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 ◇


「えー、後輩君からの告白―!」

「何それ。なんておいしいの!」

「ねえ、どんな子なの、その後輩は!」


 色めき立つ友人たち。私は、両手を振って「ステイ、ステイ」と落ち着けとジェスチャーした。


「こら、綾子。誰が犬よ」

「そうよ。ステイはないでしょう」

「ほらー、キリキリ吐かんかい!」

「だから、落ち着いてよ。まだ話の途中なんだってば。ここの部分は話の筋として、軽く流しておいてよ」


 私の言葉に三人してキッと睨むように見てきた。


「軽く流せるわけないでしょう」

「そうよ。元カレとの付き合いや別れてからの、この一年の綾子を見てきたのよ。このまま枯れるしかないのかと思っていたところに、救世主じゃない」

「そうそう。同じ会社ならすれ違いばかりになることはないと思うわ。もう、彼に決めちゃいなさい!」

「いや、だから、話を聞いててっば! まだ話の途中と、言っているでしょう。聞いてくれないのなら、私は帰るわよ」


 そう言ったら「「「むうー」」」と呻る三人。


「わかったわよ。なるべく口を挟まないようにするから、その愚痴(という名のおいしい話)を聞かせない」


 偉そうに言われてしまい、私は釈然としないながらも続きを話すことにした。


 ◇


 私にチケットを差し出す谷口君。


 ◇


(ひざまず)かなかったのかーい!」

「こら、シー」

「いや、だってさ」

「だから、黙って。綾子が機嫌損ねて帰ってしまったら、(おいしい)顛末が聞けなくなるじゃない」


 小声でやり取りする三人に私はジト目を向けた。慌てて愛想笑いを浮かべる三人に溜め息を吐き出して、なんとなく諦めの境地にいたりながら続きを話したのよ。


 ◇


「いや、ちょっと待とうか。いきなり言われても困るんだけど」


 色気も何にもない鬼上司の私に告白っておかしいでしょ。冗談に持っていこうにも目が真剣な気がするから、当たり障りのない返答をする。


「いきなりじゃありません。僕はずっと(・・・)桜田さんのことが好きだったんです。桜田さんは僕のことが眼中にないのは分かっています。後輩としてじゃなくて男として見て貰えるようになってから言おうと思っていましたが、変な誤解をされていたとわかったんです。これからは誤解されないように、しっかりきっぱりはっきり、攻めていきたいと思います!」


 谷口君の宣言に、私は口を開けて見上げてしまった。


 はっ? オトコトシテ、ミテモラエルヨウニって?

 変な誤解?

 いや、そっちが誤解してないか?


 一瞬走馬灯のように谷口君が私の下についてからの二年間が、頭の中を流れていった。


 あれ~、普通に罵詈雑言を浴びせていたよね、私。

『お前は仕事をしに来ているのか、遊びに来ているのか!』と、言ったことあるよね。

『失敗は誰にもある。それを下手に隠そうとするな!』とか『認められたいと思うなら、それなりの仕事をしろ!』とも言ったわよね。

 他にもプライドを傷つけるようなことを言った覚えもあるし……。

 あの時屈辱に真っ赤になりながら、顔を歪めていなかったかい?


 そんなことを思い返していると、フロアのあちこちから、拍手と「いいぞー!」「よく言った!」というような声が聞こえてきた。どうやら残っていた人たちに今までのやり取りを聞かれていたみたいだ。


 というか、谷口君を応援するような言葉が聞こえてくるって、どういうこと?


「桜田さんは僕のことをどう思っているんですか」

「えっ、と、後輩?」


 私の答えにフロア中からため息が聞こえてきた。だから、どういうことなのよ。

『女がリーダーのチームに入って、大変だな』と、彼の肩を叩いていたのはどこのどいつだ!


 私の顔をじっと見つめていた谷口君は、小さく息を吐くと言った。


「分かりました。とにかくさっさと終わらせて飲みに行きましょう」

「はっ? なんで飲みに行くの?」

「もちろん僕の思いをわかってもらうためです。さっき言いましたよね。これから攻めますって。覚悟してくださいね」


 ニッコリ笑顔でダメ押しのように言うと、谷口君は自分の席に戻った。それから猛烈な勢いでキーボードを叩き出した。


 私はその様子をしばらくぽけーと見ていた。

 ……けど、ハッと気がついた。

 このままじゃ終わったとたんに飲み屋に連れていかれる。

 そしてどうやら口説かれる……らしい。


 とち狂った行動としか思えないけど、どうやら谷口君は本気みたいだ。やばい。このまま飲み屋に連れていかれたら、どうなってしまうのだろうか。明日の仕事に支障をきたすことは避けたい。


 そうだ。仕事! うん。支障をきたすわけにはいかない。うん。


 そんな事態を回避するために、私も残りの仕事を片付けようと画面と向き合ったのだった。


 ◇


「綾子~、あんたってそんなに鈍感だったの」

「というか女を捨ててたんじゃないの、この一年!」

「異性からの好意の視線に気がつかないって、どんだけよ」

「いや、今の聞いていたよね。私の罵詈雑言に顔を屈辱に歪めていたって。他の人から同情されていたって」


 私の言葉にため息を吐きだす三人。


「それはさ、チームに入った最初の頃だけだったんじゃないの」

「そうそう。実際に綾子と仕事をして、尊敬に変わっていったと私は思うわよ」

「というかさ、こんなに節穴な綾子によくチームをまとめることが出来たよね」

「節穴って、どこがよ!」


 憮然と言い返したら、揃って盛大なため息を吐きだす三人でした。



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