第六話 紫炎の耳飾り
「何も思い出さないか。」
「なにか引っ掛かります…引っ掛かりますがどうしてもぼやけてしまって。」
この城の格好は元から記録に載っている。載っているが、記録によれば既にこの姿は解体されていて、真っ白な洋風の城があるはずだった。
まるでその敷地だけ時代が戻ったかのように。
「Marsの新聞がでっち上げっていうことも珍しくない。こういう時は」
情報屋は大きな黒い扉を両手で押し開ける。カツンカツンと宝石のランプが扉に当たって音を鳴らす。
「自分の目で見たモノだけを信じればいい。」
そう言って、足を踏み入れズカズカと進んでいった。
…
中は灯り一つも灯っていない。ランプの光も心細いほど、まるで霧が黒くなったかのような暗さに足元が心配になる。ごつごつとした床に、時々カツーンと蹴られる小石。小石なんてあるはずがないきっとひび割れた壁の欠片だろう。
「この暗さじゃ何も見えませんね。何か出てきそう…。」
「城が変わってるんだ。何があってもおかしくはないが、こんな崩れかかっている城に戻したのは誰で何故だのだろうか…。」
高い天井に足音だけが響く。そして
鋭く空気を切る刃物の音と上から何かが崩れる大きな音。
「…!!っ離れろ!」
情報屋がカランを突き飛ばし、自身も横に転がり避けた。ザザザザッと床に突き刺さる刃物の大群が遅れて揺らいだ水色のメッシュ髪の毛先を綺麗に切っていった。
ひび割れた壁に備え付けられた蝋燭の灯りが、情報屋の居る入り口から瓦礫の山を越え、カランの居る廊下の奥に向かってひとりでにポンポンっと紫色の炎を灯した。灯火の紫を床に咲いたクナイが反射した。その中央に人影が着地した姿勢から立ち上がる。
顔を布で覆った全身紫色の忍者男が、口元の布を下げにやりと笑った。
「お客さま二名様ごあんなぁーい!…あ、一人もう潰れちゃったか。一名様ごあんなーい!」
「随分と丁寧で豪華な歓迎だ。」
男はシャンシャンと鈴の音を鳴らしながら壁、天井を素早く飛び回る。軽いフットワークに小柄な体格は近づけず、遠距離も当たらない。撃った弾が瓦礫をまた生み出す。
「あまり無暗に撃ったら本当に下敷きになるぞ。」
男は後ろから耳元ででそう笑い、振り向いた情報屋のナイフも躱しまたぴょんぴょんと飛び跳ねてあざ笑う。情報屋はピタッと動きを止めていた。
「あれあれぇー??どうしたのかなぁー?絶望しちゃったぁ?勿論、この副様だもんねぇー!お嬢様を守る護衛はこの俺様しk…ひょあぁぁぁい!!あぶねぇ!!」
余裕ぶっていたその時に前を見ると、情報屋の無表情が鼻の先にあり、ナイフの先は胸に刺さっていた。危ないんじゃないもう刺さってる。
男が後ろに退きナイフを抜き捨てると、ぽっかり穴の開いた胸はたちまち元通りに戻ってしまった。
「ん…!?」
「ざんねぇーん♪俺様今は不死身なのー♪」
手を顔の横でひらひらと振り、舌を出して挑発してくる。
何度も。何度も。安堵も切り刻もうが刺そうが、フードを切られ壁にめり込もうが、全て再生してしまう。
フードがはがれた拍子に紫の光が彼の顔を照らし出した。真紫の髪に黒い眼、耳には紫いろの宝石ピアス。男は慌てて両手で両耳のピアスを隠した。両手がふさがったことによって攻撃が出来ず、逃げることしかできない。
情報屋は、動きを止めていた間男の動きをじっと観察していた。瞳孔のない眼にデーターが映される。上下右右上下右右上上下下…パターンがわかれば彼女が尻尾を掴んだのと同じようなものだ。次何処に動くのか予想して先回りすればいい。これだけ繰り返すのならとっさに進路を変えるのは難しい。変わればまた観察すればいい。相手は耳を塞いで逃げることしかできないのだから。
「(なぜ耳を隠す必要がある?醜い訳でもなさそうだし、飾りが着いているだけじゃないか。…飾り?)」
彼女はハッとなって、小さく笑った。
そんな非現実がこの世界でも起こるようになったのだ。あの世界で体験したようなモノとは違うが、まるで魔術だ。
「なぜそんなにも耳を隠したがる、ここまで長引かせるとはご英訳も大したことないな。さっさと倒してしまわないのか?」
と人差し指で「来い」と男を挑発した。男は耳から手を外しクナイを無数に取り出していた。挑発にまんまと乗って一直線に飛んできたその顔めがけて、情報屋は小型ナイフを二本ヒュンッと投げつける。
「そんな単純な弾が当たるかよ!」
男は身を翻してそのナイフの間を通りつつ華麗に躱していく。
が、そのナイフは両耳のピアスの宝石の中心を見事に割ってしまったのだ。
「っつあ”ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
蝋燭の日を反射して、宝石の欠片がキラキラと散っていく。それと同時に失速した男がガラガラとその体が黒く崩れ、悲痛の叫びを上げながら床に落ちていった。
ドロドロに黒く溶け消えてしまった紫髪の男。入り口が開かないため奥へ進むしかない情報屋を次に待ち構えていたのは…。
次回「黄炎のレストラン」