第三話 白い君
白い雪の中に点々と赤い模様が滴る。この景色の中で、黒と赤は目立ちすぎた。
なぜ追われているのかもわからないまま、本能に任せて逃げ惑う。森は彼らを飲み込んで逃さない、此処まで奥に来てしまえば抜け出すことは出来ないかもしれない。
突如横から引っ張られる感覚に襲われる。いよいよ捕まったかと覚悟を決めたが、口を塞がれるだけで何もしてこない。追いかけてきていたであろう奴らの足音が近づいてきている。逃げようと足踏みをしていると、靴なのだが、鉄板が入っているかのように硬いものを踏んづけた。
「暴れるな。見つかるだろう。」
震える黒いフードから見える、雪に解けてしまいそうな真っ白な髪と肌。閉じた左目に縦に入った切り傷と、右目から涙をボロボロと流した怯えた目の青年は、恐る恐る情報屋の顔を見上げていた。体はこの寒さの中少し火照っている。
「何故追われてるのかは興味ないから聞かんが、どうせ敵だ、追い払ってやろう。此処でしゃがんでおけ。」
男たちが次に見つけた標的は、あの青髪の女だった。男たちは血気が舞い上がり、我が先にと女に手を出す。女は表情ひとつも変えずに数歩の範囲でのみ攻撃を避け続ける。それは無駄がなく、雪の上を滑るように距離を詰めていく。この間一切手を出していない。
やがて鼻の先に顔がある程に距離が近づく。攻撃がピタリと止んだときに女はこう言った。
「なんだいい顔してるじゃないか。こんな仕事してないで街でホストでもやって稼いできたらどうだ。」
…
「はぁ…少しだけ散歩も出来なくなっているとは。」
雪が踏み荒らされ、少し黒くなっている。情報屋に返り血はなく、死体もない。彼らは尻尾を巻いて逃げていってしまったようだった。
「おい、もういいぞ。」
白髪の青年は立ち上がろうとするが、足がおぼつかない。
普段の情報屋なら放置して帰るのだが…今回だけは其の場に白髪の青年は其の場に残っていなかった。
…
ふわふわな布に包まれている心地の良い感覚。暫く触れていなかったような懐かしい気持ちに呼び起こされる。
『…おきてますか?おはようございます…』
探していた覚えのある顔と声が聞こえ、起き上がろうとするが、脇腹に激痛が走ってまた倒れてしまう。
「あぁ、まだ寝ててぇ。傷が深いんだからねぇ。」
激痛にはっきりと目を覚ますと、真っ白な部屋が目に入り全く見知らぬ少年の顔が視界に映っていた。血がところどころ滲んだ包帯だらけの体に清潔な布団にしょんぼりと視線を落とす。自分でもどうして落ち込んだかはもう覚えていない。顔に手をあてがうと、左半分が包帯に包まれているのを感じた。周りを見渡すと一面カーテンで区切られており、少年が入ってきたであろう正面が少しだけ開いている。その奥の壁は真っ白で何もない。顔の包帯が取られ、浸みるような痛みに顔をそむけてしまう。
「っ…。」
「ちょっと我慢してぇ。膿んじゃったら目開かなくなっちゃうからぁ。」
泣きそうに涙ぐみながらプルプルと震えてその場にとどまって居ようとする。ピリピリと刺激が残るまま、また新しい包帯を巻き付けられ、いつの間にか腕の傷の治療に移っていた。
そういえば自己紹介もしてないし、相手が誰なのかもわからない。名前を言おうと、口を動かそうとするが。
青年は気が付いた。
「(…あれ。名前なんだったっけ…。)」
名前が思い出せない青年。なぜあの森を走っていたのか、なぜ追われていたのかも何かのショックで忘れてしまったらしい。行く宛もないので情報屋たちの住むこの空間に居ることになるが…果たして彼の正体は…。
次回「隠れ家」