表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/8

 ◇


 あなたはクリスマスの奇跡を信じますか? 


 いいえ、私は信じません。ついでに言うと、神様もサンタクロースもいないと思っています。


 もう、サンタクロースが実在すると信じていた頃から、かなりの年数が経ってしまった。その存在はおとぎ話や本の中のことと思うようになって幾年月。いまや私は不信心者を貫いていた。


 そんな私がクリスマスイブなのに残業が決定している不憫な後輩に、サンタクロースを真似てプレゼントを用意したことにより、理不尽な事態に陥った話。いや、愚痴?


 そうよ。こんなこと、愚痴らずにいられるかって云うのよ。


 ちょっと、そんな嫌そうな顔をしないでくれる?


 話を聞いてくれるって言ったのは、あなたたちじゃない。


 こら、そこ! うんざり感を出さないの!


 あー、わかったわよ。ご託はいいからとっとと本題に入れってことでしょう。じゃあ、話すわよ。


 サンタクロースと言ったからわかるように、これは去年のクリスマスイブの話。


 ◇


 クリスマスイブの夜なのに、今日も仕事だった。まあ、今年は去年と違ってイブもクリスマスも平日なのだから、残業になっても仕方がないわよね。休日出勤じゃないだけ、良しとしておこう。


 そんなことを考えながら、私はキーボードを叩いていた。この会社はブラックではない。そう、決してブラック企業ではなかったはずだ。それなのにこの三年ほどは終業時間で帰れることのほうが稀だった。


 これは社長が悪い。そう、社長が悪いのだ。私がこの会社に入って二年目に何をとち狂ったのか、新規事業を立ち上げやがった。一年間を準備に費やし、始動したのが三年前。最初は抜擢されたことを光栄に思い、仕事に邁進したものだった。


 それが良かったのか悪かったのか、上に認められて私のチームが出来た。チーフとして纏めなくてはならないから、より一層仕事に費やす時間が増えた。そのせいで……。


 いかん、いかんと軽く首を振り、思い出しかけたことを頭の中から追い出した。それでも、キーボードを打ちながら、クリスマスイブという単語がネックなんだと思ってしまう。


 いつの間にか気が付くとアラサーに近づいている私。


 ……おっと、いかん。また余計なことを考え始めそうになっている。どうやら集中力が切れかけているようだ。気分転換をしようと私は立ち上がり、コーヒーを淹れて持ってくることにした。



 ふと、瞼に重さを感じて時計を見たら、壁かけ時計は二十一時を指していた。先ほど……コーヒーを取りに動いた時に時計を見たら、十九時三十分を過ぎたところだった。それから一時間半ほども集中していたようだ。疲れた目を労わるように、目薬を差してしばらく目を休めることにした。


 百人超のデスクが配置された広いフロアにはまだ数名残っている。カタカタとキーボードを打つ音が、遥か遠い国の潮騒のように、寄せては返すように耳に届いてくる。


 まだもう少し終わらないだろう仕事にうんざりしながら目を開け、ついでに凝った肩を回しがてら窓のほうを向いた。闇に染まったガラスにフロアの照明が反射してやけに眩しく感じた。


 外の闇は、空が晴れている証拠なのだろうか。それでも去年との変化が欲しいからか、未練がましい言葉が口を滑り出た。


「……クリスマスイブだからといって、雪が都合よく降るわけがないか」


 私のそんな呟きが耳に入ったのか、同じように残業をしていた向かいに座る谷口君が「え?」とこちらを見つめてきた。


「ああ、ごめん。ただの独り言だから」


 手をひらひらと振って、気にしないでくれと合図をした。そして仕事に戻ろうと思い、横に置いた資料の紙を手に取ろうとしたところに谷口君の声が聞こえてきた。


「桜田さんの言う通りですよ」

「え」


 私は顔を上げて、また谷口君のことを見た。


「だってほら、僕達いつもどおりに仕事なんですから」


 どうやら谷口君は、このどうでもいい独り言にのってくれるみたいだ。


「どうしたの、急に」

「いえ。だって神様やサンタクロースが本当にいたら、こんなことになるわけないじゃないですか。これじゃ恋人もできやしない」


 その口調にいら立ちがこもっているのは、あまりに抱える仕事が多いからだろう。

 その気持ちは私にもわかるのでうなずいてみせる。


「そうよね」


 思った以上に強い声が出た。なんか実感がこもった言い方になってしまったなと思った。

 でも仕方がないとも思う。この忙しさのせいで、私は去年のクリスマスイブに振られてしまったのだから。


 大学で知り合った彼とは、五年付き合った。この会社に入ってからは、忙しくて会えない日々が続いていた。それどころか、デートのドタキャンが何回あったのかしら。そう考えると、五年もよく付き合ってくれたわね、とも思ったものだった。

 それでも、別れ際に言われた「恋人より仕事ってどうかと思う」という言葉には、深く傷ついたものだった。


 思い出したことを振り払うように、「でもね」と続ける。


「それって私達が信じられなくなったことが原因なのかもしれないわよ」

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味よ」


 芝居がかったしぐさで、やや大げさにため息をついてみせる。


「私達が信心深ければこんなことにはならなかったんじゃないかと思って。神様もサンタクロースも、信じつづけていられたなら、きっとこんなことにはならなかったのかもしれない」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 連載おめでとうございます(≧▽≦) 続きも楽しみにしてます。 ところでタイトルの「笑んだ」は「ほほ笑んだ」でしょうか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ