私はだんだん疲れてしまった。
そしてついつい面倒になって、一緒に映画を見に行くことにも頷いてしまった。
そして、そして、この事態にやけ気味にお酒を煽る私。
これ以上機嫌を損ねたくないのか、谷口君は口説くようなことは言わずに、お酒の追加を頼んでくれたのだった。
お店を出て、終電はまだあったけどタクシーで帰ることにした。……そうだよ。飲みすぎたんだよ。私がタクシーに乗り込み「じゃあ、谷口君も気をつけて」と言っている途中で、谷口君も乗り込んできた。
「方角一緒。二人で乗った方が安上がり」
の言葉に、降りろとは言えなかった。聞くと私のほうが近いらしい。それならと一緒に乗り、自分の部屋のそばで降りた私がふらついたら「部屋まで送る」と申し出られた。
うん。なんで断らなかったんだろう、私。
……翌朝、頭が痛い状態になってしまったなんて。
前日と同じ格好で出勤した谷口君は……なぜか英雄のように扱われていた。解せぬ。
私は……やはり神様もサンタクロースもいないと、実感したのでした。
◇
「ちょっと。端折りすぎでしょ」
「そうよ~。肝心なところが抜けているじゃない」
「ねえ、ふらついていた綾子を、抱き上げてくれたりっていう、シチュはなかったの?」
シチュという言葉に、ギッと友人たちを睨みつけた。涙目になっているから、迫力はないだろうけど。
「やだ、綾子ってば、なに涙目になっているのよ」
「だって、話を聞いてくれるって言ったのに……私は本当に困っているのに……面白がってさ」
グジグジと言い出したら、隣に座った友人が私の頭に手を置いて撫でてきた。
「ごめん、ごめん。悪気はなかったんだってば。珍しく綾子から相談だっていうから、何事かと思っていたのよ。それが恋バナなんだもの。つい興がのっちゃって」
「そうそう。茶化すつもりはないんだって」
「そうよ。でも、そろそろお店を変えない? そこで続きを話しましょ」