第九話 赫い珊瑚
「な、なにを言って…。」
「ならさっさと刺したらどうだ。ほら。」
情報屋は振り返って、無防備に、彼の目の前に立っている。
剣の先を手袋をその手に着けたまま強く掴み、その胸に自ら突き立てた。まだ距離はあるが、剣先は青年の腕から先端に振動が伝わってくるのが見てもわかる。
「このまま逃がせば私はお前の主に会うことになる。」
少しずつ、確実に、人間の心臓の上、左胸に近づいていく。
「この城も此処にいるモノも、どれも異常なのはお前もわかっているはずだ。お前、ここの従者だよな。」
「…!」
このNight王国へ来る前に、情報屋はPCで見た顔があった。遡っても遡ってもずっと、前代の王まで遡ってさえ若返るもせず老いもせず写真に写り込んでいた。
異能力者は例外を除いて、能力を一つだけ持つことが出来る。
二つ以上持っていると言う事は、情報屋はまだ見たことがない。
二つ以上能力を持つには、とある誰かに認められ気に入られ施しを受けなければならないらしい。その証として。青い薔薇の大きなタトゥー、もしくは装飾品を一つ授けられる。
そしてその青年には、胸に青い薔薇の装飾品が一つだけ。
幾ら時が経っても変わらない姿。戦闘中に見せる瞬間移動。
「なぁ、お前に”施し”ってやつをやったのはどんな奴だ。まず、人の姿をしていたのか?」
情報屋の剣を握る手はそう問うた途端に一気に胸に近づき、先が服に刺さりかける。
青年はグッと歯を噛み締め、握られた拳を振りほどき剣を振り落とした。ガランガチャンッと大理石の床に響き渡る。引き抜かれた手袋の掌は切り裂かれてしまった。
剣先が布を貫通していた。
布は一枚だけだった。見た目以上に厚着はしていない。
その先に当たるのは微かな金属音。
引き抜く時にも聞こえた金属が摩擦を起こした時の甲高い音。
よく見れば、手袋を見て指を動かしたり、腕を降ろすその動きは軋む音が聞こえてきそうなぎこちなさ。
裂けた白い手袋の間から見えたのは、顔と同じ白でもなければ、人間のような肌色でもなかった。
灰。
銀とは言い難いくすんだ金属色。
「(帰ったらまた縫わないとな…。)」
手袋はよく見れば継ぎ接ぎの跡がある。分からない様に布を縫いこんであり、注意深く見なければ新品のようだった。
「…ひ、人じゃ…人じゃな…。」
青年は明らかに戦意喪失した顔色で、声が震えている。完全に膝から崩れ落ち、もう立ち上がってこない。
「……お仲間に出会えてよかったな。」
情報屋はそう言って奥の部屋に向かおうと振り向いた。
突如として響く肉が切り裂いた二つの刃物の音。静かに着地した二枚のマントのはためく音。一つの何かが倒れ込む音。複数の液体が床に大量に飛び散る音。
情報屋は、背後とはいえ久しぶりに聞いたその音に、何十年も感じていなかった寒気を感じる。
ハッとしてすぐさま踵を返す。青い髪が視界を一瞬遮り、その先に見えたのは、
二つのそっくりな影。そのうちの一つが赤い瞳をこちらへ向けた。その左目には包帯は無く、代わりに目の上に出来た一本の細い月のような形の傷が刻み付けられていた。
「あ!お前、やっぱり生きてたのか。」
「ご迷惑をおかけしました、もう大丈夫ですよお嬢様。」
もう片方の影、青い瞳がこちらに振り向いた。目つきの暗い赤い瞳に対してこの青い瞳は明るく慈愛に満ちていた。情報屋はこの瞳に懐かしさを感じたが、なぜなのか探っても、記録に該当物を見つけられなかった。
「その恰好は…。」
「迷惑をかけた。先程全部返って来たのだ。」
血濡れた剣を振り、血をはじく。
「僕は…えっと、我は火貴族の血を継ぐ王である!」
「わっわっ、ぼ、僕もですよ~。」
「何だこのホンワカした雰囲気は…。」
「青髪の女!我々と共に赤珊瑚の主の討伐をしてはくれまいか。」
「お嬢様ってちゃんと言ってくださいお兄様…!」
ついに玉座にたどり着いた情報屋と双子の王。その玉座に居たのは煌びやかな大人と言う訳ではなく…え?子供なのあれ?どっちでもなくね…じゃぁ中年!まってそれだと年老いてる…まぁいいや!
次回「二つの貴族」