第八話 青炎と忠誠
消えかかった弱弱しい黄炎に照らされ、何かが落ちた。
散らばった琥珀の欠片に囲まれて、黄色薔薇のあしらわれた拳銃だけが静かに居残っていた。弾切れの様子を見せなかったそれは飾り弾入りで、一つ一つに薔薇の模様が彫られていた。
*黄炎のメイドを倒した!
…
廊下を進み、奥へ奥へ。
少しばかりの懐かしような感情が感じられたのは今の彼女にとってはほんの一瞬だった。
いくつもの無人の廊下と豪華な装飾の木扉を抜け、まるで舞踏会でも行うかのような装飾と広さの大広間に出た。
青い炎の蝋燭が壁一列に灯されており、力強く燃えている。
「………次はお前か。」
その空間の中央には、青い宝石で形創られた薔薇のバッジを胸に着けた、執事姿の青年が煽薔薇の飾られた剣を携えて立っている。顔の左目にはクロスした切り傷と、左頬に下からの三本の切り傷の跡が見える。髪は情報屋よりも濃い青色で高身長ですらっとしている。
「…誰ですか貴方は。」
掃除している途中のような布を持って振り返った青年は、不機嫌そうに振り返りそう返した。黄色の瞳が情報屋の姿に剣が本当に向けられたかのように向けられる。
「只の情報屋だ。依頼主と来たんだが、そちらの京義のご丁寧な案内で逸れてしまった。お陰で廊下は瓦礫で通れず迂回する羽目になり、挙句の果てにはメイドにも襲われる始末だ…。」
情報屋は手をズボンのぽけっとに突っ込み、顎を引いて執事を見つめながら距離を詰めていく。
横を取りすぎようとしたとき、執事は剣で情報屋の行く手を遮ってしまった。
「通してもらいたいのだが。」
「いやいや通しませんよ。この先は玉座、安々と謁見できるわけでは御座いませんから。」
「ほうこの先が玉座か。随分と狭く感じたぞ。」
ネックめがけて振られた刃を情報屋は髪が切られる直前のところで躱した。天井御見上げた顔の視線を前に戻すと、彼が居ない。
「私はこちらで御座います。お客様。」
真後ろから声がする。
「ほう、身体のわりに警護以上にすばしっこそうだ。」
「すばしっこい、で済めばよかったですね。」
瞬時にその青年は目の前から消えた。消滅したのではなく、一瞬姿が二重に見え、その後跡形もなく静かにふっと居なくなっていた。
情報屋は姿を追おうとするが、あの紫炎のようにはいかなかった。動体視力が追いつくはずがなかったからだ。
「世にも珍しい異能力保持者か…!」
この世界の人間、人類という分類は最弱の地位に居る。何の能力も持たない、龍人のように長寿でもなく、獣人のように秀でた能力を個別に持っているわけでもないからだ。雑食で何でも糧にし、二足歩行により両手が使えて器用だったのが唯一の取柄だった。今や最大繁栄都市として名をはせたMarsも、一人では何もできない人間がお互いを守りあう為に集まり集まり、他種族にはない多彩な知恵を出し合い、道具や機械を使用し強化していただけに過ぎない。その前に悲惨な人間同士の醜い争いっがあるのだが、その話はまた今度にしよう。
そんな人間の中に、先天性の能力を手に入れて生まれてくる、いわゆる「超人」と呼ばれるモノが出現するときがある。
「(異能力も生き残りなんて居ないと思っていたが…何か訳がありそうだな。)」
やけに戦闘に慣れた動きをする青年と、一か所にとどまってどうにか姿を捉えようとする情報屋。
「どうしたんです。足を止めていると一突きしてしまいますよ?」
「それで殺せるもんならやってみろ。」
そう言い、その場で仁王立ちになり目を瞑って俯く情報屋。
執事は怪しく思いその動きを止め、背後からゆっくりと近づいていく。
剣を振りかざし、胸めがけて降ろそうとしたが、直前で固まってしまった。
今にも背中から刺さりそうな状況で、情報屋はすました目でその青年の顔を見つめていた。生気のない、全てを見透かして諦めたかのような、希望を失って今にでも終わらせたいと願っているのがつたわってくるように冷たかった。
「やっぱりお前…実際人を殺したこと、ないんだな。」
剣を振りかざしたまま震えて動けなくなってしまった執事。情報屋はとどめを刺さず先に向かおうとするが、その直後に乱入が…。
次回「赫い珊瑚」